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シャルリアの本当の気持ち

子ども世代の話です。

 いつだって、奥底にある本当の気持ちには蓋をしていた。

 彼には、自分は到底釣り合わないから。

 だから早く、彼の代わりを見つけたかったけれど、それは難しかった。



 ♦︎♢♦︎

 

 

「アレクシス、またここで特訓してるのね」


 真夜中、シャルリアはいつものように家を抜け出して、秘密の場所に来ていた。藍色の髪は闇に溶けこむが、猫のような金の目はキラリと光っている。

 こんな外出、父フェルナンにもしもバレてしまったら、青筋を浮かべて怒られるに違いない。まあシャルリアは大抵、フェルナンを怒らせるようなことばかりしているのだが。

 

 先にその場に居たアレクシスは、ちらりとシャルリアの方を見て、剣を素振りする腕を止めもせずに話し始めた。


「シャルリア。こんな真夜中の外出は、危ないよ」

「大丈夫よ、転移で来てるし。第一、私に魔術で敵う男なんてそうそう居ないんだから」

「でも、君は女の子だ。帰りは送ってく」


 ジルベルトの長男、アレクシスは生真面目な努力家だ。剣を振るたび、彼のぬばたまの黒髪が舞い、汗がきらりと光った。最近男の子と遊んでばかりいるシャルリアとは、全然違う。


「アレクシスは、偉いね」

「努力は恥ずかしくないって、教えてくれたからだ」

「……?」

「君が言ったんだよ、シャルリア」


 三つ下のアレクシスは、もう十一歳になる。彼は美しい青い瞳で、痛いくらい真っ直ぐにシャルリアを見て言った。


「俺は、シャルリアが好きだ」

「……!?」


 シャルリアは内心、彼女にしては大変珍しく動揺した。だが、表情には何とか出さなかった。

 彼女はふふんと手で髪を揺らして、偉そうに言ってみせた。


「……アレクシスの初恋も、奪っちゃったの?私ったら、本当に罪な女ね」


 そのまま下を向き、後ろに一歩、二歩と下がった後、踵を返す。アレクシスの声が追ってきた。


「帰りは送ってくって……」

「要らないわ!」


 シャルリアは得意の闇魔術を使い、あっという間に自分の部屋まで転移した。

 


 ――………………びっっっくりしたぁ…………。


 

 その場にずるずるとへたり込む。心臓がドクドクと煩いくらい音を立てていて、顔から火が出そうなほど激しく熱い。多分耳まで真っ赤になっている。


 シャルリアはずっと、アレクシスが好きだった。

 他の男の子……マークやオスカーやディーンやテオ、それにクリスなんかが束になったって、アレクシスには敵わない。


「私の気持ちが、バレたのかしら……?いや、あの様子じゃ、バレてはいないわよね……」


 だって、シャルリアはアレクシスを好きでいちゃ駄目なのだ。

 

 いくら幼馴染とはいえ、シャルリアの家は子爵だ。公爵嫡男のアレクシスとは、身分に天と地ほどの差がある。

 それに、年の差もある。貴族の結婚は年が離れていることも多いが、この国で女が年上なことは稀だった。三つも年上の女なんて醜聞だ。

 第一、色々な男性と浮名を流しているシャルリアなんて、真面目で誠実なアレクシスに釣り合うはずもない。


「アレクシスが、私を好き……?絶対に、気の迷いだわ…………」


 膝を立てて座り、そこに顔を埋めた。

 

 努力は恥ずかしくないと、お姉さんぶって教えたことは、確かにある。事実、その通りだと思ってもいる。

 アレクシスがこつこつ堅実に努力する姿に、シャルリアはいつだって励まされて、勇気をもらっていたから。

 シャルリアには、父親やリリーアンのような派手な才能はなかった。だから魔術はいつも秘密の場所で特訓して、努力で上達してきた。その場所でいつしか、アレクシスも秘密の特訓をするようになったのである。


 ――早く、アレクシスより好きになれる人を見つけなくちゃ。


 シャルリアは、酷い焦燥感に駆られた。



 この日を境に、シャルリアは更に男遊びへのめり込んでいった。

 体を許すことだって、少なくなかった。

 結局、婚約もせず遊んでいるような男は独りよがりで、感じるのは大抵痛みや苦しみばかりだった。気持ち良かったことなんて、ほとんどない。

 ただ、そういう行為に耽っていれば、ひと時だけ辛いことを忘れられる気がしたのだ。

 

