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15 文化祭前夜

 文化祭が近づいて来た。

 沙菜は昨年の文化祭では展示物の作成には参加したが特に学校内を見て回ったりはしていなかったそうなのだが、今年は高校最後の年なので、校内を回りたいと言っていて、洋太も沙菜と文化祭を楽しみたいので今年は一緒に回ることにした。

 ただ、今年、洋太たちのクラスはカフェが出来ることになって、沙菜は裏方、洋太は接客の担当になり、一緒に文化祭を回る為にはシフトの調整は必要だ。

 接客担当の会議で服装の話が出て、洋太がハッピなら用意できると言ったら即却下された。結局男子は制服のズボンと白シャツ、女子も制服のスカートと白シャツに落ち着いたが、エプロンだけはおしゃれなものを購入しようという事になった。

 みのりも接客担当で、当日の接客担当の女子のヘアセット担当にに立候補していて、さすが美容師を目指しているだけあるなと洋太は感心した。


 洋太は旅館とは言え普段から接客をしているから初対面の人には慣れているが、他の生徒は接客の経験がなく、不安の様だ。

 結局、言葉使いについては洋太が例文を作ってみんなに配ることになったが、洋太もカフェでの言葉遣いはよくわからないので、勉強しながら。という事になる。


 接客の言葉遣いをネットで調べたりして例文を作っては見たものの、これをみんなに配っても大丈夫だろうかと疑問が湧いて来た。

 一度ちゃんとしたカフェで接客を見れるといいのだけれど、何しろうちは旅館だ。

 父親に相談すると、知り合いにカフェを経営している人がいるので、聞いてみるとの事だった。


 数日後、返事が来て見学OKとなった。ついでに提案もされて一日アルバイトをしてみないかと言われた。少し悩んだが、これも経験と思ってアルバイトを引き受けた。

 文化祭までの時間が無いので次の日曜日に行くことにして、その件を沙菜にメッセージすると絶対に見に行くと返事が来た。


 迎えた当日、スタッフの制服に着替えた後、業務内容を説明された。洋太はカウンターの中で洗い物の担当で、暇なときに接客を見学して良いとの事だった。

 店内は白をベースにして、白木をうまく使った清潔感のある内装だった。


 開店すると早速、常連と思しき客が入店し、店員が接客のためカウンターから出て行った。

 接客は制服と身のこなしが相まってとてもスマートで洋太は接客の様子を素直にかっこいいと思った。

 それからは、客の入店は途切れることなく続いて、洋太は洗い物をしつつ接客の居振る舞いをしっかりと目に焼き付けた。


 昼過ぎになってようやく客が途切れたので、マスターが賄いとして和風パスタを作ってくれた。

 洋太が出されたパスタを食べていると、コーヒーのいい匂いが漂って来て、振り向くとマスターがコーヒーを立てていた。何もかも旅館とは違い、おしゃれと表現するのががぴったりだった。


 賄いを食べ終わって皿洗いをしていると、カランカランとドアベルが鳴り、店の入り口を見ると、みのりが入って来た。

 あれ、と思っていたら唯と沙菜が続いて入って来た。

 すぐに洋太を見つけて手を振って来る3人に「お好きな席にどうぞ」とマスターが声を掛けた。

 マスターに

「知り合いか?」

 と聞かれ、

「クラスメイトです」

 と返事をすると、

「おー、隅に置けないな」

 と言ってにやりと笑うと、

「じゃあ接客をやってみようか」

 と、トレイを渡された。


 突然接客することになり、緊張したが、深呼吸しながら頭の中で接客の手順を整理した。

(ええと、まずは水を出すんだったな)

 洋太はトレイにグラスを3つ並べ、各々に水を注いだ。

 一つのグラスだけ水の量が少ないのがあって、それにもう少し水を継ぎ足した。

 そして、水の入ったグラスの乗ったトレイを持って沙菜たちのいるテーブルへ向かいながら、

(ええと、背筋を伸ばして、そして笑顔)

