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11 年が明けて

 大みそかから正月三が日は旅館が忙しくて洋太は身動きが取れなかった。

 沙菜と初詣に行く約束をしていたけれど、どうしようもなかった。

 やっと5日に休めそうになったので、メッセージを沙菜に送った。

 沙菜は元旦に家族で初詣に行ったらしい。

 小田さんは元旦以外は年明けから出勤してくれている。沙菜のお父さんが送迎しているそうだ。


 待ち合わせ場所に行くともう沙菜は待っていた。

 髪を後ろでまとめてポニーテールにして、首にはモフモフのマフラーを巻いている。

 初めて会ったときは、髪を前に垂らして、顔を隠すようにしていたが、ずいぶん変わった。

 正直、かわいい。


「お正月、忙しかったんでしょ。お母さんが言ってた」

「うん。まあ、毎年だけどね」

「旅館って大変ね」

「まあ、そうなのかな。でも、実家が温泉旅館のおかげで就職の悩みは無いし……。沙菜は大学に行くの?」

 まだ、名前呼びに違和感を感じながら洋太は言った。

「え、先の事考えてない」

 本当だった。ここには湯治に来て、ようやく肌が良くなり始めたところで、将来の事など沙菜は考えていなかった。

「ほんとに? 沙菜は勉強できるから大学に行くと思ってた」

「肌の悩みが大きすぎて考えてなかった」

「そっか。でも今年は3年生になるし、みんな考え始めるんじゃないかな」

「みのりちゃんは美容師になるんでしょう」

「あれ? みのりと知り合いだったの?」

「うん。唯ちゃんとも」

 沙菜は洋太がさらっと口にする『みのり』に胸がチクリと痛んだ。

「へー。いつの間に」

「それで、都会の学校に行くから、私の知ってる事は教えてあげてる」

「そっか。みんないなくなるんだな」

 沙菜はハッとした。

 卒業生の大半は地元を出て行ってしまうが、洋太が家業を継ぐということは、ここに残るということなのだという事に今気が付いた。


 初詣をすませたあと、神社の近くに小さな喫茶店があったので、そこに入ることにした。

 コーヒーのいい匂いがしている。

 こじんまりした店内はおしゃれで、洋太は慣れなくて居心地が悪かったが、沙菜は喜んでいた。

 二人はリンゴの炭酸ジュースを注文した。

 ストローでジュースを飲んでいる沙菜はかわいくて眩しかった。

「私、喫茶店初めて」

 沙菜は目を輝かせて言った。

「俺も」

 洋太は沙菜に目を合わせる事が出来ず俯きがちに言った。

「ねえ。こうしてるとドキドキするね」

「うん」


 店を出て、二人は海岸に向かった。

 海岸にはカップルが何組かいて、肩を寄せ合って海を眺めている。

 風が冷たくて寒い。

 沙菜は『寒い寒い』と言って手をこすりながら震えていた。


「この先に足湯があるから入ろう。温まるよ」

 洋太は沙菜の手を引いて歩き始める。

 沙菜は手を引かれるまま、頬を赤くしてうつむきがちに洋太の後をついて行った。


 3学期が始まると大変だった。

 洋太と沙菜の二人は多数、目撃されていて、クラスメイトからの質問攻めに合ってかなり疲れた。

 沙菜も女子に取り囲まれている。


 放課後、唯が洋太の所に来てみのりの所に行ってあげて欲しいと頼まれた。

 みのりは泣いているそうだ。

 海辺の小さな公園に着くと、泣いてグズグズになっているみのりが居た。きっと長い間泣いていたのだろう。

「みのり」

 洋太は初めて見る泣いているみのりに声を掛けた。

「洋太」

 みのりは泣きはらした目からまだこぼれている涙を手で拭きながら言った。

「ごめんね。迷惑だよね」

「そんなことない、迷惑じゃないよ。それに、俺こそごめん。何と言うか」

「私、美容師になりたいから、他県に行くし。それで、一生懸命自分の気持ちを隠してたの。告白して振られたら、洋太と友達でもいられなくなると思って。洋太が沙菜ちゃんが好きなの分かってたし。彼女、話したらすごく良い人でとてもかなわないとも思ってた。だけど、二人の噂を聞いてもう、気持ちを隠せなくなっちゃった」

 みのりはそう言うとしきりに涙を拭いた。

 洋太は何も言えずみのりを見つめていたが、やがて幼い頃からのみのりとの思い出が走馬灯のように浮かんでは消えた。

 小学生まではみのりの方が背が高くて、見上げていた事。中学校でいつの間にかみのりの背を追い越して見下ろすようになって、その時に女の子はこんなに華奢だったんだと気が付いた事。高校ではさらにその差が大きくなっていた事。そして母さんが死んだ時に励ましてくれた事。


 小学校の頃は普通に友達だったと思う。中学では洋太がサッカーに打ち込んであまり話す事もなくなっていたが、今思うとみのりはその頃から髪型にこだわっていた様に思う。高校ではさらに話をする機会は無くなっていたが、機会が減っただけで普通に会話は出来ていた。と、思っていたのは実は洋太だけで、何時からなのか分からないが、みのりは自分の気持ちをひた隠しにして洋太と話をしていた。

 一方で洋太はみのりに恋愛感情を抱くことは無かった。洋太は沙菜を好きになった。それが引き起こしている現状は何とも残酷な話だと自分でも思う。

 みのりにはもうこれ以上悲しんで欲しくない。洋太は心底思った。


「みのり……。ごめん。きっと辛い思いさせていたんだと思う」

 みのりは首を振った。

「みのり、勝手なお願いだけど聞いてくれるかな」

 みのりはハンカチを目に当てたままうなずいた。

「これからも俺と友達で居て欲しい。お願いします」

 洋太は深々と頭を下げて右手を差し出した。

 みのりは顔を上げて洋太の差し出された手をじっと見ている。

「こんな幼馴染でごめん。でも、俺にとってもみのりの代わりは居ないから」

「何言ってるの」

「無理を承知の上で言ってる」

「馬鹿じゃないの」

「馬鹿なのも分かってる」

「言ったでしょ。振られて友達でもいられなくなるのは嫌だって」

「え」

 みのりはしばらくの間黙ったまま洋太の右手を見ていたが、やがて観念した様に言った。

「はあ、しょうがないなぁ……。でも、来てくれたから友達で居てあげる」

 みのりは洋太が差し出している手を握ってそうして泣きはらした顔で微笑んだ。

「ありがとう。みのり」

「ほら、彼女が待ってるよ」

「あと、まだ付き合ってない」

「はい? そうなの……。あー。なんか大騒ぎして馬鹿らしくなった。早く行ってあげて! あんたの彼女やるの大変そう」


 みのりにそう言われてなんだか振られた様な気分になりながら、洋太は待ってくれている沙菜の元へ向かう。沙菜は少し離れた場所で海を見ながら待っていたが、洋太が隣に行くと振り向いて「大丈夫だったの?」と聞いて来た。

「いろいろ分かんないけど……たぶん大丈夫。……あのさ」

「なあに」

「俺の彼女やるの大変そうらしいんだけど。心当たりある?」

「そう言われたの?」

「うん」

 沙菜は顎に人差し指を当てて上を向いて少し考えて、それから洋太の方を見て

「まだなってないからわかんない」

 と言った。

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