男子会
「クロエのわからずや!」
「それを言ったら、フェルだって……!この前だって、私の気持ち分かってくれませんでした!」
「へえ?そうやって、過去のこと蒸し返すんだ?」
「……!もうフェルなんて知りません!出てってください!!」
「言われなくても!」
ある日、クロエとフェルナンは些細なことから大喧嘩となった。
苛立ったフェルナンは、すぐに男性陣を招集した。この国の中枢を担う男性陣は、なんと二つ返事で集まってきた。……この国は大丈夫だろうか?
会が始まってから、フェルナンはビールを飲み続けている。彼はお酒にあまり強く無い。しかし、今日は誰も止めなかった。
「喧嘩のきっかけは何だったんだ?」
「覚えてない。でも小さなことからお互いの不満が爆発していった感じ。はあ。喧嘩なんてしたくないのに……」
ランスロットに問われ、フェルナンはぐちぐちと言ってから大きなため息を吐いた。端っこでウイスキーのロックをゆっくりと飲んでいるジルベルトに尋ねる。
「ジルのとこは良いよな。喧嘩とかなさそうで」
「いや……俺がリーナに怒ることは、まずないけど。その逆は、結構ある」
「そうなんだ?」
意外な話にフェルナンは目を丸くした。年中、いちゃいちゃラブラブしている夫婦だと思っていたのに。
「俺は鈍いから、リーナの不満や不安にすぐに気づいてあげられないことがある……そういうのは、結構辛い」
「ジルベルトはさ、馬鹿みたいにモテるのに、全く自覚がないから。リーナはしょっ中、ヤキモチ妬いてるんだよ」
横からランスロットが補足した。なるほどとフェルナンは頷く。
「確かに……ジル、女性のあしらい方が、ものすごく下手くそだもんな」
「リーナ以外から好かれても、何とも思わないし……良く分からない……」
ジルベルトはほとんど無表情ながら、少し困った顔をしている。要するに、女心に大変疎いのだ。リーナベルもなかなか苦労しているらしい。自覚がないのが困りどころだ。
「ジルは元々そうだもんな……。で、ランスロットのとこは?想像つかないけど、喧嘩とかするの?」
フェルナンはランスロットに尋ねた。彼は東の国の、焼酎というお酒を好んで飲んでいる。繊細で美しい外見に反して、かなり豪快な飲みっぷりだ。ザルなので顔色は全く変わらない。
「しない。さすがに、九歳も下だとなあ……相手に腹を立てたり、文句を言ったりする気も起きないって」
「そっか。そうだよな」
「俺はティナに……もっと甘えたり、我儘言ったりして欲しいんだけどな……。ティナは、年の割にえらく達観してるからな〜」
「まあ、そこはセレスティナ様だしなぁ。この国きっての才女だし」
「そ。だから、喧嘩らしい喧嘩はしたことないな。……同い年くらいで、お互い心からぶつかり合えるのは、少し羨ましいよ」
ランスロットは少しだけ寂しそうだ。全く衝突がないのも、それはそれで悩ましいものなのかもしれない。
フェルナンはちらりと、クラウスの方を見た。彼は美しいカクテルを飲みながら、非常に話しかけて欲しそうにウズウズとしていた。
「クラウスのとこの話は……聞かなくて良いや」
「どういうこと?聞いてよ、僕とミレーヌの話!」
クラウスは心外そうに言ったが、フェルナンは呆れた声を出した。
「いや、だってさぁ。僕のところなんか比にならないくらい、しょっ中派手な喧嘩してるじゃん……周囲もすぐ巻き込むしさ。あれは正直、勘弁して欲しい」
「本当にな」
「それは同意」
「いや、ミレーヌがすぐ怒るから悪いんだよ?僕はこんなにもミレーヌのことを愛してるのに、分かってくれないから……」
「いや、俺が見るに……クラウスが屁理屈を言ってごねていることも、結構多い」
