1 転校生
島原半島西側のとある温泉地。橘湾に面したこの場所には海岸のすぐそばに長い長い足湯がある。
薄い青とオレンジのグラデーションができ始めた空を見に来ていた小松みのりはそこで見知った後ろ姿を見つけた。
幼馴染の中田洋太だ。
両足を足湯に入れて、海を眺めている。
洋太とは小学校から高校2年の今までずっと一緒の学校だ。
「洋太。来てたんだ」
みのりはその見知った背中に声を掛けた。
「ちょっと足の古傷が調子がよくなくて」
「痛むの?」
「いや、痛まないよ。ただ、足首に違和感があって」
洋太は中学の時右足の足首を痛めていた。
サッカーの試合中に怪我をしたのだ。
◆
『やっと試合に出れたとおもったらこれかよ……』
みのりはその時の洋太の姿を思い出した。
中学3年での県大会予選で交代で出場したが、相手チームの選手のスライディングが足首に入ってしまった。
足首を抱えてもだえる洋太をみのりはスタンドから見ていた。
チームメイトに肩を借りてベンチに戻った洋太はそのまま病院へ直行となった。
足の怪我自体はそれほどでもなかったが、残念ながら部活はそのまま引退となった。
洋太は高校へ進学後はもうサッカーはやらなかった。
『中3でやっと試合に出れたと思ったらさ、すぐ怪我しちゃって…… もういいんだ』
みのりは高校ではサッカーをやらないのかと洋太に聞い事があったがその時の返事がこれだった。
◆
「あたしも今日は足湯に入ろっ」
みのりは靴を脱いで靴下を脱ぐと靴の中に押し込み、洋太の隣に座った。
二人とも特別会話をするでもなく、ただ正面の海を見ていた。
夕日はだんだんと夕焼けを濃くして、空の青を映したままの海に、太陽の光の筋が一直線に伸びている。
「足の調子はどう?」
足湯から上がってみのりは洋太に声をかけた。
「うん、良いみたいだ」
洋太は少し緑がかったお湯から右足を浮かせてくるくると足首を回しながら言った。
「結構来るの? 足湯」
「足の調子が悪い時はなるべく来てる。調子良くなるんだ」
「でもさ、洋太ん家、温泉旅館じゃない」
「だからって、好きな時に温泉に浸かれるわけじゃないし、手伝いもあるから」
「ふーん。足湯があってよかったね」
「そうだな」
「じゃ、私はもう帰るね。また明日」
「また明日」
みのりは家路に着いた。
◆
「おはよう。みのり」
「おはよう。唯」
翌朝、クラスメイトの本田唯がみのりに声を掛けて来た。
「ねえ、お祭り一緒に行こうよ」
この温泉地では年に一度春に湯祭りがある。
「そうねぇ。マルシェには行きたいかな」
「決まり」
そういえば洋太は毎年お祭りの時はどうしているのだろう。
学校の帰り、昇降口で見かけた洋太に祭りの時に何をしているのか聞いてみた。
「祭りの手伝い。うち旅館だから」
「そっか。そりゃそうだね」
「それに、お客さんも多いし旅館も忙しいんだ」
この日はお神輿が出てパレードもあって、この田舎の温泉街も賑やかになる。
旅館は忙しいのだ。
◆
湯祭り当日、みのりは唯とマリンパークにいた。タイミングよく間欠泉が噴き出すのも見ることができた。
二人は屋台で買ったクレープを頬張りながら堤防の側を歩いている。
時々同級生ともすれ違って盛り上がったりもした。
人ごみの中にハッピ姿の洋太を見つけて声を掛けようとしたが、隣に知らない女の子がいた。
「ああ、あの子たぶん転校生じゃないかな」
みのりの視線に気が付いた唯が言った。
「転校生? いたっけ?」
「確か、中田くんと同じクラスだよ」
「そうなんだ」
みのりは歩いている二人の背中を見つめている。
「気になる?」
「え?」
唯は意味ありげな視線をみのりに向けている。
「まあ、知らない同級生がいるのは気になる」
「なんだ」
「は?」
「なんでもない」
◆
転校生はどうやら他県から来たらしい。
生まれつき皮膚が弱く、すぐにボロボロになってしまうらしい。
なるほど、祭りで見かけたときにつばの広い帽子を深めにかぶっていたのを思い出した。
いくつもの皮膚科や皮膚に良いと評判の良い温泉にも行ったそうだ。
ここのお湯は彼女に合っていたとのことで、腰を据えて湯治することにした様だ。
と、洋太から聞いた。
以前、試しに湯治に来た時にたまたま洋太の家の旅館に泊まったそうだ。
でも、すでにお祭りに来るくらい仲が良くなったてるって事?
付き合ってるのかな。
みのりは自分がモヤモヤしていることに気が付いた。




