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リリーアンの初恋

子ども世代の話です。

 ジルベルトとリーナベルの娘、リリーアンは十四歳になった。サラサラとしたプラチナブロンドに、琥珀色の瞳をした彼女は、若い頃の母そっくりだと言われる。

 リリーアンの向かいには、同い年で親友のシャルリアがいた。フェルナンの長女である彼女は、さっきから恋の悩みをずっと喋っている。


「それでね、マークとオスカー、どっちも素敵なのよ……!私、選べないの。どうしたら良いのかしら……」

「ううーん……」


 答えに詰まってしまう。

 シャルリアは十四歳にして、既に恋多き女なのだ。藍色の髪に金の目をした、とびきり可愛いシャルリアに、初恋を奪われた男子の数は知れない。とりあえず、リリーアンが話を聞くたびに好きな人の名前が変わっている気がする。


「ううーん、って。リリーは、まだ恋愛に興味ないの?」

「よく、分からなくて……」

「そろそろ考えた方が良いわよ。エインスが、ちょっと可哀想だわ」


 痛いところをつかれて、うっとなる。エインスは二つ年上で、リリーアンの婚約者だ。

 親同士の仲が良いので、物心つく前からずっとエインスが隣にいた。他の男の子に興味を持ったこともない。

 ただ、エインスに抱く気持ちが恋なのかと聞かれると――――正直なところ、よく分からなかった。そのせいで、エインスが時々とても悲しそうにしているのを、知っているのに。


「リリーは天然で、ちょっと鈍いもんね〜」

「そうなのかな……。でも、エインスと居ると、すごく安心するのよ?」

「恋は、安心とはほど遠いものよ。ドキドキしたりはしないの?」

「ドキドキ?は、しないかなぁ……」


 リリーアンのはっきりしない答えに、シャルリアは呆れ顔でため息を吐いた。



 ♦︎♢♦︎



 ――恋って、一体何?


 リリーアンとしても、この問題については大いに頭を悩ませていた。魔術陣の問題なら、考えなくても感覚でするすると最適解を導けるのに。これは大変な難問である。


 そもそも最近エインスは、父である国王について外交をしたりと忙しく、ほとんど会えていないのだ。優秀な彼は立派な国王になるために、どんどん先へ進んでいる。リリーアンは彼に置いていかれてしまうような気がして、寂しかった。

 


「舞踏会についてきたい?」


 リリーアンが申し出ると、母リーナベルは目を丸くした。三児の母と思えないほど若々しく美しい母は、首を傾げている。


「社交の練習がしたいの?それなら、エインスにエスコートしてもらう?」

「エ、エインスには内緒で行きたいの!」


 リリーアンは慌てて言った。今回の目的は、客観的にエインスを見ることなのである。自分と一緒に居ない彼がどういう感じなのか、興味があった。難問を解く手掛かりになるかも知れないと思ったのだ。

 父のジルベルトは何かを汲み取ったようで、助け舟を出してくれた。


「リリー。非公式でそっと連れていくことならできるよ」

「それで良いわ。お父様、ありがとう!」

「リリーが何を確かめたいのか、何となく分かるから」


 これを聞いた下の弟、ベルンハルトは思い切り駄々を捏ねた。


「僕も!僕も、父様と母様についていく〜!!」


 ベルンハルトとは大分年が離れていて、まだ七歳なのである。彼はプラチナブロンドを振り乱して、地べたにびたんと這いつくばった。リーナベルは困った声を出す。


「ベルン、さすがに貴方を連れていくことはできないわ」

「やだぁ〜!!」


 この様子を見て、上の弟であるアレクシスが声を掛けた。


「ベルン、兄さんが稽古つけてあげるよ。だから、留守番してよう?」

「兄さんが!?やったぁ!!」


 十二歳のアレクシスは父ジルベルトに似ていて、生真面目できっちりしている。日々真面目に地味な稽古を重ねるアレクシスが、弟に付き合うというのは珍しいことだった。


「アレク、ありがとう」

「良いんだ。姉さんもこの機会に、よく考えたら良いよ」

「うん……」


 なんだかアレクシスにもお見通しなようで、少し赤くなってしまう。

 そんな過程を経て、リリーアンは明日の舞踏会に飛び入り参加することになったのだ。



 ♦︎♢♦︎



 ――わあ、綺麗な人がいっぱい……。


 リリーアンは初めて見る社交場で、口を開けてぽかんとしていた。貴族子女どうしのお茶会くらいなら参加したことがあるものの、リリーアンはデビュタント前なのである。

 精一杯大人っぽく飾り付けてもらったつもりだったが、大人達の煌びやかさには到底及ばない。そこはまるで別世界だった。


 公爵家であるオルレアン家が入場したあと、王族の入場が行われた。背の高い父、ジルベルトの影にサッと隠れる。


 国王クラウスと王妃ミレーヌのすぐ後ろで、しゃんと背を伸ばしてその人は立っていた。


 ――なんか、エインスが知らない人みたい……。


 エインスを見たリリーアンは、少なからずショックを受けた。いつも見る温かな彼と違って、とても怜悧な印象がある。真っ直ぐなダークブロンドの下の紫の瞳は、そっと伏せられていた。


 しかも、だ。全員の入場が終わって音楽が流れ始めると、エインスはあっという間に、色とりどりの女の子達に囲まれてしまった。

 全くそつのない微笑で対応している彼は、やっぱりリリーアンの知らない人みたいだ。

 リーナベルがリリーアンに声を掛けた。


「リリー、大丈夫?」

「……なの」

「ん?」

「エインスは……いつも、あんな風なの」

「そうねえ。エインスは王太子だから。皆に冷たくするわけにいかないからね」

「あっ……」


 一人、随分と押しの強い女の子が居て、エインスは彼女の手を取ってダンスフロアに出た。金の髪に翠の目を持つ相手の女の子は、すごく大人っぽかった。胸だとかのスタイルも、ぺたんこのリリーアンと全然違う。正直、自分なんかよりもずっと、エインスとお似合いだと思った。


「リリー。彼女はメレンドルフ公爵家の長女で、エインスもダンスを断ることができないんだよ」


 父が横から補足してくるが、リリーアンの耳には入らない。


 ――あんな顔で笑うエインス、私、知らない。


 エインスはまるで御伽話に出てくる王子様みたいな、完全無欠の微笑みを讃えていた。いつもリリーアンに見せる、くしゃっとした笑顔じゃない。


 ――どうして?私が、子どもだから?


