6-12 事件解決の報奨
さて。
今回のクーデター阻止が成功した暁には、望んだ褒賞が与えられることが確約されていた。書面に国王のサインまでもらった、正式な契約である。
クラウスの手紙を持って、ランスロットが交渉に当たったのだ。
その内容は、以下のとおりである。
クラウスの望みは、王家がミレーヌの冤罪を認めること。および、ミレーヌとの十八歳での結婚を王命とすること。
ジルベルトの望みは、リーナベルとの十八歳での結婚を王命とすること。および、今後のリーナベルの自由の保証。
フェルナンの望みは、洗脳されていたクロエを一切の罪に問わないこと。
ランスロットの望みは、第二王女セレスティナを降嫁させてもらうこと。
以上が全てだ。
中には大変渋られた条件もあったが、ランスロットがうまく交渉して、全て無理やり通したらしい。
つまり今回の件が片付いたことで、リーナベルとミレーヌは、十八歳でパートナーと結婚することが確約されたのだ。
それを確約してもらったのには大きな理由がある。
四次元魔術陣を公の中で使うと、リーナベルを王太子妃に据えようという動きが出る可能性があったのだ。また、二人の才は他国からも狙われる。しかし王命による結婚としてしまえば、覆すことはできない。ジルベルトとクラウスは、そのために大変気合を入れて頑張っていたのである。
全てのことが終わってみれば、この夜会でもたらされた成果はあまりにも大きく、国の命運を大きく左右するものであった。
そしてほぼ全ての貴族の目の前で、彼らの働きがまざまざと見せつけられたのである。褒賞としては、事前に約束したものだけでは足りないくらいであった。
そこで、クーデターを未然に防いだ彼らには、追加で褒賞が与えられることになった。
それもそのはずだ。
ジルベルトは他の被害者を一切出さず、クーデター軍のみを鎮圧した。
しかもフェルナンは、古の洗脳魔術の解呪を実現してみせた。
ランスロットはクーデター派の貴族を全て事前に割り出し、国内の混乱を未然に防いだ。
そしてそれらを指揮していたのは、王太子クラウスであった。
追加で与えられた褒章は次のようなものだ。
まずクラウスには、近衛に王太子直轄部隊が設立された。
また、今回の件でその優秀さが知れ渡ったため、求心力の低くなった現王から王位を継ぐのが早まると予想されている。
ジルベルトは、また昇進した。そして、近衛隊の王太子直轄部隊長を兼任することとなった。
隊員については、自分の部隊の部下をそのまま連れて行くようだ。彼が自ら叩き上げた部下達である。
フェルナンは、子爵位を賜ることになった。
三次元魔術陣を使用して洗脳を解呪し、国を混乱から救った褒賞としては適切なものだと言える。
彼には魔術師団から熱烈なスカウトが来たが、すげなく断ったらしい。彼は正式に、魔術研究所の研究員となったのだ。そこで研究所へ、国から研究費の援助がなされることになった。
彼の実家のルフェーブル家はクーデター推進派であったため、彼は完全に縁を切ったようだ。しばらくは、学園の寮に住むとのこと。それはクロエも同じである。
ランスロットは、その能力の高さが評価されて次期宰相の地位が確固たるものとなった。そのため、今後は宰相補佐の仕事を兼任することとなった。
また、直属の部下を数人付け、有事の際は自由に使って良いという破格の条件がついた。平時は多忙すぎる彼の補佐をしてもらうことになる。現在、自ら選定している最中である。
リーナベルは、だいぶ……アレな魔術陣の才能が世間にバレたが、本人は平穏に生きることを望んだ。
そしてやはり魔術師団ではなく、魔術研究所への所属を望んだ。国からの研究費援助はありがたいが、うっかり国に囲い込まれないように注意が必要だ。
ミレーヌは婚約破棄されておらず、次期王太子妃の立場に戻った。
冤罪の詫びとして国の援助を受け、創薬研究所を設立する予定だ。
また、冤罪で捕まっていた時に嫌がらせしてきた女官や侍女を一掃してやったと言っていた。
クロエは、知識を漏らしたことや洗脳中のことについて、一切を罪に問われなかった。また、ベルナール男爵とは縁を切った。
その代わりにクラウスのつてで、穏やかな子爵家の老夫婦の養子になることになった。フェルナンと婚約し、生活基盤が整い次第結婚するとのことだ。
このようにそれぞれの身に、一気に変化があった。
さらに、後処理やら何やらで日々はあっという間に過ぎて行った。
オーレリアは禁忌の洗脳魔術を習得していたため、即刻処刑になった。
彼女はアドリアンの愛人であったようだ。彼のために、洗脳魔術を習得したらしい。