 洋太は頭の中で反芻した。

 テーブルに着くと、

「いらっしゃいませ」

 と声を掛けて、グラスを各々の前に置き始めた。

 3人は目をくりくりさせて洋太を見ている。

「ご注文が決まりましたら、および下さい」

 と言って頭を下げてカウンターの横に戻り、待機した。

 テーブルの3人はメニューを見ながら、チラチラと洋太の様子を伺って、時折ヒソヒソと話している。

 やがてみのりが手を挙げた。


 洋太は3人の居るテーブルへ行き、

「ご注文はお決まりでしょうか?」

 と声を掛けた。

 注文はオレンジジュース2つと沙菜がアイスコーヒーだった。

「ご注文を繰り返します。オレンジジュースをお2つ、アイスコーヒーがお1つでよろしいでしょうか」

 洋太は3人を見回しながら反復した後、皆が頷くのを確認してから会釈をしてテーブルを離れると、カウンターに行き今受けたオーダーをマスターに伝え、待機スペースへ戻ると、ホーっと息をついた。

 すぐにオレンジジュースとアイスコーヒーの準備が出来、トレイに乗せた洋太は、クラスメイト達のテーブルへ向かった。

 注文の品を配膳していると、みのりが声を掛けて来た。

「私たちは、何回目なの?」

「最初。そもそも表に出る予定じゃなかったんだけど、知り合いが来たっていう事でマスターに言われて急遽接客することになった」

「でも、違和感ないよ。上手」

 唯が褒めてくれた。

「君ら、俺も含めて普段カフェに行ったりしないからそう見えるんだと思うんだけど」

「まあ、そうね。誰かさんたちはカフェに居るの目撃されてたけど」

 沙菜がとぼけた顔をする。

 洋太は苦笑しながら、

「ご注文はおそろいですか」

 と確認をしてから、伝票を置いて

「では。ごゆっくりどうぞ」

 と会釈をして下がった。

 沙菜たちは、店内を見渡したり、洋太の仕事っぷりを観察したりしてひとしきり盛り上がって帰って行った。


「お疲れさん、今日はもう上がっていいよ」

 夕方になってマスターから声がかかり、【給料】と書かれた茶封筒を渡された。

「ありがとうございます。今日は勉強になりました」

 とお礼を述べていると、

「ところで、どの子が本命なのかな?」

 と、横から店員がニヤニヤしながら訪ねて来た。

「はい? いやー、何の事でしょう」

 洋太はとぼけた。

「またまた。若いってのはいいねー」

 洋太は黙秘権を行使して、会釈をして、ロッカー室に入った。

 着替えて表に出るとお客が居たので、しぐさだけで挨拶をして裏口から店を出た。

 緊張した一日でかなり疲れたが、達成感もあった。


 家に帰りながら、いつかこんなおしゃれなお店を出せるといいなぁ。と洋太は思った。


 文化祭の前日、洋太たち接客担当は集まって接客のリハーサルを始めた。

 あらかじめ接客用の例文は配ってあるので後は実際の立ち居振る舞いの実践だ。

 一日だけのアルバイトだったが、言葉遣いはゆっくりと丁寧に、背筋を伸ばして歩く。

 そして笑顔。

 これらが出来ていれば、かなり見栄えのいい接客になると洋太は考えた。

 まずは洋太が手本を見せて、それから、一人ひとり練習に入る。

 練習しつつ接客担当全員でアイデアをだして、ついでにダメ出しをしつつ、何度か実践した。

 最初はスマートに歩くことがなかなか出来ずにいたが、そのうちに飾りつけの作業をしているクラスメイトからも「だんだん様になって来た」とか「良くなったよ」という声が出始めた。

 これで接客は何とかなりそうだ。

 洋太はやっと安心した。

 そうして、教室の飾りつけやセッティングも終わりよいよ高校最後の文化祭の準備が整った。


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