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21 島原へ

 GWの繁忙期が終わって旅館は普段の状態に戻った。

 沙菜と洋太はこの機会に休みをもらって島原を訪問することにした。沙菜のが行きたいと言い出したのだが、調べてみると島原にはカフェがたくさんある。

 さすが湧水の都。洋太も是非行きたくなった。


 駅前でバスを降りて、まずは町のシンボルである島原城へ向かった。のんびり歩いても駅の目の前にあるお城にはすぐに着いた。

 城は堀から石垣が聳え立っていて、この石垣をよじ登るのはかなり困難に見える。乱のときも落城しなかったのもうなずけると思った。

 中に入ると、城内には島原の歴史についての展示がされていた。

 島原は過去に天災や乱など不幸な歴史を乗り越えて来ている。

 沙菜と洋太はそれらをゆっくりと見て回り、展望台となっている天守閣へ到着した。

 海のすぐ近くに建つ城からは島原の町を一望することが出来、その向こうに広がる海は洋太の地元の温泉地とは違う美しさだった。

 エメラルドグリーンの海に太陽の光がたっぷりとした大きな雫になって輝いている。


 そしていよいよ予約したカフェに向かうため、来た道を戻り、島原駅へ向かった。

 JRではないローカル線の鉄道は海岸線を辿るように走っている。

 沙菜と洋太は駅に入って来た青い空と海によく映える黄色い一両編成の車両に乗り込んだ。


 駅で仕入れたパンフレットを見るとカフェトレインというのが運航されていて、景色を楽しみながら食事を楽しむことが出来る。

「家族で来ると楽しそうだね」

「うん。ごはんもおいしそう」

 ガタゴトと揺れる列車に揺られて話をしていたが、すぐに駅に着いた。

 駅から歩いて10分ほどの場所にあるカフェが今日の目的の店だ。

 店の入口で予約している者である事を伝えるとテーブルに案内された。

 店の中はモダンなデザインのダイニングセットで統一されており、観葉植物もセンス良く並べてある。

 ランチコースのメニューは季節毎に変わる様でで、食材へのこだわりを感じた。

「すごく素敵なお店ね」

 沙菜が目をキラキラさせながら洋太に言った。

 働くようになってから沙菜はいくつか服を新調していて今日の服は洋太が見たことの無い薄いブルーのワンピースを着ている。今日の海の色にマッチして沙菜をよく引き立てていると洋太は思った。

「すごく評判が良いみたいだから。来てみるとなるほどって感じ。これはすごい。こんなお店が持てたら……」

 洋太の頭の中で漠然と抱いていた店のイメージが突然現れた感じがした。

「持とうよ」

 沙菜がきっぱりと言った。

「あ、うん。そうだね」


 やがてコースが始まった。

 運ばれてきたのはテレビでよく聞く『宝石みたいな』料理だった。実際にみると本当に宝石みたいに見える。これを食べていいのかと思ってしまうくらい綺麗に盛り付けられた料理は味も最高に美味しかった。

 洋太は初めて味わう料理に感動した。

「すごい」

 そう言いながら、沙菜の方を見ると、沙菜はびっくりしたような顔をしながら食べている。

 そして口の中の料理を味わいながら目をつぶって何度もうなずいた。

 前菜からデザートまですべての料理に感動した。


 沙菜を見ると、ちょうどデザートを食べ終える所で、コーヒーに手を伸ばそうとしている。

 先ほど一口飲んで美味しいのコーヒーの味が口に蘇り、もう一口飲んだ。やはりうまい。

 絶対に今の自分では出せない味だ。


 食事を終えて駅に戻り、次の目的地へ向かうために次の列車を待った。沙菜は白いリボンのついた麦わら帽子をかぶっている。

 洋太はそんな沙菜を抱きしめたくなる衝動を何とかこらえていた。

(沙菜が可愛すぎる)