 だけど。

 それでもやっぱり、駄目だった。

 シャルリアはずっと、アレクシスだけが好きだった。



 ♦︎♢♦︎



「アレクシス。成人おめでとう」


 今日アレクシスは15歳になった。この国における成人である。

 シャルリアは婚約者も決めずに、ずっとフラフラ遊び続け、もう18歳になった。父フェルナンは、最近彼女を諌めることも諦めたようだ。

 藍色の美しい髪は伸びて、彼女は可愛い少女から、妖艶さを帯びた容姿に成長しつつあった。

 もう来月には、魔術学園を卒業する。アレクシスとはちょうど入れ違いだ。


 いつもの秘密の特訓場所で、アレクシスは瞑想をしていたようだった。

 剣を地面に立てて、その上に両手を置いて居たが、美しい所作でそれを鞘に収める。そして、いつものようにシャルリアを真っ直ぐに見つめた。


「シャルリア。ありがとう」

「ん。アレクシス、お見合いの話が沢山来てるって聞いたわ。そろそろ、婚約者を決めるんでしょ?」

「早く決めたい、という気持ちはあるよ」


 シャルリアは自分で質問しておいて、アレクシスの返事にひっそり傷ついていた。

 早く決めたいんだ、そうなんだ、と思った。


 ――誠実で立派なアレクシスは、もうすぐ私以外の相応しい人と、婚約するんだ……。

 

 アレクシスの婚約が決まったら、きっと一週間は泣き明かすに違いない。それほどシャルリアは、彼のことを諦められないのだ。


「そ、そうなんだ……」

「うん」


 声は、震えていないだろうか。大丈夫だろうか。

 シャルリアが内心怯えていると、アレクシスはとても美しい――――完璧な微笑みを浮かべて、言った。


「それで?」

「……うん?」


 ……『それで?』

 何だろう。全く話が読めない。

 しかし、その次にアレクシスが放った言葉で、シャルリアの世界はひっくり返った。


「シャルリアはいつになったら、俺だけを好きになってくれるの?」

「………………え………………!?」


 何だろう。

 アレクシスは今、何と言ったのだろう?

 シャルリアが一つも飲み込めないうちに、話はどんどん進んでいく。


「知ってるよ。シャルリアが、俺のこと好きだって」


 一歩、距離が詰められた。

 

「俺の気持ちは、変わらないよ。ずっとシャルリアだけが好きだ」


 二歩。

 

「君に釣り合う男になるように、ずっと努力を重ねてきた。もう騎士になった。成人だってした」


 三歩。

 アレクシスは目の前までシャルリアに近づいて、その青い目で顔を覗き込んで来た。

 

「あとは、何が足りない?」


 そうして囁いた。


「他の、どの男よりも……気持ちのいいことをしたら良いの?」

「ひゃっ……!?」


 シャルリアは縮こまり、林檎よりも真っ赤になっていた。先ほどまで年上ぶって偉そうにしていたのに、これでは微塵も意味がない。でも、情報に全く頭が追いつかないのだ。

 

「…………そ、そんなの聞いてない…………!わ、わ、わ、私のことが、まだ好きだなんて…………!!」

「俺は、ちゃんと言ったよ。態度でも、十分に示してきたつもりだったけど?」


 アレクシスは、すんとした真顔だった。両親に似た彼はとてつもない美形なので、大変迫力がある。身長だっていつの間にか追い越されて、もう15cmくらい差があるのだ。

 

「わ、わ、わ、私……!私じゃ、アレクシスに釣り合わないから……!諦めなきゃ、いけないのよ……!」


 パニックになったシャルリアが思わず白状すると、アレクシスはゆっくり首を傾げた、美しい黒髪がサラリと流れる。

 

「釣り合わない?何が?」

「しゃ、爵位とか……」

「そんなこと?」

「そ、そんなことなんかじゃないわ!ね、年齢だって……!!」

「たった三つじゃないか」

「で、でも、女性が年上なのはちょっと……!そ、それに。私、私……ほら、遊んできたし!!世間的な悪評が……っ」

「俺がシャルリアを好きな気持ちと、世間の評判に、何か関係があるの?」


 アレクシスの声は冷静で、淡々としていた。シャルリアはとうとう何も言い返せなくなる。

 

「……っ」

「俺はね、シャルリア」


 アレクシスの大きな手が、シャルリアの頬をすっと撫でた。触れられた箇所があまりに熱くて、電流のようなものが走った。ずっと鍛錬を重ねてきた、剣だこのある手。シャルリアが大好きで憧れてきた、アレクシスの手だ。

