ドカ食いお嬢様の角杭さんは、俺の前だけで気絶する。
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「しまった……作りすぎた……」
飯山焼平、高校二年生。
趣味、料理。
俺は『料理研究会』という部活に所属していて、今はその活動の真っ最中だ。
まあ、学校が休みである土曜日にわざわざ出てきて料理を作っているモノ好きは、俺だけなんだけど。
「材料をたくさん用意したからって調子に乗っちゃったな……一人じゃ絶対に食いきれないぞ、これ」
俺の目の前には豚の生姜焼きが乗った皿がずらずらと並んでいる。それも、ざっと見て四、五人前という量。
なぜこんなことになっているかと言うと、俺の実家が営んでいる定食屋の新メニュー開発を親父から任されて、調子に乗ってしまったから。
タレの配合をいじったり調味料の銘柄を変えてみたり、どれが一番美味くなるか試行錯誤しているうちに、こんなになってしまった。
「参ったなあ、またいつもの通り野球部の友達に食ってもらうか……?」
ふと、調理実習室にある時計を見る。
時刻は十二時四十五分。
十三時から野球部の午後練習が始まるので、今からグラウンドにいる奴らを呼んでもちょっと間に合いそうにない。
「……仕方がない、食える分は俺が食って、あとはあいつらの練習が終わる夕方までとっておくか」
俺は生姜焼きの皿にラップを掛けて一旦保存することにした。
作りたてが一番美味いのだが、こればかりはしょうがない。生姜焼きだけに。
――バタン
突然、何かが倒れる音がした。
いや、『何か』ではなく、『誰か』のほうが正しいかもしれない。
その音は調理実習室の外から聞こえてきた。
廊下で誰か転んだのだろうか?
引き戸を開けて廊下を確認すると、女子生徒が一人床に倒れていた。
しかも、倒れたまま微動だにしていない。
「だ、大丈夫……!? 救急車呼ぼうか!?」
「……だいじょうぶ、ですわ。ただ力尽きただけですので」
幸いにも意識はあった。
とりあえず保健室に連れて行こうか。
……休みの日なので養護教諭の先生はいないけど。
「とりあえず保健室にでも行こう。立てる……?」
「は、はい。かたじけないですわ……」
女子生徒に肩を貸して身体を起こしてあげた。
そしてその顔を見て、彼女が意外な人物であることに俺は気づく。
「……あれ? 生徒会長?」
そう、倒れていたのはこの学校の生徒会長である、角杭麗さんだったのだ。
地元の名家出身で、容姿端麗なのはもちろんのこと、頭もいいし仕事もできるスーパーウーマンお嬢様。
俺と同じ二年生ながら生徒会長に当選してしまう人望の持ち主。
才色兼備とはまさに彼女のこと。
……まあ、あんまり完璧なものだから俺みたいな普通の奴にはちょっと近づきがたいオーラはあったりする。
クールで切れ者で、無能にはちょっと厳しい態度をとってきそうな、そんなイメージだ。
「あなたは……、二年E組の飯山くん……ですね?」
「どうして俺の名前を?」
「全校生徒の名前と顔くらいは覚えていますので」
「す、すごすぎる……」
「これくらい当たり前です」
かなり憔悴しているように見えたが、それでも彼女の頭は冴えているらしい。やっぱり生きる世界が違う。
「か、角杭さんはなんでこんなところで倒れてたの……?」
「いえ……ちょっと調理実習室からいい香りがしたので何事かと思って来たのですが、身体がエネルギー切れを起こしてしまって」
「ここまで来るのにそんなエネルギー使う……?」
「まあ、朝からずっと生徒会の仕事をしていましたから」
すると、見計らったかのように角杭さんのお腹の虫が鳴く。
気まずくなってめちゃくちゃ恥ずかしそうな顔をする角杭さんは、なんだかイメージと違って新鮮だった。
まあ、要するにあれだ。彼女は腹ペコになりすぎて廊下で倒れてしまったということだ。
それならば俺から提供できる解決策はこれしかない。
「よかったらお昼ごはんでも食べていく? ちょうど生姜焼きを作ったんだけど、だいぶ作り過ぎちゃ――」
「――食べます!」
食事をチラつかせると、かなり食い気味に角杭さんは言葉をかぶせてきた。
ベートーヴェンの『エリーゼのために』もびっくりするアウフタクトだ。前小説の二拍半くらいは食い込んでいる。
なんにせよ、作り過ぎた生姜焼きを食べてくれるのはありがたい。
