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アレクシスの特訓

子ども世代の話です。

 アレクシスは小さな頃から、強くて格好良い父が大好きだった。


「ぼく、とうさまみたいに、なる!」

 

 父のようになりたくて、物心つくよりも前から木刀を握っていた。

 

 しかし、残念ながらアレクシスは凡才だった。随分と早くに剣術を始めたのに、同年代の子供達にどんどん追い抜かれていく。沢山頑張って、周囲に追い付くのがやっとだった。稽古をサボって遊んでばかりいる王子、ニコラにだって、アレクシスは一度も勝てたことがなかった。

 ジルベルトはそんなアレクシスを見て、「アレクは父さんと同じだ」と言ってくれた。でも、今や鬼神として名を馳せている父にそんなことを言われても、何の慰めにもならなかった。

 

 偉大すぎる父の存在は、次第に重責となって、生真面目なアレクシスに襲い掛かるようになった。

 

 転機が訪れたのは、そんなアレクシスが七歳の時である。

 幼馴染であり姉の親友でもあるシャルリアが、ある日一人で稽古をしていたアレクシスに、声を掛けてきたのだ。


「アレクシスはいつも頑張ってて、偉いね」

「……人よりやらないと、上達しないから」


 卑屈になっていたアレクシスは首を振り、目を伏せて答えた。


「俺は、こんな自分が恥ずかしい……」

「何言ってるの?」


 いつも明るくて優しいシャルリアが、珍しく怒ったような声を出したので、アレクシスは思わず顔を上げた。

 すると、猫みたいな金の目が真っ直ぐに、アレクシスだけを見つめていた。彼女はまるで、この世の真理を告げるような口調で言った。

 

「努力は、恥ずかしくないのよ」

「…………そう、なの?」

「そうよ!私の秘密の場所を、特別に見せてあげる!」


 姉のリリーアンと並んで、魔術の神童だと言われるシャルリア。そんな彼女は、自らが特訓しているという秘密の場所へアレクシスを連れて行ってくれた。

 

 森の中にあるその場所には、魔術を何百回、何千回と繰り返し使ったであろう形跡があった。崖が自然ではない妙な形に抉れていたのだ。そしてシャルリアがそっと取り出した基礎の魔術書は、とてもボロボロで、書き込みが沢山してあった。アレクシスは目を丸くして、それらを見た。


「一緒に、神童だとか言われてるけど……私には、リリーみたいな才能、ないのよ?」

「そう、なの……?」

「努力だけが、私を支えてくれるの。アレクシスだって、きっとそのタイプだわ」

 

 アレクシスは頷いて、ポロポロと泣いてしまった。これまでずっと自分に自信がなくて、酷く不安だったのだ。シャルリアは涙を馬鹿にすることもなく、綺麗なハンカチでそっと拭ってくれた。

 アレクシスは、生まれて初めて――――ありのままの自分を、そのまま肯定してもらったように感じた。それからは、努力することを恥とも思わなくなり、シャルリアと一緒に秘密で特訓することが増えた。



 ♦︎♢♦︎

 

 

 十歳になったある日、シャルリアが眩しい笑顔を浮かべて、秘密の場所にやってきた。


「アレクシス!私の論文が、やっと通ったの!」


 これにはアレクシスも木刀を置いて、シャルリアに飛びついた。リリーアンは随分早くから論文を学術誌に載せていたが、シャルリアの書いたものはなかなか通らなかったのだ。


「すごい!」

「ありがとう!あのね……私が諦めずにいられたのは、アレクシスのお陰なの」


 シャルリアがそう言ったので、アレクシスは首を傾げた。すると彼女は頬を薔薇色に染め、とびっきり可愛い笑顔で言った。

 

「アレクシスが頑張っているから、私も何とか頑張れるの……」


 アレクシスの心臓は、どくんと大きく跳ねた。そうして、彼は初めて――――自分がとっくのとうに、恋に落ちているのだと言うことを知ったのだ。


 だが、それは苦しい日々の始まりだった。アレクシスより三歳も年上のシャルリアは、異常なほど異性にモテたのだ。彼女には既に、ボーイフレンドがわんさかいた。完全に出遅れてしまったアレクシスは、大いに焦った。

 しかもアレクシスは、気づけば女性に囲まれていることこそあるものの、自分から女性に近づいたことなど一度もなかった。どうアプローチすれば良いのか、まるで分からなかったのだ。

 

 ――俺は、すぐに上達するタイプじゃない。しかもシャルリアより、三歳も下だ……。だけど、彼女に相応しい男になりたい……!シャルリアに、振り向いてもらいたい……!