 嫌だ、とリリーアンは衝動的に思った。


 ――嫌だ。私の全然知らない顔を、他の子に見せないで。そんな風に、他の子に触らないで。


 女の子のか細い腰に、エインスの手が回されているのが目に入る。耐えられなかった。


 ――嫌だよ、エインス。嫌……!!


 リリーアンは衝動のままに、その場を逃げ出した。エインスの声が聞こえた気がしたが、無視してがむしゃらに走った。



 ♦︎♢♦︎


 

 王宮の中庭で(うずくま)って、リリーアンは泣いていた。

 自分のやっていることが子どもじみていて、全然大人らしくないということも、嫌というほど分かっている。それが余計に惨めだった。


「リリー」


 エインスの声がした。リリーアンが聞き間違えるはずもない。彼はしゃがんで、そっとリリーアンの背中に手を置いた。


「今日来るって、教えてくれれば良かったのに。どうして、泣いているの?」

「エインスは……あの子が好きなの?」

「え……?」


 リリーアンは涙でぐしゃぐしゃの顔を上げて、戸惑うエインスをきっと睨みつけた。


「わ、私、やだった……!私の知らない顔で笑うエインス、やだった!!」


 エインスは信じられないといった顔で目を見開いて、何度か頭を横に振ってから、震える声を出した。

 

「リリー……もしかして……嫉妬、してるの?」

「嫉妬……?これが、嫉妬なの……?わ、分からないよ……!」


 リリーアンは駄々をこねる子供みたいに叫んだ。これでは昨日のベルンハルトと同レベルではないか。

 エインスは首を傾げて、確認するように言った。


「僕が、他の女の子といるのが……嫌だったんでしょう?」

「や、やだった。私の知らない顔してるのも、触ってるのも……やだった……」


 リリーアンはしゃくり上げながらぎゅっと目を瞑って、考えた。やっと難問の答えが出た気がする。


「私……私、嫉妬したんだ……。やっと、わかった……。私、エインスのことが、こんなに好きなんだ……」


 そう言った途端、エインスの目が大きく揺れた。ぱちりと瞬いた次の瞬間、彼の美しい瞳から一筋の涙がこぼれ落ちた。

 リリーアンは仰天した。エインスが泣くところを見るのなんて、十年ぶりくらいだ。


「エインス……?」 

「僕は……僕は。君のことをずっと、一方的に縛っているのかと……。もう手を離さなきゃいけないのかと、ずっと悩んでたんだ…………」

「え……!?」


 そんなのは初耳だ。リリーアンが縋り付くと、エインスは困ったようにくしゃりと笑った。

 

「小さい頃から、僕はずっと、君だけが好きだった。いつからかなんて、覚えてない。他の女の子なんて、目に入ったこともない」

「そ、そっか……」


 初めて聞く直接的な愛の言葉に、リリーアンはぽぽっと頬を赤らめた。ものすごく嬉しい。

 

「それで、僕はまだ小さい君を相手に、婚約を取り付けた……。でも、君は……僕のことを、そういう目では見られないようだったから……。僕は、リリーが十五歳になったら……婚約を解消するつもりだった」

「そ、そんなの嫌……!私、エインスじゃなきゃ嫌!」

「うん、今日、君に初めて気持ちを返してもらえたんだ……本当に、嬉しい」


 泣き笑いするエインスの表情を見て、リリーアンはこの人が、世界じゅうの何よりも愛おしいと思った。

 こんな強い想いに、どうして今まで気づかなかったのかと思う。だけどきっと、彼を好きなのが当たり前すぎて、分からなかっただけなのだ。


 涙をポロポロと流しているエインスが、リリーアンの頬にそっと手を当てた。触れられた場所が熱くて、びりびりする。彼の顔がそっと近づいてきたので、リリーアンは静かに目を瞑った。

 唇に熱くて柔らかいものが当たって、静かに離れていく。目を開くと、潤んだアメジストの瞳が目の前にあった。

 

「エインス……わ、私、すごくドキドキしてる……」

「僕もだよ……リリー」

「なんか、ふわふわするの……。エインス、好き。大好き……」

「……僕も。リリーが、大好きだよ」


 両頬を温かな手で包まれて、こつんとおでこをくっつけられた。リリーアンはぽろぽろ溢れる涙を拭いもせずに言った。


「私、もっとエインスのことが知りたい。私の知らない顔があるのは嫌だよ……」

「君に見せてない顔より、君にしか見せてない顔の方がずっと多いよ?」

「それでも、知りたいの。今日、ずっと知らない顔してた……」

「リリーがそう言うなら、これからいくらでも見せるよ」

「うん……」


 もう一度、二度とゆっくり口付けられる。泣きながら目元を赤く染めたエインスは、やっぱり初めて見る顔をしていた。

 こうして二人は、ようやく相思相愛の婚約者となったのだ。

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