そうは言っても、クロエの人生を狂わせたことは許されることではない。
そもそも王太子に毒を盛っていることなどもあり、どちらにしろ処刑になっていただろう。
アドリアンは余罪が多いようで、裁くのに時間がかかるとのこと。
ルシフェルは彼とかつて友人だったそうで、何度か面会に行っていた。
彼は麻薬に侵され、かなり思考能力が落ちていたようだ。
そしてもう一つ、特筆すべき大きな出来事があった。
今回の件で、フランツ王国は帝国と開戦するかと思われた。しかし、そうはならなかった。帝国が内紛に陥ったからである。
現在第一皇子派と第二皇子派が割れ、政権を争っている。一度内紛の軍が国境を超えてきたため、ジルベルトの先遣隊が叩きのめした。
クラウスはそれにかこつけて一部国土をぶん取り、不可侵の条約を結ばせようとしている。
また、サバイバル戦で捕らえた魔術師たちから、帝国の非人道的な研究内容が明らかになった。既に世界中で問題視されており、帝国の立場はどんどん弱まるだろうと見られている。
♦︎♢♦︎
あの夜会から一ヶ月半が経った。
色々あったため学園は休学していたが、もうすぐ揃って復帰する予定だ。
今日はやっと皆で揃って、打ち上げをしている。
シナリオ対策チームにクロエ、セレスティナを加えて、楽しく立食パーティーをしているのだ。
「クロエっ!今日も可愛い。改めて、元に戻ってくれて、本当に良かったわ!寂しかったわ……!」
「そんなっ…!私、リーナにあんなにひどいことをしたのに……。そんな風に言ってもらえて……うゔっ……」
「泣かないで、クロエ。あなたは嫌だって、沢山叫んでたんでしょう?辛かったよね。早く助けてあげられなくて、ごめんね……」
「リ、リーナ……」
クロエがリーナベルに抱きしめられて泣いている。
実は先日、あだ名で様なしで呼び合うことと決めたのだ。クロエがフェルナンを「フェル」と呼ぶようになっていたので、「何それ狡い!私も!!」となったのである。
ちなみに、クロエの敬語はもともとの癖だそうで、そこはフェルナン相手でも抜けていない。可愛いから何も問題はない。
「あの……リーナ、ミレーヌ。もう一度お礼を言わせてください。洗脳されている間も、私のこと信じてくれているって、伝わってきました。本当に、どれだけ嬉しかったか……ありがとうございます」
「クロエ……!!」
「あ、あの、それに……前世の話、もっとしたいです!バラ恋の話も……!!それに、私……二人のこと、憧れのお姉さんみたいに思っていて…!へ、変、でしょうか?」
「「大歓迎よ!!」」
二人はとても勢いよく答えた。
「前世、私たちの方が長く生きてるんだもの、お姉さんよね?クロエ、なんでも聞いて、甘えて良いのよ」
「私も私も!なんでも答えてあげるわっ!!」
「ふふ……!ありがとう、ございます!」
ふにゃっと笑うクロエが可愛すぎて、リーナベルとミレーヌがぎゅうぎゅうと抱きしめていると、さらにそこへ可愛い声を掛けるものがいた。
「三人の美しき友情……素敵だわ!あの……、わ、私もっ……憧れの、皆さまのこと……お姉さまと、お呼びしても良いですか?」
遠慮がちに聞いてきたのは、セレスティナだ。小動物のような紫のぱっちりした瞳が、不安そうにこちらを見ている。
これには全員、あっという間にメロメロになった。可愛い年下の女の子には、弱いものである。そして三人とも、小動物が大好きだった。
「「「もちろん!!!」」」
「嬉しいわ!それじゃ……リーナお姉さま。ミレーヌお姉さま。クロエお姉さま……?」
「かっか、かかか、かわいい〜!!」
「セレスティナちゃん、可愛すぎるわ!ランスロット様には勿体ないわよ!!」
「わ、私、こんな妹が欲しかったんです〜!!」
抱きしめ合いながら、キャッキャする女性陣。
男性陣は、遠くからその状況を見ながら……癒されていた。
「あ〜、良い光景だなぁ、フェルナンよ。もう俺、ずっとこれを見ていたい……」
「ランスロット、すっかり疲れてるな。とは言え、言いたいことは滅茶苦茶わかる……」
「もう、仕事戻りたくない。褒賞とか言って、ちゃっかり仕事増やされてるの、何で……?本当に意味がわからん……」
「僕も、爵位はいいとして……子爵まではいらなかった……。面倒ごとが、あまりにも多すぎる……。それに魔術師団、本当にしつこい……」
ランスロットに、フェルナンが深く頷いている。
色々と修羅場をくぐり抜け、フェルナンの敬語もすっかり抜けていた。クラウス相手にも、である。
辛い日々の積み重ねが、信頼と友情を育んでいた。
「いやぁ、でも今回は、本っ当に、辛かったね……」
「お互い、すごく痩せたよな……もう絶対に、あんな思いはしたくない」