 結局アレクシスにできたことと言えば、騎士になるための訓練に、よりいっそう力を入れることくらいだった。入団試験に早く合格すれば、シャルリアが自分のことを見てくれるかもしれないと思ったのだ。

 

 そうこうしているうちに、十一歳になったとある日。アレクシスは、シャルリアが公園で他の男性とキスしているところを、偶然目撃してしまった。


「……!!」


 アレクシスは大きなショックを受けて、その場で踵を返した。心臓がバクバクと鳴って、背中じゅうを嫌な汗が伝っていった。

 次の日の晩アレクシスは、とうとう我慢できなくなり……秘密の場所にやってきたシャルリアに、告白してしまった。


「俺は、シャルリアが好きだ」


 すると、どうだろうか。

 シャルリアは一見すると、強気にアレクシスをいなしただけだったが……その顔はあっという間に、真っ青に染まっていった。暗闇の中ですら分かるほど、その変化は顕著だったのだ。しかもアレクシスの見送りも断って、彼女は不自然なほど急いで転移し、去ってしまったのである。その時の反応があまりにもおかしかったので、さすがのアレクシスでも気が付いた。


 ――シャルリアは、もしかして、俺のことが好きなのか……?

 

 生まれた小さな疑念は、日に日に確信へと変わっていった。

 シャルリアは、男遊びに夢中なように見えるよう、必死に振る舞っているだけだった。本当は陰から、熱に浮かされたような瞳でアレクシスを見つめているのだ。


 ――それなら、どうして俺だけ見ていてくれない?あとは、何が足りないんだ?

 

 アレクシスには、シャルリアの気持ちが全く分からなかった。彼女が他の男と睦み合う姿を見掛けては、彼の中に静かな怒りが溜まっていった。だが、距離を置かれるかもしれないという恐怖から、下手に彼女を問い詰めることもできなかった。

 

 ただアレクシスは、シャルリアに相応しくなれるようにと、死に物狂いで努力を続けた。学園入学前に騎士になったし、勉学も社交も、誰にも負けないように磨き続けた。それに、彼はもともと落ち着いた性格だったが、いつでも努めて冷静に、淡々と話すようになった。シャルリアに子供っぽく見られたくなかったからだ。


 どんなに沢山の女の子が群がってきたって、喜ばしい婚約の話が幾ら舞い込んできたって、全然関係なかった。アレクシスは、湧き起こる悲しみと怒りを必死に堪えながら、シャルリアだけを見つめていた。


 ――シャルリア。

 ――シャルリア、俺だけ見て。

 ――俺だけを、好きになって。


 

 そうじゃないと、俺はもう、おかしくなる……!


 

「……っ!」

 

 悪夢にうなされたアレクシスは、ハッと目を覚ました。辺りは真っ暗で、もう真夜中のようだ。だが、胸から下に、なんだか温かくて……とても柔らかなものが巻き付いている。


「…………!!」

 

 それは、彼の胸元に柔らかな頬を埋めるシャルリアだった。

 一瞬フリーズしてから、全てを思い出す。

 

 ――そうだ、シャルリアは……リアは、俺と結婚したんだ。

 一緒に、住み始めたんだった。

 もう、俺だけのものになったんだ。

 嬉しい。

 嬉しい……!

 

 藍色の癖っ毛にそっと触れると、とてもふわふわとしていて、花のような甘い香りがする。アレクシスは堪らなくなり、シャルリアをぎゅっと抱き締めた。

 シャルリアはそれで、目を覚ましてしまったようだ。不思議と光っているような金の目を、暗闇の中でぱちぱちとさせながら寝惚けた声を出した。

 

「ん……?どうしたの?シス……」

「起こしてごめん。ただ、幸せだなって……」

「……ふふ。私も……大好き」

 

 シャルリアはあの日と変わらない、とびっきり可愛い笑顔をアレクシスに向けた。

 アレクシスは、この笑顔に何度でも恋をするんだろうと思いながら……彼女の額に、優しいキスを落としたのだった。

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