20 お互いの思い
どうしたものだろう。
ホワイトデーまであと一週間だ。
洋太は、悩んでいる。
品物は決めたが、この田舎町にしゃれたアクセサリーショップは無い。
かといって通販と言うのもどうかと思う。
サイズも分からない。
結局、思い出の長崎へ沙菜を誘う事にした。
それだけで沙菜は喜んでくれたのだが、まあ、それだけと言う事にはしない。
例によって長崎駅でバスを降りて、ショッピングモールの中にあるカフェに入った。
今回は入口にあるスイーツも買って食べた。
卒業式を終えて少し人恋しくなっていることもあって、久しぶりのデートに沙菜も顔がほころびっぱなしで、とても可愛かった。おしゃれした沙菜は本当にかわいい。
カフェを出て、ウインドウショッピングをしながらモールの中を歩き回り、そうして目的の店の前に着いた。
「沙菜、このお店に入るよ」
「え、うん。ここは」
アクセサリーショップだった。
洋太が店員の一人に声を掛けると、ガラスケースの前に案内された。
店員がトレイに乗せた指輪を持って来た。
「洋太、これって」
「うん。ホワイトデーのプレゼント。好きなの選んで」
「うそ」
沙菜は両手を口にあてて、目を潤ませている。
洋太は事前に連絡をして、お店に見繕ってもらっていた。もちろん金属アレルギー対策品だ。
「付けてみて」
沙菜はおそるおそる手を伸ばして、指に付けた。
「サイズはどうですか」
「えと、少し緩いような」
「失礼します」
店員は沙菜の手を取り指輪の具合を確認している。
「そうですね。サイズ的にはこちらのものが良いかと思います」
そう言って、店員はトレイの中の指輪を並べ替えて3つほど前面に出した。
「洋太はどれが良いと思う?」
そう言われて、洋太は何度か3つの指輪に視線を往復させた。
「真ん中のやつかなぁ」
沙菜は店員さんに促されて指輪を付ける。腕を伸ばして見たり、鏡に映してみたりしている。
ほかの指輪も一応つけてみたが、やっぱり最初のものが気に入った様だった。
「お似合いですよ」
そう言われて、沙菜は
「これにします」
と言った。
「分かりました。そのままつけて帰られますか?」
「どうする?」
「つけて帰ります」
「では、ケースをお持ちしますので少々お待ちください」
そう言うと店員は店の奥に入って行った。
沙菜がケースを待っている間に、翔太は支払いを済ませておいた。
店を出てから、沙菜はご機嫌だった。
「ありがとう。洋太。すごく嬉しい。でも、無理させてない?」
「多少は無理しました。けど、バレンタインに沙菜にもらったものにお返しするとなるとまあこれくらいは」
「嬉しい」
沙菜は組んだ腕に抱き付いた。
その後、二人でファミレスに入り食事をした。
「ね。ファミレスに入るのようやく達成できたね」
「あーそうだった。3回目でやっとだ」
二人で笑った。
コロコロと笑う沙菜がとても愛おしく、こういう姿をずっと見ていたいと洋太は思った。
4月になり、沙菜と洋太は正式に旅館の従業員となった。
沙菜はプレゼントした指輪を普段は付けていなかったのだが、今日は右手に付けている。
「その、今日は指輪つけてるんだね」
「気がついた?」
「大丈夫? 金属アレルギーとかは出てない?」
「うん。大丈夫だよ」
沙菜は右手の甲を左手でさすりながら言った。
「今日からずっと付ける事にするの」
「そうなんだ」
「もう高校生は終わったから。大人の女性になりたい」
洋太はそんな風に言って微笑む沙菜に見とれた。
「じゃあ。事務所に行くね」
「うん。お願いします」
沙菜も洋太も持ち場についた。
◆
今日は春のお祭りの日。
3年前に母に説得されて洋太と二人で出かける事になった日。
洋太はあの時の様に今年もお祭りの手伝いに駆りだされて旅館には居ない。
あの時が初めてのデートと言ってもいいのだけれど、10分くらいだったし、お互い意識もしていない頃なので、デートとはちょっと違うかな。
それからしばらくして洋太と付き合うようになって、今は右手にプレゼントされた指輪も付けている。
けれども、それから特別何も進展していない。
もちろんハグしたり、チュッとキスをしてくれたりはするんだけど……。
あの頃からすると随分私の肌の状態は良くなっているのだからもっと色々としてくれてもいいんじゃないかな……。
沙菜はそこまで思ってハッとなった。
私って、エッチな人なのかしら。
そうして沙菜は慌てて仕事に意識を戻した。
「戻りました」
しばらくして洋太が戻って来た。
顔を見るとついつい顔が緩んでしまう。
「お疲れ様」
そう声を掛けると彼も
「ただいま」
と言って微笑んでくれる。
「混んでた?」
「うん。くたびれたよ」
そう言って祭りのはっぴ姿の彼は椅子に座り込んで頭の後ろで手を組んだ。
「でも、懐かしくもある。一緒に行ったもんね。思い出すよ」
「覚えててくれてたんだ」
「そりゃあ……。沙菜も覚えてる?」
「うん。覚えてる。だって初めて二人で出かけたんだよ」
「そうだけど。あの時はお互い意識はしてなかったから」
「そうね、でも私は洋太の印象は良かったよ。洋太は?」
「沙菜がアイス食べてる姿が可愛かった」
え?この人突然何言ってるの?頬が熱を帯びて熱くなる。
「あの時、そんな事思ってたんだ……」
「あ、ま、まあ、そう、だったかな」
彼は自分が何を言ったのか今頃気が付いておたおたしてる。
「し、仕事に戻るよ」
「う、うん」
彼はそう言って旅館の受付カウンターの中に入って行った。
私は心の中で、じゃあ、あの日を初デートの日として確定しておきますね。と、つぶやいた。