「ジルの病み具合、本当にすごかったよね。もう、ずっと手から血出てたもんね?」
「クラウス。毎日おいおいと泣いていたお前にだけは言われたくない……」
クラウスとジルベルトは、お決まりのやり取りを繰り返していた。
「しかしクラウス、よく時間取れたね?相当忙しいんじゃないの?」
フェルナンの言葉に、クラウスは苦い顔になった。
「ほんと、そうなんだよ。今日は架空のスケジュールを設定して、ごまかしてきたんだ。貴族をもう一度取りまとめないといけないし、その上、帝国の内紛もあるしさぁ。……それに、なんだか僕、急に担ぎ上げられて。王位継承が早まりそうなんだよね……」
「国王との確執とか……大丈夫なのか?」
「父上は、国王の地位は自分には荷が重いと考えているタイプでね。もう早く隠居したいみたいなんだよ。まあ、お祖父様があまりにも素晴らしすぎたからな……。僕も、別に早くやりたくはないんだけど。まあ、王位継承のためには結婚してないといけないから、そこを急いでもらえるのだけは良かったけどね?」
「お前、デビュタントの頃から……既にウェディングドレスを作り始めてたもんな……」
「ちょっとジル。それミレーヌにも内緒だから。言わないで!!」
「うわぁ……」
「うわぁ……」
フェルナンとランスロットは大変引いている。用意周到にもほどがあるだろう。
「そういうフェルナンこそ、実家との確執とかどうなの。縁を切るったって、難しいでしょう?」
「いや、僕はあそこにはもともと居場所がなかったから、逆にすっきりした。領地なしだけど子爵位を賜ったし、自分の家庭を作っていくよ。まずは家探しだな」
「それがいい。お前とクロエなら、できる」
「ジル、ありがとう。クロエはさ……洗脳されてたとは言え、自分の罪を償うために、人の役に立ちながら生きて行きたいって言うんだ。僕は、それを全力で支えていくつもりだよ」
「フェルナン、すっかり目に光が戻ったな〜?最後の方は、なんかこう、目がずっと昏くて、ランスお兄ちゃんちょっと怖かった」
「いやランスロットも人のこと言えないって。隈すっごかったし」
クロエが側に戻ってから、フェルナンの目は生き返った。今は未来を見て歩んでいるのがわかる。
「ジルは?」
「俺は、これからも警戒を強めていく。今回の件で、リーナの利用価値が広まってしまったからな。結婚は王命だから覆せないが、油断はできない。イヴァン皇子の動向も、まだ気になる」
「いや……もうお前、鬼神呼ばわりされてるし……。周辺国にまですっかり武勇が轟いて、とても恐れられているよ?今回の夜会は、海外の来賓もいたからね」
「俺は他国の外交官から聞いたぜ。『フランツの白薔薇に触れるべからず。鬼神の怒りに触れる』って言葉が伝えられてるらしい」
「うっわ、魔王の次は鬼神か……」
フェルナンが呆れ返った笑いをしている。
確かに夜会でのジルベルトの戦いは、常人のそれを軽く超えていた。
「お前達はいーなー。俺は、まだまだ結婚とか先だからなぁ……」
「そんなこと言って、この中でも一番浮かれてるくせに。セレスティナと毎日会ってるのは知っているんだよ?」
「婚約者なんだから良いだろ?あっ、手は出してないからな。成人するまで、手は出さないから。俺はロリコンじゃないからな!?」
「……?そんなの、わかってるが?」
「ジルベルト……素で返すなよ。俺はふざけてみただけだよ」
「直属の部下の選定は、どうなってんの?」
「おー、見所のありそうな、一癖二癖あるやつを頑張って集めてるところ。これから手懐ける」
「げぇ、すんごい腹黒部隊ができそう」
ランスロットは忙しいながらも、絶好調だった。
セレスティナの降嫁は、王が一番渋った条件だったらしいのだが、どのように脅……交渉したのかは謎である。
男性陣がそれぞれの話で盛り上がっていると、女性陣がデザートを持って駆け寄ってきた。皆笑顔になってそれを迎える。
「デザートが来たのよ!美味しそうでしょう?ジル」
「うん、いいね。一緒に食べよう?」
「ミレーヌ、僕に食べさせてよ」
「やあよ!これ、私の分だもん。自分で食べなさいよ、もう!!」
「クロエ、ちゃんと自分の好きなの取れた?」
「あはは、フェルの好きそうなの、選んじゃいました……」
「ランスロット様!あーん!あーんしてくださいな!!」
「わかったわかった、わかったから!近いから!ティナ!!」
それぞれに楽しい時間が過ぎていく。
リーナベルはこの平穏な時を噛み締めて、心から笑った。
――シナリオが終わって、私達はやっと解放された。
これからは、自由で明るい未来が、きっと待っている。




