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シャルリアのデート

子ども世代の話です。

 シャルリアとアレクシスが想いを通じ合わせてから、一週間が経った。


 アレクシスは、フルスロットルで結婚の準備を進めている。シャルリアはそれに付いていくのが精一杯で、毎日目を回しながら過ごしていた。

 父フェルナンが、異様にノリノリでアレクシスと協働しているのも怖い。シャルリアには、そんな父の姿が――――粗悪品を急いで高値で売りつける、怪しい商人のように見えてしまうこともあるのだった。

 

 何はともあれ、二人の婚約は既に結ばれた。公爵家の権力を使い、一ヶ月後あたりには、もう婚姻届が受理される予定である。

 

 ちなみに結婚式は、一年後に予定している。アレクシスが、式はちゃんとしたものをやりたいと言って譲らなかったのだ。

 シャルリアのドレスも既製品ではなく、一からのオーダーメイドにするのだという。腕の良いお針子が緊急招集されているらしい。さらに、公爵邸でシャルリアの希望を聞き出したデザイナーのマダムナタリーは、本来は三年先まで予約が埋まっている売れっ子だった。公爵家の伝手というものは、全くでたらめである。しかし、嬉々としてデザインを出す彼女もまた、ノリノリだった。

 

 一週間目の夜、長くなった打ち合わせの帰りにアレクシスが言った。


「ずっとバタバタして、ごめん。明後日は一日空けてあるから、ゆっくり一緒に出かけない?」

「!?……う、うんっ!」


 シャルリアはひっくり返りそうになる声を何とか落ち着けて返事をした。


 ――そ、それって、もしかして『デート』……!?

 

 ドキドキと動悸が止まらない。あれからエッチはおろか、二人はキスすらしていないのだ。シャルリアは、自分が本当にアレクシスと想いを通じ合わせたのか、現実味が薄くなって来たところだった。

 

 翌日、シャルリアは親友であるリリーアンに泣きついていた。


「ど、ど、ど、どうしよう!?アレクシスと、デ、デートだなんて……!!わ、私!どういう態度で……居たら良いの!?」

「シャルちゃん、落ち着いて。いつも通りで大丈夫よ」


 シャルリアは、本当はずっとリリーアンに話を聞いて欲しかったのだ。パニック状態のシャルリアは、もう半泣きだった。


「シャルちゃんは、デート自体が嫌なわけじゃないんでしょ?」

「あっ当たり前よ!アレクシスと、デート……できるなんて……っ。う、嬉しい……」

「シャルちゃん……」


 リリーアンがそっと手を握ると、シャルリアは目を伏せて本当の気持ちを白状した。

 

「それに、私……。できればもっと……アレクシスと恋仲になれたんだって、実感……したいんだもの……」

「それに関しては、アレクが暴走気味で、ごめんね」

「ううん。結婚できるのは嬉しいから……」

「……それにしても。あのシャルちゃんが、本命にはこんなに奥手だなんて……知らなかったわ。しかもその本命が、アレクだなんて……」


 実はかなり驚いていたリリーアンが言うと、シャルリアはぎゅっと目を瞑りながら謝った。

 

「ごめんね!リリーには一生懸命隠してたの……っ!」

「謝ることじゃないわ。今まで全然相談に乗らなくて、こっちこそごめんね?」

「いいのよ!その代わり、今!相談に乗って……!!」


 シャルリアはリリーアンに、わっと泣きついた。


「明日、一体何を着ていけば良いのか、全く分からないのよ……!!」


 まさに乙女の緊急事態である。今日もこの後、結婚関連の手続きがあるのだ。新しい服を買いに行く時間もない。


「シャルちゃんは可愛いデート服、いっぱい持ってるじゃないの」

「で、でも〜!せっかく、アレクシスとデートできるならっ、その。かっ、可愛いって……思ってもらいたいの……!アレクシスの好みって、どんなのかな……?やっぱり、ふわふわした女の子らしいのかな……!?でもでも、私パステル系は全く似合わないのよ……っ!!」