 

「俺は、君だけが好きだよ。だから、シャルリアも俺だけを好きになって」


 シャルリアは半ば夢見ているような心地で、口を開けたままコクコクと頷いた。美しく成長したアレクシスに迫られては、ひとたまりもなかったのだ。

 それを確認したアレクシスは優しく、小さく笑って耳元に囁いてきた。

 

「よかった。じゃあ、俺の部屋に行こうか?」

「え……?」


 まるで意味がわからず、純朴な少女のようにこてんと首を傾げてしまう。アレクシスはその様子に少し苦笑してから、一気にその青い瞳に情欲を(たぎ)らせて言った。

 

「他の男たちが触った何倍も、君に触る。俺だけが知らない部分があるなんて、許せない。だから、今から君を抱くから。俺の部屋に来てって、そう言ってるんだよ。分からないの?」


 アレクシスは、静かに、静かに――――それはもう、とても怒っていたのである。



 ♦︎♢♦︎



 シャルリアは、たっぷり時間をかけてアレクシスに愛された。心が無防備になってしまったシャルリアは、ずっとアレクシスのことだけが好きだったことも白状してしまった。


 アレクシスは、とても丁寧にシャルリアの体を清めてくれた。シャルリアは衝撃の連続でくったりしてしまい、もう一歩も動けそうにない。アレクシスの前では、いつだって頼りになる年上で居たかったのに。今日で、全てが覆されてしまった。


 彼にぎゅっと抱き寄せられて、余りあるほどの幸せに浸る。だが、その幸せの大きさに怖気付いたシャルリアは言った。


「アレクシス……。ほ、本当に、私で良いの……?」


 アレクシスは、まるで聞き分けのない子どもに言い聞かせるような口調で繰り返した。


「何度も言うけど……俺、シャルリアしか好きじゃないから」

「で、でも、私……!ほんとに、お前が言うなって感じだけど、その……他の女の子に、嫉妬とかしちゃうと思う……!」

 

 この言葉に驚いたらしいアレクシスは、目を少し見開いている。シャルリアは勢いよく白状を続けた。

 

「あの、あの……!ア、アレクシスが、いつも沢山の女の子に囲まれてるの……すごく、嫌だったんだもん……!!」


 さすがに呆れられると思ったのだが、アレクシスは幸福を煮詰めたみたいな顔で笑い、言った。

 

「なんだ。嫉妬してたのは、俺だけじゃなかったんだね」

「……!」


 シャルリアは何も言えず、ただただ真っ赤になってしまった。どう足掻いたって、やっぱりこの人のことが大好きだった。

 アレクシスは、ことも無げに続けた。

 

「大丈夫。婚約したら、シャルリア以外と踊らないから。必要以上、喋らないし」

「ええ!?仮にも公爵家の跡取りなのに、そんなの無理よ……!」

「俺の父様もそうだから、問題ないよ」

「ジ、ジルベルト様……っ、あの人は、確かに……、そうだけど……?」

「それに、もう早く結婚しようよ。できたら今年度中。遅くても来年の頭の予定でどう?」


 けろりと言われてびっくりする。生真面目なアレクシスから出るとは到底思えない言葉だ。だが、彼は冗談を言うような性格ではない。間違いなく本気だった。

 

「そんな!アレクシスは、来月から学生なのに……!」

「俺は入団試験に合格して騎士になったから、もう自分の稼ぎもある。成人したし、何の問題もない。結婚してしまったら、シャルリアは安心するんじゃない?」

「………………する、けど」

「じゃあ、急ぎで進めよう」


 軽い口調でそう言ったアレクシスは、やはり本気だった。ここから二人の結婚は、最短最速のルートで結ばれたのだ。

 どのくらい早かったのかと言うと、五歳で婚約の決まっていた姉、リリーアンより早く結婚したくらいである。

 

 ちなみに、この婚約に一番驚いたのは、シャルリアの父であるフェルナンだった。

 長年、娘に大変手を焼き、彼女が男と遊びまわるたびにキレ散らかしていたフェルナン。彼はアレクシスに感謝しすぎて、土下座をする勢いだった。ジルベルトの息子で、超がつくほど真面目なアレクシスが貰ってくれるというなら、言うこと無しだったのである。フェルナンは喜び、涙ながらに、「シャルリアのことを、どうか頼む……!」と言ったのだった。

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