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18 バレンタインデー

 年末年始は旅館は忙しく、昨年同様、遅めの初詣に行った。

 初詣の帰りには気になっていた海の見えるカフェに入り、新年の海を見て楽しんだ。

 気のせいだろうけれども、新年の海は神々しく見える。

 来月の2月からは学校は自由登校になる。洋太達の高校生活が着実に終わりに近づいていた。


 沙菜は無事簿記の資格を取って、もう一つ上位の資格を目指して勉強している。

 就職先はまだ不確定だが、焦る様子もなく泰然としている。

 転校してからそろそろ2年が経って、肌の方は順調に良くなっている。


 洋太の父の腰は相変わらず良くないのだけれど、病院嫌いのせいで、治療院には行っても病院には断固として行こうとしない。しかし、とうとうその日がやって来た。痛みがひどくなり、動けなくなった。

 洋太は父を車に乗せて急いで病院に向かった。

 検査の結果、椎間板ヘルニアで手術をした方が良いとの事だった。なぜもっと早く来なかったのかとも言われた。

 

 入院は3日後となり、それまでは痛み止めを飲んで安静にする事になった。

 父が入院するとなると、旅館の事務処理がストップしてしまう。洋太は表の仕事は出来るが、事務はほとんど出来ない。


 結局、簿記を勉強していることもあり、沙菜の登場となった。入院まで洋太の父から事務の事をざっくり教えてもらい、入院後に発生した不明点は入院中の父に問い合わせる事になった。

 沙菜の母は大丈夫かと心配しているが、本人は至って平気な様子だ。

「きっとこんな風に私が役に立てる日が来るんじゃないかと信じてたの」

 沙菜は確信があった様に言った。


 沙菜に事務の手伝いに来てもらい始めてから、旅館のスタッフの視線が気になり始めた。

 覚えのある、あの視線だ。

 しかし、とてもやんわりしている。

 裏で『若夫婦』と呼ばれていると、沙菜から聞いた。沙菜も沙菜の母から聞いたそうだ。


「若夫婦?」

 父親の入院している病院へ沙菜と車で向かう最中に話をした。

 仕事中は仕事以外の話は控えているから、車の中は情報交換に丁度よかった。

「うん。みんなそう言ってるって」

「まだ、高校生なんだけどな」

「もう卒業だし。それだけ洋太が後継ぎとして期待されてるって事でしょう」

「そういう話だと、沙菜だって……」

「私だって何?」

「何でもない」

 卒業を前にして、沙菜はどんどんきれいになって、洋太の方が臆してしまう。

 今も、沙菜の横顔をちらりと見るとそのまま見とれそうになってしまう。

 いかんいかんと思い直して洋太は運転に集中した。


 病室を訪ねたが、父は術後のリハビリに行っていて不在だった。

 手術の翌日からリハビリが始まり、順調との事だった。

 父はリハビリから戻ってくると、「よう」と言ってベッドに腰かけた。

「小田さんが来ているという事は、何か質問かな?」

「はい」

 沙菜は帳簿を取り出して何か質問をし始めた。

「ああ、それは……」

「なるほど」

「じゃあ……」

「それでいい」

 二人は洋太にはよくわからない会話をしていた。

 話が終るのを待って、

「じゃあ。また来るよ」

 と父に声を掛け、沙菜と洋太は病室を出た。


「お父さん、もうすぐ退院なんでしょう」

「来週には退院出来そうだよ」

「よかった。順調ね」

「ああ。でも、もう無理はさせられないな」

「洋太も無理しちゃだめよ」

「わかってる。退院したらきちんと仕事の分担を決めなきゃ」

「私も出来ることは手伝うから」

「ありがとう」


 洋太は父が退院して暫くすると旅館の仕事について父と話し始めた。

 最初は洋太の提案をなかなかうんとは言ってくれなかったが、粘り強く交渉して何とか話をまとめた。

 最終的に確定するには沙菜と沙菜の両親の了承も必要だが。


 結局、父は相談役兼社長となり、主に旅館組合など外部とのやり取りを受け持つことになった。

 4月から洋太は将来の後継ぎとして仲居として、沙菜は事務職として正社員で採用となる。それまではアルバイト扱いだ。


 そうして忙しく過ごしているうちにバレンタインデーとなった。

 洋太はそれどころではない状況だ。というか、忘れていた。

 沙菜が旅館のスタッフに義理チョコを配っているのを見て今日がバレンタインデーという事に気が付いた。

 洋太は自分が周囲が見えなくなっている事に気が付いて、水分補給をしようと奥の職員の休憩所へ行って気持ちを落ち着けた。そこへ沙菜がやって来て、今夜会いたいと言ってきたので、もちろん会う事にした。外は寒いので父親に旅館の車を借りる許可をもらった。


 夜の8時に迎えに行き、二人で乗り込んだ軽の商用バンの横には洋太の旅館の名前が書いてある。

 少し高台の公園まで車を走らせる。

 車を止めると、沙菜が小さな包みに入ったチョコレートをくれた。高級そうなチョコだった。


 車を降りると、温泉街の街明かりが見える。

 夜の海は真っ黒だ。

 空気は冷めたい。吐く息は白くなる。

「昼間は景色良いのに」

 と言って洋太が沙菜の方を向いた時、沙菜が洋太に抱き付いて来た。

「寒いね」

「うん」

 洋太も沙菜の背中に手を回して抱きしめる。

「あったかい」


 しばらく二人何も言わず抱き合っていたが、沙菜が口を開いた。

「洋太。大好きだよ」

「俺も」

「今日、何をあげたらいいのか悩んだのよ」

「うん。ありがとう。考えてくれて嬉しいよ」

「違う。まだあげてない」

「?」

 沙菜はそう言うと顔を上げて洋太に口づけした。

 驚いたが、洋太は逆らわず、沙菜を抱きしめた。

 そして沙菜はゆっくりと唇を離すと、洋太の胸に顔を埋めた。

「私の大好きをあげたかったの」

 洋太はそれを聞いて思わずギュッと強く抱きしめた。

「苦しいよ」

「ごめん」

「じゃあ、お詫びして」

 沙菜は顔を上げて目をつぶっている。

 洋太は顔を近づけると今度は優しく抱きしめて長い長いくちづけをした。



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