12 進級
3年生になり洋太、沙菜、みのり、唯の4人は同じクラスになった。
ホワイトデーに洋太から交際を申し込んで、洋太と沙菜も無事付き合い始め、洋太への周囲の視線はだいぶ優しくなって来ていた。
沙菜には遅いと文句を言われたが、みのりの件があったので、しばらく時間を空けた。
みのりと沙菜の関係はまだぎくしゃくするところがあるが、それでも、普通に会話はする様になっている。
「沙菜ちゃんは卒業したら地元に帰るの?」
みのりが話しかけた。
あの一件から数か月が経ってみのりと沙菜の会話も増えて来た。
「肌のためにはまだここにいた方がいいと思ってるから、ここで仕事を探そうと思ってる。時々レストランとかから求人はあるみたい」
「そっか肌がネックになるのかー」
「やっと良くなって来たから」
「よかったねー。洋太」
「なんだよ」
「まあまあ。照れなくていいから。ねえ、沙菜ちゃんいっそのこと洋太んちの旅館に就職したら?」
「み、みのりちゃん何を言ってるの」
沙菜は顔を赤くしている。
「おい、みのり。いろいろ手順すっ飛ばしすぎ」
「という事は手順を踏むつもりはあるんだ」
「あーもういい」
沙菜は顔を真っ赤にしている。
◆
旅館の手伝いをしていると、どうも最近沙菜の母親から視線を感じる。いや、以前から視線は感じていたのだが、前はもっとさり気なかった。最近はどうもじっと見られている。
沙菜は付き合いだしたことは話していないと言っていたけれど、どう見てもばれてると思う。
やりにくい。
そう言えば正月に沙菜の父に誘われて釣りに行ったが、息子がいたらキャッチボールがしたかったとかそんな話をしていた。
正月は確かに沙菜と初詣に行ったのだが、付き合ってはいなかった。その頃にはもう沙菜の両親は付き合っていると認識していたという事なのだろうか。
沙菜は家でどういう風にしているのだろう。
沙菜にはおちゃめで、いたずら好きな一面があるのを付き合い始めてから知った。
これまでは肌の不調のせいでそれらが封印されてしまっていたのだろう。
一年前転校して来た時と比べると別人の様に明るくなっている。
そんな沙菜に心を寄せている男子が居ても不思議ではない。
「お疲れさまでした」
「お疲れ様です。ありがとうございました」
沙菜の母に挨拶されて、返事をした。
「最近は風格が身についてきたわね。未来の社長さん」
「僕なんか、まだまだです」
「ふふ。ご謙遜ね。でも、その年でしっかりしてるわー。うちの娘はぼーっとしているようなものね」
「さ、お、小田さんは勉強ができるので」
まで話したところで入口の方から女性の声がした。
「こんにちは」
振り向くと沙菜だった。
夕焼けの空を背景にキャスケット帽子を深くかぶり、肩にエコバッグをかけてニコニコ笑っている。
洋太はドラマのワンシーンのようなその姿に見とれた。
「沙菜」
「よかった、洋太居た」
「沙菜ちゃん、買い出しありがとうね」
「それじゃ、これで失礼します。行きましょ、沙ー菜」
沙菜の母はそう言うと洋太にちらりと視線をとばした。
そうして二人は並んで帰って行った。
「んっ。あっ。しまったお母さんの前で名前呼び……」
帰り道、沙菜はちょっとむくれている。
「あら、沙菜、どうしたの」
「お母さん、洋太と何の話してたの」
「洋太さんがしっかりしてますねっと言う話をしてたわよ」
「うそ、私の名前言ってたじゃない」
「あら、聞こえてたの?」
「聞こえてたよ。大体なんでお母さんの方が仲良さそうなのよ」
「ねえ、あなたたちいつの間にか名前で呼び合ってるのね」
「えっ。あーっ」
沙菜は顔が真っ赤になった。
「付き合ってるんでしょ」
「……うん」
沙菜はこくりとうなずいた。
「そう。よかった。まあ、分かってたけどね」
「もう」
「お母さん嬉しいわ。沙菜が普通の高校生活送ってるのね」
沙菜の母はふんふん鼻歌を歌い出した。
「ねえ、お母さん」
「ふんふん。なあに」
「私、肌の事もあるし、高校卒業してもここに居たいの」
「そう。つまり、洋太君の所に就職をするということ?」
「お母さんまで誰かみたいな事言うんだから」
「冗談よ。だけど、生活していく術を何とかしないといけないわね」
「就職先。探す」
「だから」
「もー。またそのはなしー」
沙菜の母は楽しそうに笑いながら、こんなに笑ったのはいつ以来だろうと思った。
洋太は沙菜とその母親の二人の後ろ姿を見ながら、学校での出来事を思い出した。
沙菜がうちで働く?
洋太は沙菜の作務衣姿を想像した。
(か、かわいいなー)
洋太はポーっとしていたが、旅館の業務が沙菜の肌に良い訳がないと気が付いた。
埃っぽくて、肌をすることが多いのだから。
(ありえないよなー)
そう考えると、これからの沙菜との関係に暗雲が立ち込めている気がしてくる。
肌が良くなったら地元に帰るのかな。
いやいやいや。そんなことを今考えてもしょうがない。
これからなんて、どうなるのかは分からないじゃないか。
洋太は思い直した。
だったら、沙菜と一緒に居られる時を大切に過ごそう。
どのみち自分はここで生きて行くしかないんだから。
この先がどうであっても沙菜に楽しいと思ってもらえるようにがんばろう。
うん。
洋太は顔を上げて仕事に戻った。
空はさっきより色を濃くして、鮮やかなオレンジ色の光が洋太の背中を染めていた。




