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10 年の瀬

 季節は進み、2学期の終業式となった。

 教室の中は独特のざわつきがあったが、それも生徒が教室からいなくなると静かになった。


 沙菜は今日、洋太と一緒に下校したかったが、洋太に最近避けられているような気がしていたので声を掛けようか迷っている。

 でも、今日を逃すと明日以降は話せなくなる。

 沙菜は洋太の後をついて行った。

 校門を出たところで声をかけるつもりだったがすでにみのりと並んで話しながら歩いていた。

 ダメかな。

 と思ったが、みのりは別の方へ行ってしまった。以前もそうだった。家の方角的に坂の途中で別れる事になる様だ。

 沙菜は駆け寄って洋太に声を掛けた。

「洋太君!」

 振り向いた洋太ははっとしてそれからちょっと暗い表情になった。

(え、どうして?)

「具合でも悪いの?」

「いや。悪くないよ」

「ねえ、私、もしかしてお邪魔」

 洋太は首を横に振った。

「いいや」

「じゃあ、どうして」

「だって、き、君と一緒に居ると冷やかされるし」

(あら)

「冷やかされるのが嫌なの?」

「嫌。じゃなくて。恥ずかしいんだ」

「え?」

「今まで目立たず過ごしてきたのに、君といると周りからの視線が……」

「そんなに?」

「自覚無いの?」

「うん」

「今だってちょいちょい視線を感じてる」

 沙菜が周囲を見回すと確かに、二人の方に視線を向けている生徒が何人か居る。

「私は平気だよ」

「君はそうかもしれないけど、俺はいたたまれないんだ」

「あのね」

「うん」

 洋太は俯いている。

「私だって、洋太君に話しかけるのに勇気を出してるんだよ」

「え?」

「だって。気になる人に話しかけるのは勇気がいるよ」

 洋太は顔を上げて沙菜を見つめた。

「やっと見てくれたね。私の事」

「私はいつも洋太君のことみてるのに、洋太君はちっとも私の事見てくれてない」

 洋太の目は大きく見開いた。

「今朝は寝ぐせついてるなーとか、眠そうにしてるなーとか。また釣りの話してるなーとか」

「あ、え?」

「私はいつも洋太君の事を見てます」

「す、少しは俺も君を見てるつもりだけど」

 洋太はまた俯いた。

「肌が良くなってるなーとか。明るくなったなーとか。あと、き」

「き?」

「きれいになったなーとか」

 洋太は小声で言った。

「ほんとに?」

「うん」

 沙菜は嬉しくて、涙が出そうになった。

「よかった、避けられてると思ってた」

「だからそれは、周りからの視線が痛いからで」

「うん。事情はわかった」

 沙菜は涙をためたまま微笑んだ。

 その顔を見て、洋太の心臓は高鳴っている。

「あ、あのさ。冬休みは地元に帰るの?」

「ううん。お父さんがこっちに来る。やっと肌が良くなって来たから、ここから離れたくないって言ったらお父さんが来る事になった。釣りにも行きたいみたいだけど」

「そう……。じゃあさ、一緒に初詣に行かない?」

「行く!」

「じゃあ、日にちはまた連絡する。正月は旅館の手伝いで忙しいからその時にならないと予定がどうなるか分からないんだ」

「うん。連絡待ってる」

「ごめん。なんか誘っといてこんなで」

「ううん。そんなことない。誘ってくれて嬉しかった」

「あとさ」

「うん」

「洋太でいいよ」

「本当に?」

「みんなそう呼んでるし、『君』付けの方が変な感じがするから」

「わかった。洋太。私の事も沙菜って呼んでくれる?」

「……」

「ねえ、早く」

「さ、沙菜」

「はい。これからはそれでお願いします」

 沙菜はにっこり微笑んだ。

 洋太はもう顔を上げられなかった。


              ◆


 その日の夕食は母と食べた。

 私はずいぶんにやけていたらしい。

「なにか良い事があったの?」

 と聞かれた。

「うーん」

 とだけ答えておいたら、母からはジトっとした視線が帰って来た。

 まあ、彼がらみであることは察しがついているのだろう。


 今日は勇気を出して彼に声をかけてよかった。

 思いがけず、彼に初詣に誘われた。

 最近、避けられてると思っていたけど、その理由が分かった。

 そして自分が本当に彼以外見えてないんだというか興味が無い事を自覚した。

 私ってもしかしてヤバいやつなのかも。

 今日の会話を反芻する。

 彼は私の事をきれいだと思ってくれているんだ。

 思い出すと、恥ずかしくなって、ベッドに倒れ込んで枕に顔を埋めて足をバタバタとしてる私。

 はー。

 息が苦しい。

 これからは、朝の支度は手が抜けないぞ。彼が見てくれてるんだから。

 あと、お互い名前呼びすることになった。

「洋太」

 きゃー。

 私はまたバタバタともがく。

 温泉のおかげて憧れのぴちぴちの女子高生になれそう。

 こんなに幸せで良いのかしら。

 少しだけ不安にもなる。

 私ははっとして両手を振ってそのイメージをかき消した。

 いけない、いけない。変なフラグを立てるところだった。


 お母さんからお風呂に入るように言われた。

 気のせいかもしれないけどここは普通の水道も水が肌に優しい気がしている。

 そう言えば、島原は水が良いことで有名なんだっけ。

 そのうち、彼と行ってみたいな。


 以前イルミネーションを見に行った時にみのりちゃんと唯ちゃんと食べた蟹はすごくおいしかった。魚も新鮮で美味しいし。この辺りには私が知らないだけでおいしいものがたくさんあるのかも。

 私って、こんなにいろいろ興味が持てる様になったんだ。

 私は変わったのかな、それとも元々こういう性格だったのかな。

 まあ、どちらでもいいや。


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