ジルベルトが横から突っ込みを入れた。これにはフェルナンも同意だ。
クラウスは立派な国王として国を良く治めているが、夫として包容力があるかと言われると……正直、全く無いだろう。まあ逆に言えば、彼がミレーヌに支えられているからこそ、この国は安泰と言えるのだ。まさに国の命運を背負う女、ミレーヌなのである。
「クラウスは、ちょっとミレーヌに意地悪しすぎだよ。好きな子に意地悪したくなる気持ちは、僕は分からなくもない。だけど、もう子供もいるんだから、少しは控えなって」
「うう。あれは僕なりの愛情表現だし。それに、子供たちに構ってばかりで……ミレーヌが、僕を放置するのが悪いんだよ?」
「大の大人が、そんなこと言うなよ……」
「え?まさか子供にヤキモチ妬いてんの?」
フェルナンとランスロットはミレーヌに同情した。
話を聞いていたフェルナンは、何だか馬鹿馬鹿しくなってきた。ガタリと席を立ち上がる。
「俺、クロエに謝って来る。喧嘩したままだと、どうにも落ち着かないや」
「それが良い。また今度、ゆっくり飲もうな〜」
「今日のお代は僕が持つから、これで払っといて」
「ありがとさん!」
「ちょっと待て、フェルナン」
フェルナンを呼び止めたのは、ジルベルトだった。何だろうか。
「ここに良いものがある」
ジルベルトは懐に入っていた本を出した。そこに書かれていたタイトルは――――…………
♦︎♢♦︎
「クロエ、ごめんね。僕が大人げなかったよ」
「フェル。私も……本当にごめんなさい」
フェルナンが帰ると、二人はすぐに謝りあった。
衝突もしやすいが、冷静になるのも早い二人なのである。基本的に大人なのだ。
「クロエ、見てて?」
フェルナンは目の前に手をかざし、あっという間に金色の美しい魔術陣を描いた。空中の水分が集まり、パキキ……と氷結していく。そこに現れたのは、一輪の氷の薔薇だった。
「これ、仲直りの印に」
「わあっ、綺麗……!!」
温度が保温されているようで、クロエが持っても薔薇は溶けない。とても繊細な造りだ。
「三日くらいはもつらしいから」
「大事にします!すごい。これ、フェルが考えたの?」
「ううん。これ」
フェルナンが取り出した本のタイトルは――――『女性に贈りたい百の魔法』だった。
「ジルに借りた。僕、これ全部覚えるから。だから、百回喧嘩しても……もう大丈夫」
「ふふっ!そんなには、喧嘩したくないですね……」
クロエはひとしきり笑った後、目を細めて悲しそうに言った。
「フェル……私。この世界で、今まで……誰かに甘えたことって、あまりなかったから。今こうして、フェルに甘えてるんだと思う……」
「……!そっか……」
「甘え方が下手くそで、ごめんなさい。でも、フェルだから、甘えられるんです。私のこと、見捨てないでいてくれる……?」
「当たり前でしょ」
フェルナンはクロエをぎゅっと抱き締めた。
出会った時から考えるとフェルナンの背がぐっと伸びたので、クロエはかなり小柄に感じる。
彼女はこの小さな体で、ずっと一人ぼっちの気持ちを抱えて生きてきたのだ。
「喧嘩くらいしようよ。そしてすぐ謝って、こうして仲直りすれば良いからさ」
「うん……。そしたらまた、綺麗な魔法を見せてくれる?」
「勿論。約束するよ」
抱き締めあって微笑んでいると、小さなシャルリアの泣き声が聞こえた。話し声で目が覚めてしまったようだ。
「行こ。シャルにも、この薔薇見せてあげよう」
「はい!」
二人は手を繋いで、仲良く歩き出したのだった。
ちなみに、『女性に贈りたい百の魔法』は、男性陣の間で大変流行した。
まあ、主にクラウスが、ミレーヌの機嫌を取るために使うことになるのだが……それは言うまでもないことである。




