16 文化祭
文化祭が始まり、洋太のクラスのカフェもオープンした。
オープンして暫くは入店は少なかったが、徐々に客足は増えて来た。
昼前には生徒も文化祭の雰囲気になじんできたのか、入店客が増え、忙しくなった。洋太たち、接客係は引っ切り無しに注文を受ける。
どうやら、みのりがセットした女子の髪が評判が良いらしく、それめあてにやって来る生徒もいる様だった。
カフェのメニューはコーヒーのセットと紅茶のセット、それからコーヒーと紅茶の単品の至って簡単なメニューだ。セットにはクッキーが付く。
午後になり、沙菜の母親がやって来たので、洋太が接客に入る。
「いらっしゃいませ」
沙菜の母は洋太の姿を見て、あら、と言う顔をした。
「おすすめは何かしら」
「はい。セットメニューがおすすめです。飲み物とクッキーのセットになっております」
「じゃあ。コーヒーのセットで」
「かしこまりました」
オーダーを反復して洋太は下がるり、沙菜にそれを伝えた。
沙菜はすでに母親に気が付いており、オーダーを受けた時に小さく手を振っていた。
「お待たせしました。コーヒーのセットになります」
「ありがとう」
「では、ごゆっくりどうぞ」
沙菜の母はにっこりと微笑んだ。そして、店内の飾りつけや、洋太たち店員の様子を見ながら過ごし、洋太たちのカフェを後にした。
その後は、閉店まで客足が途絶えず、一時は入口に列が出来るほど忙しかった。
そうしてフル稼働の初日は終わった。
翌日、洋太と沙菜は午前中から二人で学内を回り始めた。
まずは混む前に自分のクラスのカフェに行くことにした。昨日とはスタッフが入れ替わっているので、洋太は接客が気になってもいた。が、それは杞憂だった。しっかり接客が出来ている。
クラスメイト達の立ち居振る舞いに安心した洋太は安心してカフェを後にした。
その後、洋太と沙菜はバザーや各部活の展示などを見て回り、茶道部ではお茶の体験をした。
お昼にはバザーのホットドックを買って食べ、午後には演劇や、吹奏楽、バンド演奏を聞き、文化祭を堪能した。その後は自分たちのクラスへ戻った。二人で一緒に回るのは初めは照れ臭かったが、実際に気にしているのは自分達だけで周囲からは至って普通に対応された。
「自意識過剰だった」
「そうね」
カフェの入り口には行列が出来ていて、みんな忙しくしている。
「あ、洋太。よかったら手伝ってくれない。お店が回らない」
今日シフトに入っているみのりが助けを求めて来た。
洋太と沙菜は顔を見合わせてうなずくと、臨時で手伝いに入ることにした。
「昨日の評判が良くて、今日大変な事になってる」
「お客さん、昨日の倍くらいかな」
「分からないけど」
「仕方がないから、相席にしてもらっているの」
「嬉しい悲鳴ってこういう事を言うんだね」
そう言いながら、沙菜の方を見ると昨日の経験からか、テキパキと注文を捌いている。頼もしい。
終了時間が近づくと、徐々に客足は減り、カフェは閉店した。
閉店後、みんなで乾杯をした。
高校最後の文化祭は充実したものだった。
「楽しかったね」
「すごく楽しかった」
洋太と沙菜は後夜祭のキャンプファイアーの炎を見ている。
「お母さんがね、洋太の接客すごく褒めてた」
「それは嬉しいなー」
「カフェを開けるんじゃないのって言ってたよ」
「……あのさ」
洋太は真顔になって沙菜に話し始めた。
「実を言うと、何時になるのか分からないけど。俺、将来カフェを経営してみたい」
「え?」
「アルバイトの時も、文化祭でもすっごく楽しくて。将来お店を持ちたいなって思うようになった」
「すごい。素敵な夢ね」
「自分が力不足なのは分かってるから、いっぱい勉強しなきゃいけないけど」
「ねえ、……それって、私も手伝っていい?」
洋太は驚いて沙菜を見た。
「私ね、じれったくなったの。洋太が接客しているのを見てて、何にも手伝えないだもん。文化祭も裏方だったし」
「俺は見てて頼もしかったよ。テキパキ注文を捌いててさ」
「ふふ。ありがとう。でも、やっぱり洋太と並んでいたい。だから私にも洋太の夢を手伝わせて」
「それって」
「私じゃだめ?」
「良いの?」
「良いに決まってる。私にもやっと目標が出来るのよ」
「まずい」
「何が?」
「沙菜を抱きしめたい」
沙菜は洋太の手を取って、校舎の陰に連れて行った。
キャンプファイアーせいで、二人が居なくなった事に誰も気が付かない。
沙菜は両手を開いて
「どうぞ」
と言った。
初めて抱きしめた女の子の体は華奢で柔らかくて、そして暖かかった。
沙菜も洋太の背中に手を回して頭を胸に乗せる。
二人はお互いの体温と呼吸を感じながら、しばらく抱き合っていたが、やがてどちらからともなく顔を上げると口づけをした。しばらくの間、二人は甘美な刻を味わった。
沙菜はそれから、簿記の資格を取るべく通信講座を始めた。卒業後の就職先を見つけるのにも多少は役に立つかもしれないとも考えての事だ。
沙菜は前向きになり、将来の事も考える様になった。
洋太もそんな沙菜に影響されて旅館の仕事に一層身が入るようになった。
車の免許を得て、送迎や、荷物運びなど仕事は増えたが、活き活きとしている。
そうなると、旅館の雰囲気も良くなって、従業員も活き活きとし始めた。
洋太の父はそんな息子の変化を見て、何があったのかと驚きつつも嬉しい様だ。
沙菜の母は娘の様子を見て、洋太と沙菜の間に何かがあった様だというのは分かっているが、特に何も言わず見守ってくれている。
簿記の資格を取りたいと沙菜が言い出した時にその確信を得て、沙菜がさらに一歩踏み出そうとしている姿に、何も言わず協力してくれている。
小さな温泉地で出会った若い二人が手をとり、未来に向かって歩き始めた。
青い青い橘湾の海はいつもの様にキラキラと太陽を映している。




