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ランスロットの結婚 1

番外編が溜まってきたのでこちらにも転載していきます。毎日18時更新です。

多分最初から、彼女は特別だった。

彼女の瞳を眩しいと感じた瞬間から。


歳の差と身分差がありすぎて、気付けなかった。

気付こうとしなかっただけかもしれない。

ランスロットは飄々とした振りをして、多分ずっと逃げていた。


転機は、17歳で密命を受けてクロエに籠絡される演技を始めた頃。

その頃のランスロットは頻繁に夜会に出入りし、怪しい貴族に取り入っていった。

人間の汚い部分ばかりが、目に入るようになった。懇意にしていた者が、家族以外はみんな簡単に離れていった。ランスロットは、人間に失望するようになっていた。


あのセレスティナも、さすがに自分に失望しただろうと思った。

しかし、彼女はランスロットの予想を超えていった。

まだ8歳なのに、真っ直ぐにランスロットを見つめて、「どうかお身体を大切に。信じています」と言ったのだ。その紫の瞳は泣き出しそうだったけれど、そこにあったのは失望ではなく心配の色だった。彼女は、ランスロットの嘘を見抜いていたのだ。


そして。

「大好きですーーーランスロット様」と、いつも通りの笑顔で、言った。


その瞬間にわかった。

セレスティナはランスロットにとって、たった一人の特別な女の子なのだと。


さらにそれ以降会いに来なくなったセレスティナは、ランスロットに手紙を書き続けた。

熱烈なラブレターに織り交ぜて、周囲に悟られないように、ランスロットの欲している情報を届けてきたのだ。


自分以外の女と婚約した後も、ランスロットを助けようと、必死になってくれた。


ランスロットはその頃になると、心身ともに相当に追い詰められていた。貴族の汚い部分に身を投じて、それに染まり切った演技を続けて、疲れ果てていたのだ。


セレスティナの手紙は、唯一の光だった。

その光があったから、ランスロットは自分を見失わないでいられた。

苦しい夜は、手紙を抱きしめて眠っていた。


たった一人の特別な女の子。

ランスロットは決めた。

彼女を諦めないと。

彼女を迎えに行くと。

そのために、自分は貴族でいると。


願いは叶った。

クーデターを阻止した褒賞としてセレスティナの降嫁を望み、それが認められたのだ。


二人はそうして、婚約者になった。



しかし。

婚約を結ぶにあたって、ランスロットはセレスティナと二つの約束をした。


一、成人するまで必要以上に触れ合わない。

二、他に好きな男ができたら言うこと。


セレスティナは怒ったが、ランスロットには譲らなかった。

それはセレスティナの自由を保証するためのものであったから。

彼女はまだ幼かった。今はランスロットしか見えていなくとも、そのうち彼女の世界は広がり、たくさんの男を知る。その時に、本物の恋を知ることもあるかもしれない。


必要以上に触れ合わないのは、必要な線引きだと思った。そうしなければランスロットは、きっと自分が止められなくなるとわかっていた。この特別な女の子を自分のものにしようと、強硬手段に出る自信があった。ランスロットは、自分自身を一番信用していなかったのである。

他に好きな男ができたと彼女が言った時には、どんな手段を使っても身を引いて、彼女を応援すると決めていた。


この二つの取り決めをしたために、ランスロットとセレスティナの関係は、それまでとほとんど変わらないままーーー7年近くの月日が、過ぎたのである。



♦︎♢♦︎




「ランスロット様ランスロット様!今日も世界一素敵です!!」

「はいはいティナ、わかったから。今日もお前が世界一好きなお菓子がいっぱいあるから、たくさん食べな」

「わぁっ!!美味しそう!!」


セレスティナはもうすぐ15歳になる。デビュタントを控えており、今はそのための準備中だった。

小動物のように、美味しそうにマカロンを頬張る姿を眺めながら、ランスロットはため息を堪えた。


栗色のふわふわした髪は艶めいて、キラキラ光っている。アメジストの瞳は相変わらず生き生きとして美しかったが、大人の女性らしい知性も宿していた。

かなり伸びた身長。すらりと伸びた、ほっそりした手足。汚れを知らない白磁の肌。

薔薇色の頬。丸かったそれはスッとシャープなラインを描くようになった。桜色の、うるんだ小さな唇は艶やかだ。


セレスティナは、この数年であまりにも美しく成長していた。


可愛い。

愛おしい。

抱き締めて、滅茶苦茶にしたい。

彼女は自分のものだと叫びたい。

他の男の目になんか、一切触れさせたくない。


ランスロットは、美しく花開いていくセレスティナを横で見ながら、親愛がどんどん激しい恋情に変わっていくのを自覚していた。それはあっという間のことだった。

彼は苦悩した。自分は本当は人一倍、束縛欲も独占欲も強かったのだと知って驚愕した。

セレスティナを必要以上に遠ざけている自覚はあったが、どうにもできなかった。愛しているからこそ、彼女を縛ることはできないと思っていた。

けれど、夢の中で、想像の中で。何度も何度も、セレスティナを汚した。

そんな自分にまた、失望していた。


だが、それももう、終わりだ。

彼女が15歳になって、かつての約束通り彼女とファーストダンスを踊ったら。

そうしたら、ランスロットは彼女に選択を迫ると決めていた。



♦︎♢♦︎



デビュタントの白いドレスに身を包んだセレスティナは、眩いほどの美しさであった。


シンプルで上質な絹のドレス。上半身は精緻な花の刺繍が施されており、可憐さを際立てていた。切り替えから下はストンとしたAライン。真珠が無数に縫い付けられ、キラキラと輝いている。

オフショルダーから覗く肩は華奢で白く、繊細だった。首元に輝くネックレスには、プラチナの台座に、深い青の大粒のサファイヤと、無数のダイヤモンドが輝いていた。ランスロットが隠し持つ独占欲を全て詰め込んだようなそれを、無邪気に喜んでいたのが少し申し訳なかった。

栗色の髪が結い上げられ、白薔薇とブルースターで飾られている。細い首のうなじに垂れた後毛が艶やかで、男の庇護欲を誘う。


「どうですか?……ランスロット様」


ランスロットは息を呑んだ。そして、自分が動き出すのを止められなかった。

スローモーションのように全てが過ぎる。セレスティナの美しい瞳が驚愕に見開かれるのをーーああ、何にも知らなくて可愛いなと、他人事のように思った。



「世界で、一番綺麗だーーーーティナ」



明らかに、熱のこもり過ぎた、情欲の滲む声。

セレスティナの、小ぶりで形のよい耳元に、口付けるようにしながら囁き入れた。

セレスティナは林檎のように真っ赤になって、固まっている。


少しフライングしてしまったが、これくらいなら、良いだろう。



ーーー可哀想な、セレスティナ。

つくづく、悪い男に捕まったな。

一度こちらに堕ちたら、きっともう二度と放してやれない。



ランスロットは、甘い甘い、蠱惑的な笑みで彼女を見つめていた。

ーーー今日の彼は、眼鏡をしていなかった。

こちらの連載が完結しました!ぜひ読んでご評価の★をぽちっとしてください!↓

★ 男装して婚約破棄目指したら、何故か王太子に溺愛された話

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新連載始めました。前載せていたもののリベンジです。完結まで頑張ります!

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