「シャルちゃんは髪の色が濃いから、原色の方が似合うよね。手持ちの服で、可愛い感じにするのはどう?」


 シャルリアの背中をさすりながら、おっとりとリリーアンが言う。二人は手持ちの服をあれこれ組み合わせながら、ううんと唸り続けた。


 

 ♦︎♢♦︎

 

 

「すごく可愛いわ!シャルちゃんはお団子にしても似合うね!」


 翌日、シャルリアは公爵家のメイドたちの手を借りながら飾り付けられていた。髪は前髪ごと編み込んでまとめ、下の方でゆるいお団子にしている。これだけでも、いつもとかなり雰囲気が変わるので、デートっぽいだろう。


「服、変じゃない!?気合い入りすぎて、浮いてない……!?」

「すごく可愛いよ?自信持って!」


 マイペースなリリーアンににっこり微笑まれると、何だか安心してくる。持つべきものは友達だ。

 

 シャルリアは清楚な白のフリルブラウスに、膝丈より下の真っ赤なスカートを履いていた。それに合わせた茶色の小ぶりな鞄を斜めにかけ、焦茶色のロングブーツを履いている。

 服装に合わせた可愛い系のメイクを施してもらって、あれこれと話しているうちに、アレクシスがやって来た。


「シャルリア、姉さん。入っていい?」

「う、うんっ……!」


 心臓がバクバクと暴れ回っている。アレクシスの反応が怖い。音もなく入って来た彼は、シャルリアの姿を認めた後、一瞬全ての動きを一度停止させてから――――とても嬉しそうに笑った。


「シャルリア、俺のためにお洒落してくれたの?すごく可愛い……」


 シャルリアはそんなアレクシスの姿を見て、昇天しかけていた。なんと彼は今日、騎士服を身に纏っていたのだ。シャルリアが見るのは初めてだ。濃紺の禁欲的な詰襟が、彼の雰囲気にあまりにも似合い過ぎている。


「俺は帯剣できる方が安心だと思って、騎士服で来てしまった。着替えて来ようか?」

「い、良いの!!そ、そのままで……!どうかそのままでいて……!!」


 アレクシスの後ろから付いて来たリーナベルは、この様子を見てリリーアンに言った。


「なんだか、若い頃にジルを相手にしていた私自身を、思い出しちゃうわ……」

「お母様、毎回こんなに取り乱してたの?」

「それはもう、シャルちゃんみたいな感じで。ジルが、あんまり格好良過ぎてね……」


 今も思い出して、ぽっと顔を赤らめるリーナベルである。

 心配そうなリリーアンとリーナベルに見守られ、二人は出発したのだった。



 ♦︎♢♦︎



 アレクシスは自然な動作でシャルリアをエスコートしてくれたので、二人は腕を組んで街を歩くことになった。最初はカクカク動いていたシャルリアも段々慣れて来て、アレクシスの体温をうっとりと感じながら散歩を楽しんだ。

 

 王都の大通りにあるお店を、アレクシスは予約してくれていたようだ。「ここだよ」と言ってすっと中に入る彼についていくと、優雅でゆったりとしたカフェ空間が広がっていた。


「わ、ここ、可愛いね……!」

「俺は全然店とか分からないから、騎士仲間に教えてもらったんだ。シャルリアはここ、初めて?」

「うん。こんな良いお店、入ったことない……」

 

 薄茶と白のストライプの壁に、落ち着いた間接照明。アンティークのテーブルに、ローズピンクの可愛いソファが沢山並んでいる。

 二人は奥の個室に案内された。シャルリアは物珍しくてキョロキョロしてしまうが、アレクシスは終始落ち着いて誘導してくれる。いつも思うが、三歳も下なのに、どうしてこんなに落ち着いているんだろう。

 

