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19 卒業

 3月の初旬、卒業式を迎えた。

 体育館で卒業証書を受け取り、教室では最後のホームルームが始まろうとしている。

 担任は連絡事項を伝えると卒業を祝う言葉を述べ、最後にみんなの卒業後の人生が良いものであります様に祈っていると言い、そうして全員で集合写真を撮って最後のホームルームを終えた。

 意外にあっさりしていた。


 ホームルームが終わった後の教室は仲の良かった友人同士寄せ書きをしたり、話をしたりして騒がしくなった。

 洋太は部活をしていないので、後輩が挨拶に来るでもなく、クラスメイトとちょっとした会話をする程度で、特に卒業イベントらしいものは無く過ごしている。

 沙菜は人気があって、寄せ書きを何人にも頼まれていた。


 暫くして教室の生徒も減り始めたので、洋太は帰ることにした。

 沙菜はみのりと唯と3人で話をしている。

 またな。と3人に声を掛けて教室を後にする。

 もう帰るのかと言われたが、旅館の仕事と父親のリハビリの送迎があるので早めに帰らないといけないと伝えて教室を出た。見慣れた廊下を歩いて階段を下り、昇降口で靴を履き替えた。上履きは持って帰らないといけない。


 校舎から出ると、生徒が出て来るのを待っている父兄がいて、その中に沙菜の両親を見つけた。

 軽く会釈をすると、向こうも会釈を返してくれた。


 父兄たちの前を通って校門を出て坂を歩く。

 毎日通ったこの坂道を歩く事はきっともう無いだろう。

 まだ冷たい風が坂を通り過ぎ、ほのかに梅の花の香りがした。


 家に帰ると制服を脱いで、作務衣になる。もう最近は作務衣が普段着の様になった。

 棚からコーヒーの粉を出してドリップの準備をする。

 カフェでのアルバイト以来、洋太は自分でコーヒーを淹れる様になった。

 夢へ向かっての小さな一歩だ。

 もう何十回もやっているが、マスターの様にはいかない。

 ネットを見て淹れ方を工夫しても見るが、あまり美味しくならない。

 コーヒー豆は何を使っているのだろうと思うが、高価なものは買えないのでとりあえず手に入るものでベストを尽くすことにしている。


 食パンを焼いてバターを塗り、かじる。

 淹れたコーヒーでパンを流し込み、食べ終えたところで旅館へ向かった。

 挨拶をしていつも通り、大浴場の掃除を始める。もう、学校ではなくこちらが普通の日常だ。

 掃除の最中に今日は父親のリハビリの日だったと思い出し、今の時間を確認して、また掃除に戻った。


 沙菜と、小田さんは今日は休みだ。


 店の表に出ると従業員から『卒業おめでとう』とお祝いされ、花束をもらった。

 学校より祝われている。

 が、もらった花束をどうしたらよいか分からずにいると、仲居さんの一人が花瓶に移してくれた。

 なれた手つきで茎の長さを調節して、きれいに飾ってくれた。

 洋太がお礼を言うと、『旅館の入り口に飾りましょう』と提案してくれたので、お願いした。


 それにしても卒業と言うのはこんなに実感のないものとは思わなかった。

 入学の時は初めて尽くしであんなに新鮮だったのに。

 2月から自由登校なので、とっくに通学しなくなっていて、卒業式で久しぶりに入った教室ではお客さんの様な気分になった。

 それでも、クラスメイト達が揃うと以前の空気感が戻って来た。

 ただ、会話の内容が、進学であったり、就職であったりと、以前とは違う。

 みのりは美容師を目指して都会の専門学校へ行くと言っている。もう住むところは確保しているそうだ。唯は県外の会社へ就職するそうだ。何れにしても二人とも町から出て行く。

 沙菜は肌のためにまだしばらくここに居るという事と事務の仕事を見つけたと皆に言っている。

 みのりが何かに感づいたらしく、洋太の方にちらりと視線を投げて来るが、知らない振りをしておいた。


 父親をリハビリに病院へ連れて行った帰りに少し話をした。

 将来カフェを経営してみたい事も思い切って言ってみたが、父は『そうか』と言っただけだった。

 それよりも事務を手伝ってもらっている沙菜がこんな田舎の温泉地でやっていけるのかと心配している。

 親父はお客さんの前でこそ良く話すが、息子の洋太とは会話は多くない。

 その後二人は特に会話もなく旅館に戻った。


 仕事を終え部屋に戻った洋太は課題に取り組み始めた。

 課題とはホワイトデーに沙菜に何をプレゼントするかだ。あと半月しかない。

 バレンタインデーに沙菜からもらった『思い』に答えたい。が、洋太には引き出しが少ない。

(やっぱり自分に出来る事はこれしかない)

 スマホで検索を始めるとたくさんの種類がある。

 どれが良いのかさっぱり分からない。が、人に聞くわけにもいかない。

 沙菜は肌が弱いので、アレルギーの対策品が良いのだが、それなりの値段がする。

 デザインもどれが良いのか分からない。

 はあ。とため息をついて天を仰いだ。

 今日は決められそうにない。

 洋太はベッドにゴロンと横になるとそのまま眠ってしまった。


 どれくらい経っただろうか、スマホにメッセージが届いて目が覚めた。

 沙菜からだ。

 今日は卒業式の後、両親と景色の良いレストランで少し贅沢な食事をしたそうだ。

 送られてきた料理の写真はとても美味しそうだった。

 沙菜に今日はどうだったのか聞かれて、仲居さんたちにお祝いしてもらった事を伝えた。ちょっと嬉しかったことも付け加えた。

 親父がこんな田舎で大丈夫なのかと心配していたことも伝えた。

 沙菜からはここが気に入っているから心配ないのにと返事が来る。

 追加で、心配させない様に少し気を付けると伝えて来た。

 ああ、沙菜のこういうところが好きだな。と洋太は思った。

 沙菜の気配りにありがとうを伝えて。

 大好きだよ。と送った。

 私も大好き。と返事が来る。

 そうしてお休みなさいを送り合って、眠りについた。

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