6-11 帰ってきた場所
ジルベルトとランスロットは膨大な後処理に追われ、現場に残った。夜会での大騒ぎだ。貴族の混乱も、建物の被害も大きい。
クラウスは真っ先に、ミレーヌを迎えに行った。すぐに牢から出すと聞いて、リーナベルはホッとした。
フェルナンは、クロエを連れて王宮の休憩室へ。二人の実家、ベルナール男爵家とフェルナンの家はクーデター派だった。二人は帰る場所がないので、王宮で匿われることになったのである。
帰る際、ジルベルトが耳元で「帰るまで待っていて」と囁いてきた。久しぶりに直に話しかけられて、心臓が大きく跳ねた。
リーナベルは、ランプの燈るジルベルトの部屋で、落ち着かずに彼の帰りを待っていた。事後処理がどのくらいかかるのか、手が開くのがいつになるのかわからない。それでも、少しでも早く、会いたかったのである。一ヶ月ぶりのジルベルトだ。
彼がようやく現れたのは、既に夜中の2時を過ぎた頃であった。
「……リーナ!!」
「ジル!!」
大好きな声がしたので、よく確認もせずに勢い良く飛び込んだ。転移して来たジルベルトが、危なげなく抱き止める。
「リーナ……!遅くなった」
「ジル……!ジル!!」
ジルベルトはリーナベルを掻き抱いて、頭頂部に顔を埋めた。リーナベルは久しぶりの心地に、夢見心地になる。
――ジルの腕。
ジルの香り。
ジルの体温。
帰って、きた。
「ジル……っ」
夜会の時は抑えていた涙が、どっと一気に零れてしまう。この一ヶ月ですっかり、泣き虫になってしまった気がする。
「リーナ。こんなに痩せて……」
「ひぐ。ジルも……痩せた。顔色が、ひどいわ……ぅっ」
ジルベルトは相変わらず美しかったが、頬のラインがシャープになっていた。美しい琥珀の下に、うっすらと隈がある。
ジルベルトはリーナベルの涙を拭いながら、泣き出しそうな顔をした。
「だって、生きた心地がしなかった……ずっと、こうしたかった。リーナの涙を、拭いたかった……」
「ふっ、ジル……」
次から次へと零れる涙をジルベルトが拭う。リーナベルはたまらなくなって、彼に口付けた。ジルベルトは軽く目を見張った後、甘く優しい微笑みを浮かべた。
「リーナ……もう一度、今度は直接言うけど。俺を信じてくれて、ありがとう」
「うん。……当たり前よ。約束したもの」
リーナベルは泣きながらふにゃりと微笑んで、左手の薬指を見せた。今日は婚約指輪をつけて、待っていたのだ。
「大好きだ、リーナっ……」
「んっ……」
ジルベルトは噛み付くように口付けた。呼吸ごと喰らい尽くすようなキスだった。酸素が足りなくなって、くらくらする。
「ジル……」
「はぁ……リーナが欲しい……」
「で、でもジル、すぐ出なきゃいけないんじゃないの?」
「とりあえず、仮眠と食事のために7時間もらったんだけど……。俺、いま汗くさいよね……」
「ジルはいつも良い匂いよ。でも、お風呂に入って食事を取って、少し眠った方がいいわ」
「……リーナ……今日は、イヴァン皇子と踊っているのを見て、死にそうなほど嫉妬した……あのまま帝国に攫われるんじゃないかと、気が気じゃなかった……殺気を抑えるのに、爪が手に食い込んで、血が出るほどだった」
「うっ……」
やはり、そこは相当気にしていたようだ。あの時、ジルベルトはよく殺気を抑えていたものだ。
「リーナが欲しい。お願いだ……」
「じゃ、じゃあ。………一緒に、お風呂入る……?」
「入る」
ジルベルトは即答して、風呂場に転移した。
♦︎♢♦︎
時間の許す限り、二人はくっついていた。
さすがに最後はリーナベルが言い聞かせ、軽食を摂らせた。ジルベルトはそれすら不本意そうだった。よほど飢えていたらしい。
そして一時間弱ほど、気を失うように眠ってから、また仕事に戻って行ったのだ。
全然休まらなかったであろうジルベルトの後ろ姿を、リーナベルは心配しながら見送った。ジルベルトが転移で消えた空間をぼうっと見ていると、ジルベルトの母であるレオノールが来て、リーナベルの肩を優しく叩いた。
「あいつ、随分と元気いっぱいになって出て行ったね?」
「え!?そ、そうですか……?相変わらず、とても顔色が悪かったですけれど……」
「いや、元気溌剌、やる気いっぱいだったよ。この一ヶ月弱は……もう、見ていられなかったんだ。あいつには、君がいないと本当に駄目なんだと実感したよ」
「それなら、良いのですが……」
「愚息が君に負担をかけてしまって、申し訳ない。リーナベル、ゆっくり食事を摂ったら、うちでたっぷり寝ていきなさい」
女騎士であるレオノールは男性的な口調であり、ジルベルトに瓜二つのイケメン美女だ。宵闇の髪は顎のあたりでぱっつりと切り揃えられている。すらりと背が高く、とても格好良い。
「レオノール様、ありがとうございます」
「…………婚約破棄なんかにならなくて、本当に良かった。君はうちの、大切な義娘なんだから……」
レオノールは、そのままリーナベルを優しく抱き締めた。
彼女は表情が変わりにくく、わかりにくい部分があるが、サバサバしていてとても優しい人だった。
彼女の温かさに、リーナベルは喜びでいっぱいになった。
「はいっ……!これからも、よろしく、お願い致します……!」
「うん。よろしくね」
ジルベルトの父であるランベルトも後ろの方におり、無表情ながら優しく見守っていた。
こうしてリーナベルは、帰るべき場所へ帰ることができたのである。
ジルベルトのいる場所こそが自分の居場所なのだと、心の底から実感した日であった。