「ここは、デザートのフォンダンショコラが美味しいんだって」

「わ。チョコ、大好き……!」

「うん。そう思って」


 小さく笑う彼は、抜群に格好良い。


 ――私の好きなもの、覚えててくれたんだ。言ったことはほとんどないのに……。


 シャルリアは幸福でくらくらしながらメニューを見て、結局アレクシスと同じものを頼んだ。少しでも二人で美味しさを共有できたら嬉しい。


「美味しい!このエッグベネディクト、味付けが絶妙……!」

「サラダも美味しいね」

「うん。何食べても美味しい〜!」


 シャルリアは食べることが好きなので、頬張りながらにこにこしてしまう。そんなシャルリアを、アレクシスは眩しそうに見つめていた。


「な、なあに?」

「可愛いなって」

「かっ…………」


 ボン、と顔から火が吹き出そうになってしまう。しかもアレクシスは、こんな言葉を続けた。


「提案があってさ。せっかく恋仲になったんだし、シャルリアのことを愛称で呼びたいんだ」

「ふえ……?」

「シャル、はもう皆が使ってるから……違うのが良い。例えば……リア、とかどう?」

「リア……」


 アレクシスが発した甘い響きに、ぽうっとなってしまう。彼に呼んでもらえるなら何だって良いが、特別な愛称だなんて、まるで恋人みたいではないか。いや、事実恋人なのだが……。

 シャルリアは気を取り直して言った。


「もちろん、良いよ?そう呼んでくれたら、嬉しいな。…………あ、あのね?」

「なあに、リア」

「…………っっ!!」


 彼のテノールが蜂蜜みたいな甘さを込めてそう呼んだので、シャルリアは真っ赤になって俯いてしまった。


「あの……っ!それなら、私も、特別な名前で呼びたいな、って……」

「好きに呼んでいいよ?」

「じゃあ、シス……とか、どう?」

「……うん、良いな、これ」


 アレクシスはここに来て初めて、その白磁の目元を赤く染めた。シャルリアは嬉しくなって、真っ赤な頬のまま首を傾げ、彼の名を呼んでみる。


「シス……?照れてるの?」

「リアが可愛すぎるから悪い」

「そっ……んなこと、ない、もん」


 この激甘空間にどうしても入り込めなかった店員が、デザートのフォンダンショコラを上手く持ち込めず……作り直したというのは、二人が全く知らない事実である。


 そうして、遅れてやってきたフォンダンショコラは絶品だった。バニラアイスと熱々のチョコのシンフォニーは、とろけるほどの美味しさだったのだ。終始にこにこ顔で綺麗に平らげるシャルリアを、アレクシスは嬉しそうにじっと見つめていた。

 食べ終わると、彼は言った。

 

「この後なんだけど、宝石店に予約を入れてあるんだ」

「宝石?私、高価なものは要らないよ……?」

「婚約の記念に、お互いの目の色のピアスを買うのはどうかなって。ほら、うちの両親がいつも付けているでしょ。あれ、実は憧れてたんだ」

「……っ!」


 シャルリアは衝撃で言葉を失った。

 おしどり夫婦、ジルベルト夫妻のお揃いのピアスは、社交界では有名である。

 男遊びに夢中だったようでいて、本当は夢見がちな乙女であるシャルリアも、もちろん憧れていた。しかもアレクシスとそれをできるなんて、夢みたいな話だ。


「私とお揃いで良いなら、付けたい……っ!」

「良いに決まってるよ」

「それなら、私、あの。その……。やりたいことが、あって……」

「何?」


 首を傾げるアレクシスに、しどろもどろになりながら説明する。


「あのね……っ、リリーとエインスが、お揃いのピアスを付けて、魔道具にしてるの……知ってる?」

「ああ、お互いの位置を知らせるっていう……?」

「そう。GPSって言うらしいんだけど。緊急信号と、会いたいっていうメッセージを……それぞれ、送れるようにしているんだって。わ、私が魔術陣を掘っても良いなら、そういう魔道具にしても、良いかな……?あっ、重かったら全然良いんだけど!!ごめんねこんなこと言って!!」

