14 縁と運
ー小田沙菜の思いー
最近、登校すると昇降口でとある男子からよく声を掛けられる。
『偶然偶然』とか、
『縁があるねー』とか、
『今日は運がいい』とか、
そんな事言ったら、今ここにいる人たちはみんな一緒じゃないかな。
と思いながら、曖昧に反応している。
縁。て、なんだろ。
辞書で調べると、人と人とのめぐりあわせの事を言うみたい。
それを当てはめると、私がこの学校に居るのも縁だ。
お父さんとお母さんの子供なのも縁だ。
クラスメイトのみんなとも縁がある。
ここの温泉と出会えたのもきっと縁だ。
お父さんとお母さんがいつも私の肌の事を何とかしようとしてくれた結果、つながった縁だ。
運。は、人の幸・不幸にまつわる人の意思を超越したものらしい。
お父さんとお母さんの子供に生まれたのは運がいいと思う。
昔から思うのは肌が弱いのは運が悪かったという事。
洋太と縁と運の事を話してみた。
彼は縁は怖いし、運は悪いと言っていた。
それでやってこれたのだからこの人は本当は運のいい人なんじゃないのと思う。
お母さんの見解では、縁も運も善し悪しは時間が経ってからじゃないと分からないものと言っていた。
ずっと分からないかも。とも言っていた。
なかなか意味深いなと思う。
さて、朝に声を掛けて来る男子はどうかな、縁はあると思う。
ただそれは袖すり合うも他生の縁てやつだ。
この学校で過ごす全員に当てはまると思う。
運を言うと、不運を感じる。
いちいちやり過ごすのがめんどくさい。
洋太とはどうかな。
言うまでもなく縁はあるわね。
運はどうかな。
そう言えば初めて会ったときは不運を呪ったな。
あの頃は同い年くらいの男の子に姿を見られるのはすごく嫌だった。だからずっと下を向いてた。
そのせいか、洋太は通り一辺倒の案内だけしてすぐに下がって行った。
ほっと一安心した。
その後、転校して来て同じクラスになって彼の隣の席になった。
これは運が良かったわね。
ただ、顔を覚えていなかったから、洋太があの旅館の出迎えの時の男の子だと言うのは後で知った。
彼は上手に視線をそらしながら話してくれるから、私は肌の事を気にかけずに話す事が出来た。
馬が合うというのはこういう事なのかな。
私の気にしているところをうまく拾って避けてくれている。
そういうところが彼を好きになった理由のひとつだと思う。
私は人と会話をするときに覚悟が必要だったから。
相手に私の荒れた肌を見せる事になるから。
それを避けるには俯くしかなかった。それが失礼な事だと分かっていても。
洋太とはその必要が無かった。その気配りは本当に有難かったし嬉しかった。
でも、そろそろ顔を見て話してくれてもいいのよ。
ー中田洋太の思いー
旅館に来てくれるお客さんとは縁というものをどうしても意識してしまう。
一度きりのお客さんもいれば、何度も来てくれるお客さんもいる。
何れにしても、うちに来てくれるお客さんは日本の人口から見るとほんのわずかな数の人たちだ。
一期一会という言葉を聞いたのは中学の国語の授業だったろうか、ようやくその精神の大切さが分かって来た所だ。
小さい頃、近所に生まれつき心臓に持病のある幼馴染の男の子がいた。
色白で、少し歩くだけで息が切れる彼は運動が出来ないので洋太はその子と良く将棋を指した。
2つ年下だったけれど、将棋の腕前は洋太とほぼ互角だった。
将棋を指すときには夕暮れまで彼に付き合った。その時の彼の顔と夕焼けの景色をよく覚えている。
それから、洋太が中学に進んでサッカー部に入り、彼とは一緒に遊ぶことが無くなった。
ある日、部活を終えて家に帰ると、制服をそのまま着ているように父から言われた。
彼が亡くなった。
洋太は知らなかったが小学校の高学年になった彼は心臓の手術を受けたそうだ。
術後の経過は良好だったらしいが、急変してそのまま目を覚まさなかったとの事だった。
彼の家で葬儀は行われ、良太は棺桶に入っている彼の姿を見て手を合わせた。
彼は手術後、退院したらまた洋太と将棋を指すんだと両親に話していたそうだ。
葬儀を終えて帰って来た洋太は畳の上にゴロンと寝ころんだ。
楽しそうに将棋を指していた彼、洋太がちょっかいを出して泣いている彼、棺桶に入っていた彼。
走馬灯の様に彼の姿が浮かんでは消えた。
洋太は部活に夢中になり、彼の事は忘れてしまっていた。
だけれど、彼はずっと洋太と将棋を指したがっていたのだ。
彼は生まれつき心臓病で運が悪かった。そして、洋太と縁があった。
洋太は彼との縁は忘れてしまっていたが、彼はずっと洋太とつながっていた。
縁というものの残酷さを知り、洋太は怖くなった。
それ以来、洋太は他人との関わりに一定の線を引くようになっていた。
沙菜が現れた時、生まれつきの病気という事を耳にして彼の事が頭をよぎった。
そのせいで沙菜とその家族への対応がぶっきらぼうになってしまった。
だけれど、後で沙菜に聞いたのだが、それが逆に沙菜にとっては好印象だったとの事だった。
彼との縁が沙菜との縁を繋げてくれたと気が付いて、洋太は縁というものの凄みを知った。
自分は運が良くない方だと思っていた。
中3になってやっと出られたサッカー部の試合で試合ですぐに怪我をして退場となり、そのまま引退した。病院への移動中にチーンと頭の中でおりんが鳴った。終了ってやつだ。
翌年、母は病気で他界してしまった。洋太を応援してくれた母に試合に出ている姿をわずかでも見せられたことは良かったと思う。
沙菜と出会えたのは縁があったのだと思う。
席が隣同士になったのは運がいい。
そうか、有難いことに沙菜とは縁があって、運も味方してくれている。
縁は最近まで残酷な面があって怖いものと思っていたが、そう単純には片づけられない奥深くて立体的なものだった。
沙菜と出会ったことでみのりを傷つける事になった。
これは縁というもののの残酷な一面だと思う。
みのりとは恋人になるような縁ではなかった。
だけれども、洋太は縁というものの凄みをもう知っている。
どうかみのりにも良い縁が繋がりますようにと幼馴染の幸せを心から願った。