一人分とはいえ、フードロスが減るとこは世界にとって大切なことだ。
俺は角杭さんを調理実習室に招き入れ、生姜焼きと白米、ついでに作っていたお味噌汁を提供した。
「これ、全部飯山くんが作ったのですか?」
「うん。俺の実家が定食屋でさ、ちょっと新メニューを考えて色々作ってたら、作り過ぎちゃって……」
「そうだったのですね。とても美味しそうに見えるので、なかなかの料理の腕をお持ちなのでしょう。素晴らしいと思います」
「ほ、褒められるとなんか変な感じだな……あはは」
慣れない称賛を頂いてしまい、照れるような恥ずかしいようなそんな気持ちになってしまう。
普段は女子ウケする料理をあまり作らないものだから、角杭さんから褒められるのはちょっと嬉しい。
しかし、そんな浮かれた気持ちに浸っている余裕はなかった。
なぜかというと、角杭さんが「いただきます」と両手を合わせた瞬間、ものすごい勢いで目の前の食事をかっ込み始めたからだ。
「――これは……かなり甘めのタレですわね!(もぐもぐ) こっちは逆に醤油が効いてキリッとしていますわ!(もぐもぐ) なんと、お味噌味の生姜焼きもあるのですね……!(もぐもぐ)」
「あ、あの……角杭さん……?」
目の前にあった推定四、五人前くらいの生姜焼きが、みるみるうちに角杭さんの胃袋へ消えていく。
炊いておいた白米も、既に一合近くは平らげている。
下品と言えるレベルの食べる速度なのに、姿勢はいいし箸の持ち方はきれいだ。
もちろん、茶碗に米粒など一つも残さない。ガチで角杭さんは育ちがいい。
「――なかなか美味でした。ごちそうさまです」
「お……お粗末様でした。角杭さんって、すごい食べっぷりだね」
俺がそう言うと角杭さんは正気に戻ったのか、急に静かになる。
俺はなんとかフォローを入れようと頭の中から言葉を絞り出すが、ちょうどいいワードが見つからない。
無理もない。学校一の美少女であり才女であるお嬢様が、フードファイター顔負けの食べっぷりで生姜焼きを平らげたのだから。
それも、おかず四、五人前と白米一合。ざっと計算して千八百キロカロリー。
マクドナルドで換算すると、ビッグマックとポテトLのセットにL サイズのコーラをつけて、さらにポテトLを単品で追加するくらい。
こんな細身のお嬢様が食べるにしてはえげつない量である。その食べる速さも相まって、ドカ食いと表現するに相応しい。
「き、気にすることはないよ角杭さん。さっきのは俺しか見てないし、別に誰かにバラそうなんてそんな気はないから安心し――」
とにかく今のは見なかったことにしようと慌てる俺。
しかしその一方で、角杭さんはなぜか目を閉じて瞑想しているかのように静まり返っていた。
「……角杭さん? おーい、角杭さんったら。……だめだ、返事がない」
とても澄ましたきれいな顔。悦楽に浸っている彼女のその表情は、普段見せるクールでキツい雰囲気とは真逆のものだった。
この現象に心当たりがある。
大量の食事を一気に摂ることで生じる、幸福感の急上昇。専門用語で『至る』なんて言うこともある。
しばらくして幸福感が落ち着いてきたのか、角杭さんは普段通りの状態に戻った。
「……控えめに言って、最高でしたわ」
「な、何が?」
「久しぶりに大量の食事――それも、脂と塩味が効いたガツンとくるメニューを白米と一気に掻き込んだときの快感。たまりませんわ」
「確かに夢中で食べてたよね、角杭さん……」
「そして食後の気絶、まるで天国――」
あ、ダメだこの人。
多分だけど、普段表ではめちゃくちゃ真面目にやってて常に気を張っているせいで、こういう食事なんかにそのしわ寄せと言うかもはや反動というレベルのものが押し寄せている。
こういう食べ方で得られる快楽によって、角杭さんはストレスを発散しているのだ。
「はっ……! 私としたことがつい……すみません、飯山くんの分まで食べてしまいました」
「い、いや、それは別にいいよ、俺の分はなんとかなるし。それよりも……角杭さんはいつもこんな感じで食事を……?」
「ち、違いますわ! 普段はちゃんとしていますの。量も適度に、食べる速度もほどほどです。でも……」
「でも?」
「たまにこうなってしまうのです。特に先程のような、パンチのあるメニューだと顕著に……」
「な、なるほど……」
「しかもあれで試作品とおっしゃいましたか!? どれもこれもお店レベルのクオリティではありませんか!」