「絶対やろう」

「ほ、ほんと……!?」

「うん。この一週間、夜とか……リアに会いたくなることがたくさんあったけど、疲れてるだろうと思って遠慮してたんだ。……寂しかった」

「わ、私も……!私も、会いたかった。さ、寂しかったよ……」


 アレクシスもそんなことを思ってくれていたなんて、死にそうなほど嬉しい。シャルリアが喜びでいっぱいになりながらもじもじと答えると、彼は微笑んだ。

 

「そっか……。ごめんね」

「ううん。忙しかったし……」

「気軽に会いたいって送れるなら、是非そうしようよ。折角、お互い闇魔術に適性があって、転移を使えるんだしさ」

「うん……!」


 こうして……かつてのリーナベルの、最も危険な発明品、GPSピアスは、世代を超えて愛用されていくのだった……。



 ♦︎♢♦︎



 宝石店でお互いの目の色の石を選ぶのは、とても楽しい作業だった。

 

 シャルリアが選んだのは、濃くて深みのある青……少し暗い空の色に似た青の、ブルートパーズだ。落ち着いて上質な感じが、アレクシスの目にぴったりだった。

 アレクシスが選んだのは、黄色い宝石であるシトリンだった。宝石店に数多くあったシトリンの中でも特に明るく、不思議と発光しているような石を選んだ。石に含まれる微量の魔力がそうさせているらしい。

 

 選んだ石はピアスに加工してもらい、後日受け取る。シャルリアは魔道具にする作業を頑張ろうと気合を入れた。

 それから二人は街をのんびりと探索して、少し小物を買い足したりしながら過ごした。


「はい、アイスカフェオレ」

「ありがとう!」


 今は公園で休憩しているところだ。露店でアレクシスが飲み物を買って来てくれた。

 夕焼けに染まった空が綺麗で見惚れるが、同時に今日が終わってしまうという寂しさで、きゅっと胸が締め付けられる。


「リア」

「ん?………………っ」


 今日ですっかり呼ばれ慣れた愛称に振り向くと、ちゅっと小さく口付けられた。久しぶりの口づけだ。しかも夕暮れの公園でなんて、とてもロマンチックだった。


「真っ赤」

「だって……っ」

「初めてキスした時、俺はちょっと気が立ってたから。今日のこのキスが、思い出になると良いな」

「…………うん。思い出に、なったよ」


 アレクシスは、もう一度ゆっくりとシャルリアにキスをした。うっとりと目を瞑ってそれを受け入れる。

 シャルリアはもう、泣き出したいような気持ちだった。叶うならもっと、もっとこの人にくっ付いていたい……。そう願った時、アレクシスが切実な声を出した。


「今日なんだけど……うちに、泊まって行かない?」

「えっ…………良いの!?」

「うん。リアさえ良ければ」

「いっ、良いに決まってるわ。私はもっと……その、シスと、一緒に居たいって、思ってたから……」


 願ってもない話だ。アレクシスはほっとしたようで、言葉を続けた。


「実はフェルナン様には、外泊許可をもらってる。これからも念和を飛ばせば、うちに泊まる分には構わないって」

「お、お父様……」


 娘自身より、娘の婚約者を信頼している男フェルナンである。でもまあ、それだけ父親もこの婚約を喜んでくれているということなのだろう。


「じゃあ、あの。よ、よろしくお願いします……っ」

「うん」


 ――お泊まりになっちゃった……!!!


 シャルリアはぽぽぽっと赤くなった。そして頭の中ではぐるぐると、今日の下着を一生懸命思い出していた。デートだから、多分……一応、可愛いのを付けて来たはずだ。大丈夫だ。シャルリアはまたしてもキャパオーバーになっていた。

 

 二人はお互いの手をぎゅっと手を握りながら、美しい夕焼けをしばらく見ていたのだった。

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