 やがてゴトゴトと黄色い列車がホームへ入って来た。列車に乗り込もうとする沙菜のその姿は洋太を夢でも見ているような気分にさせた。


 テレビのCMで使われた海沿いの駅。プラットホームに沿って防波堤があるような海すれすれにある隣の駅で列車を降りた。

 目の前に見える景色は空と海は青く輝いて、写真を撮るためにそれを背景にしてプラットホームに立つ沙菜はとてもきれいだった。夢を見ているような心地のまま、洋太はシャッターを押した。


 今日は夕食に島原の郷土料理を食べて帰るつもりでいるのだが、列車の本数が少ないので、ランチから時間は経ったのだけれど、あまり動いていないのでまだ空腹という感じではないのでしばらく島原を散策することにした。

 スマホで検索すると島原駅の近くに武家屋敷があることが分かり、行って見る事にした。

 

 武家屋敷の通りに一歩入った瞬間からタイムスリップしたような景色が広がっていた。真っ直ぐの道の真ん中に水路が走っている。さすが湧き水の町だ。作られた当初から水が流れ続けているそうだ。流れている水はとてもきれいだ。

 水路をはさむように細い道が2つ、舗装されずに土のまま残されている。

 その道をはさむように高い石垣があり、石垣の向こうに武家屋敷の屋根が見える。

 当時のそのままの風景がそこにあった。

 風が吹くと、風に乗ってほのかに花の香が漂って来る。

 住宅はほとんど建て替わっているが、当時のまま保存されて開放されている家もあり、入ることが出来た。

 思ったより一区画は広く、屋根は茅葺だ。4畳から8畳の広さの部屋が6部屋ほどある。

 屋敷を出てまた通りに戻る。

 すると遠くの方を刀を差した武士が行きかっている情景が浮かんだ。

 沙菜も同じだったらしく、「向こうからお侍が歩いてきそう」と言っていた。


 武家屋敷の通りを抜けると、夕食を取ろうと思っている店はそう遠くではないことが分かったのでに歩いて向かう事にした。

 武家屋敷から店に向かう道にも保存区域以外で石垣がよく残されている。

 沙菜があまり食べられそうもないと言うので、名物の『具雑煮』を1つにして、『かんざらし』を二つ頼んだ。

 今度は普通に和食レストランの様なお店だった。

 洋太は喉が渇いていたので出されたグラスの水を飲んで驚いた。うまい。

 沙菜も水が美味しいと言っている。

 土鍋で運ばれて来た具雑煮を取り皿に取り分けて食べ始めたら、またも衝撃を受けた。

 あっさりとした薄味の出汁は飲み込んだ後、喉の奥から風味が口の中に広がった。初めての体験だ。

 具だくさんのその雑煮は素材の持つうま味が溶け込み、すばらしい美味しさだった。

「な、なに、これ。美味しい」

 沙菜もランチの時と同じようにびっくりした顔をしている。

 二人でゆっくりと味わいながら鍋を空にした。


 デザートのかんざらしは見た目は白玉団子が薄茶色の蜜のなかに沈んでいる普通に和スイーツに見えた。ただ、スプーンですくって口に入れると想像とは全く違う味だった。いや、昔ながらの甘味であることはそうだけれども。

 なんともキレのある味だった。甘味はかなり強めなのだけれども、飲み込むとスッと消える。

「やっぱり水ね」

 沙菜が言った。

「具雑煮もかんざらしもこの味なのはと、言うかこの味つけなのは島原の水が美味しいからできるのね」

「あ、さっき飲んだ水もすごく美味しかった」

「ここの水が美味しいからこの味わいができちゃう」

「なるほどー。水かー。うん、これからコーヒー淹れる時は色んな水を試してみよう」

「島原の水も買えるみたいよ」

「うん。買って帰ろう」


 帰りのバスの中で沙菜は洋太の腕にしがみついたまま眠ってしまった。

 今日は一日沙菜と過ごせて楽しかった。料理で衝撃を受け、沙菜には夢見心地にさせられた。

 彼女と出会っていなければ島原へ行くことは無かったと思う。本当に感謝だ。

 洋太は洋太に寄りかかってスースーと寝息を立てる沙菜の頭をそっと撫でた。

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