エインスのプロポーズ
子ども世代の話です。
「来週の夜、星を見に行こう」
「星?」
エインスの誘いは唐突だった。そもそも大変忙しくしている上、王太子でもある彼とは、外出なんて滅多にできない。リリーアンはとても浮き足立った。
「一緒にお出かけできるの?」
「後ろに護衛騎士は付いてくるけど、一応二人きりにしてくれるはず。良いかな?」
「もちろん!嬉しい!」
にっこりと笑うリリーアンに、エインスは眉を下げて言った。
「いつもなかなか出掛けたりできなくて、我慢させてばかりいるね……ごめん」
「仕方ないわ。エインスは立場があるもの」
「来週は色々用意しておくから。星の下でホットワイン飲もう」
「すごく楽しそう!」
なんたってエインスと一緒なのだから、どこへ行って何をしても楽しいに決まっている。うきうきするリリーアンを、エインスは愛おしそうな目で見ていた。
♦︎♢♦︎
「何これ…………すごい…………!!」
星空の下に出たリリーアンは、口を開けてぽかんとした。文字通り、星が降って来ていたからだ。
「今夜は流星群が見られる日なんだよ」
「私、見るの初めて……!!」
事前に用意していたフカフカのクッションとブランケットの中に、リリーアンを招待する。星々の光を受けた彼女のプラチナブロンドと琥珀の目は、幻想的に輝いていた。エインスはそれにぼうっと見惚れた。
「不思議ね、どうしてこんなに綺麗なのかしら……専門じゃないけど、天体学にはすごく興味があるわ」
「魔法なんかよりずっと綺麗だよね。リリーと一緒に見たかったんだ」
「見られて嬉しい。誘ってくれてありがとう」
「うん」
二人はしばし、降り注ぐ星に見入った。しばらくしてエインスが、緊張した声を出した。
「リリー…………」
「なあに?」
「これを、受け取って欲しい」
エインスがそっと取り出したのは、指輪だった。星と同じくらいに煌めく、大粒のダイヤモンドが嵌っている。
「これ…………」
「君の両親が流行らせた、婚約指輪」
「…………!」
「僕は、七歳の時ジルベルト様に許可をもらったけど、君に直接結婚を申し込んだことはなかったから。だから……」
エインスのアメジストの瞳は、真っ直ぐにリリーアンだけを見つめていた。
「リリー、愛してる。どうか僕と、結婚してください」
「…………はい。私も、エインスだけを愛してるわ」
リリーアンは少しだけ涙を滲ませて笑った。星々がその涙に反射して、きらきらして、何よりも綺麗だった。エインスの美しい顔がそっと近付いてくる。星空の下で、二人は柔らかなキスをした。
指輪を嵌めてから、二人はホットワインを飲み始めた。クッキーも一緒に摘む。気分は夜のピクニックだ。
「これ、すごく美味しいね。なんだかうきうきしちゃう」
「王宮のシェフに頼んだら、張り切って作ってくれたんだ」
「ふふ。エインスがお願い事をするなんて滅多にないから、張り切ったのね」
くふくふと笑うリリーアンに、エインスも一緒に微笑んだ。それから彼は切り出した。
「勝手なことをしてしまったと、自分でも思うんだけど……実は君と早く結婚できるよう、裏で準備を進めていたんだ」
「えっ…………本当?」
「うん。もうリリーは学園を卒業したし、できる限り早く結婚しない?勿論、王太子妃になったら不自由なことも増えてしまうだろうけど……」
「ううん。したい!結婚したいわ!」
リリーアンは小さな簡易テーブルにホットワインを置き、エインスの両手を握った。
「私の一番の幸せは、エインス、貴方といることなの。だから…………早く、ずっと一緒に居られるようになりたかった」
「リリー…………」
「嬉しいわ。エインス、ありがとう」
「うん……じゃあ、見せたいものがあるんだ。あとで一緒に来てくれる?」
「?いいよ?」
二人はしばし夜のピクニックを楽しんだ。満喫した後、エインスは後ろに控えていた護衛騎士に話を通してから、リリーアンを連れて転移した。
そこにあったものに、リリーアンは今度こそ言葉を失った。
「わあ…………!!」
そこには……美しい、美しいウェディングドレスが一着、トルソーに着せられていた。幾重にも重ねられたオーガンジーに、たくさんのビジューが縫い付けられていて、キラキラと輝いている。まるで、今日見た星々みたいだ。後ろには長い長いトレーンが繋がっていて、その精緻な刺繍にもまた、沢山のビジューが縫い付けられていた。
「リリーのためだけに、こっそり作ったウェディングドレスなんだ」
「え、私の…………!?」
「うん。天の川をイメージして作ってもらった。君のプラチナブロンドと琥珀の瞳は、月と星みたいだから」
「嬉しい…………!!」
リリーアンはぎゅっとエインスに抱き付いた。彼の秀麗な美貌が赤く染まる。先ほどからずっと、こうしてぎゅっと抱きつきたかったが、護衛騎士の前なので遠慮していたのだ。
「リリーの希望を聞かずに勝手に作ってしまったけど、怒ってない?」
「怒ったりしないわ。とっても素敵。すごく嬉しい……!エインスが、私のためだけに作ってくれたんでしょう?」
「うん……そうだよ」
「私、世界一幸せだわ。夢みたい……」
泣き笑いするリリーアンに、エインスもちょっと涙を滲ませた。
「僕はやっぱり、リリーが大好きだ。喜んでくれて、ありがとう……」
「私も、エインスが大好きよ」
「ふふ。結婚したら、今までよりずっと一緒にいられる。楽しみだね」
「うん!」
こうしてやっと、エインスとリリーアンは結婚に向けて動き出した。二人の結婚式は、ここから半年後に開かれたのだった。