「そりゃどうも……」
この流れで褒められると思っていなかったので、俺は喜びつつも疑問形で返してしまう。
まあ、俺もなかなか料理の腕が上達したようだ。好意的に捉えておこう。
「驚きのクオリティということもあって、つい箸が進んでしまい……はあ……やってしまいましたわ」
「その言い草だと、たまにやってしまうって感じだね」
「……お恥ずかしながら。やるなら人目のないときにやると決めておりましたのに。空腹で本能が勝ってしまいました」
「よっぽどお腹空いてたんだね……」
角杭さんは頭を抱える。
普段人前では絶対にやらないことを見られてしまったのだ。
シコっている途中にノックもせず部屋に入られてしまった感覚に似ている……と思う。
秘密を見られた絶望感は、ものすごく大きいだろう。
「あの、飯山くん」
「はい」
「お願いがあります」
「な、何でしょう」
「……このことは、誰にも言わないで頂けませんか」
「も、もちろん。他言するつもりはないよ」
「その代わりと言っては何ですが、料理研究会の部費を会長権限で少し増やして差し上げます」
「い、いや、いいんだよそんなに気を使わなくても。俺は角杭さんに美味しく食べてもらってありがたいし、フードロスもなくなって環境にやさしいし、全然悪いことないんだよ?」
「ですが無償で秘密を保持していただくのはリスクが大きいのです。やはり何かしらの見返りを差し上げたうえで、秘密を守るという責務があることを自覚していただかなくては」
やり口が政治家のそれだよ。とは流石に言えなかった。
口止め料を受け取らせることで、もしバレたときの責任を地獄の果てまで追求する。そんな気迫さえ感じる。
それくらい角杭さんはこのことをバラされたくないらしい。
周囲の人間が彼女に対して抱いているイメージとううものを、かなり気にしているのだと思う。
だがさすがにいきなり部費を増やされるのは不自然だ。
俺以外にも料理研究会にはメンバーがいるので、部費の増額を怪しむ人が出てきてもおかしくない。
それならばもっと別の方法がある。
俺はダメで元々と思い、あることを提案してみる。
「わ、わかったよ。でも流石に部費の増額は無理があると思う。何かのきっかけでバレるかも」
「確かにそうですわね。では、部費増額の代わりに何がお望みでしょうか?」
「毎週土曜日のこの時間、角杭さんが調理実習室に来て俺の作るメシを食べてほしい」
我ながら良い提案だと思った。
土曜日は見ての通り僕しか部活に出てこない。
そしていつもこの日を利用して、実家の定食屋で出せそうなメニューを開発している。
それゆえ、今日のように大量に料理を作ってしまうことが結構あるのだ。
一方の角杭さんは生徒会の仕事に勤しんでいる。
土曜日にお昼ご飯を用意するのは大変だろうから、料理研究会に来て食べるのが合理的というもの。
「……飯山くんは、それでいいのですか?」
「うん。角杭さんの食べっぷりには驚いたけど、美味しいって言って食べてくれるの、結構嬉しいし。食べてくれると作りがいもあるし」
「ふふっ……あなたもなかなか面白い人ですのね」
今日始めて角杭さんは笑顔を見せた。
いや、あんたの方がおもしれーよ。とは言わない。
「では、取引成立ですね。これから毎週土曜日、私はこちらの部活にお邪魔してお昼ご飯をいただきに参ります」
「オッケー。腕によりをかけて待ってるね」
「ちなみになのですが、ちょっとお聞きしてもよろしくて?」
「うん、いいけど? どうしたの?」
「――生姜焼きのおかわり、まだあるのでしょうか?」
冷静なトーンながら、若干恥ずかしさを含んだ感じで角杭さんはおかわりのリクエストをする。
やばい、ちょっと可愛いかもしれない。
えっ? てかまだ食うのこの人?
……まあいいか、まだ材料もあることだし、追加調理してしまおう。
「ちょっと作るから待ってて。最高に美味いのを提供するから」
「ありがとうございます、飯山くん」
角杭さんは、今日イチの笑顔で俺に笑ってみせた。
なるほど、これはいいものかもしれない。
飯山焼平、高校二年生。
趣味、料理。
それともう一つ、作った料理を食べさせて幸せにさせること。
このドカ食い大好きなお嬢様が幸腹感で昇天してしまうのは、俺の前だけ。
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