6-10 黒幕へ鉄槌を
「ハハハ……ハハハッ!お見事……!お見事だよ、ジルベルト。そして……クラウス!!君は本当に優秀だ!!優秀で――――本当に、目障りだ…………」
もはや捕らえられているアドリアンは、豹変した。
ジルベルトは身構え、リーナベルを守る。ジルベルトの部下や近衛兵は、クラウスを守る。さらにフェルナンとクロエ、ランスロットの周りも固めた。カインはいつの間にか後退し、訳の分からない状況に怯えながら成り行きを見守っていた。
クラウスは魔術陣を描き始め、紫の蝶が舞い始める。恐慌状態に陥っている貴族達を、魔術から守る結界を張り始めたのだ。
アドリアンの瞳孔は開き、仄暗い紫の瞳は完全に興奮している。騎士が抑えているはずなのに、彼の魔力がうねり始めた。
「なあクラウス……だって、おかしいだろう……?私は、才能があった。そこの、国王におさまっている、私の兄よりも、ずっと!!私は……『全属性』に適性があるんだぞ!!そして、誰よりも魔術に長けていた……!!この、魔術大国で!!」
アドリアンは悲劇のヒーローのように、手を大きく広げて演説し始めた。
「それなのに!!王家は私の才能を隠蔽した……!!兄の地位を、脅かすからと!!弟が兄より優れていては、国が乱れるからと!!……馬鹿らしい。馬鹿らしい……!!より優れた者が国を治めるべきなのが、真理だろうが!!」
「そんな……低俗で、くだらない理由だったのですね。叔父上」
「…………なんだと?」
クラウスがいつも通りの微笑みで、冷淡に返した。それが逆鱗に触れ、アドリアンはこめかみに青筋を浮かべた。
「本当に、くだらないですよ。偉大なるお祖父様の治世をお忘れですか?彼はいつも、民のことを思っていた。民から、真に愛されていた。魔術が優秀かどうか、なんかじゃない。適性なんて、本当にどうでも良い。……真に民を思える人が、民の上に立つべきだ。私の愛する婚約者、ミレーヌのように」
「はっ……!お前こそくだらない!まだ祖父の幻影を追っていたのか!!民が何だ?あの有象無象どもが何だと言うのだ!…………まあいい。私を追い詰めたつもりになっているだろうが、一歩遅かったな……クラウス!!」
アドリアンは、完全に歪んだ笑みを浮かべ、高らかに宣言した。
「今夜!まさに今!!クーデターを起こしてやる!!残念ながら、兵はもう、揃っている!!帝国から、第二皇子殿もかけつけてくれた!!まずはお前達だ……忌々しい、小娘ども!!私に罪状をつきつけた、リーナベルに……私に反抗し続けた、クロエ!!散々手間をかけさせてくれた、その礼をしてやる!!かかれ!!」
アドリアンが手を上げると、騎士の中から十数人の兵が飛び出してきて、一斉にリーナベルとクロエにかかった。
かかろうと、した。
「リーナに、触れるな」
一閃。
ゴウン!!!!
轟音が響き渡った。
二つの琥珀が獰猛にぎらりと光る。
ジルベルトが剣を薙ぎ払うと、途端にクーデター兵のみがドッと吹っ飛ばされた。
吹っ飛ばされたその先で業火に炙られながら、土魔術で一瞬にして拘束されていく。
「ギャアアァアアア!!!!」
あちらこちらで、断末魔の悲鳴がこだました。
土魔術で拘束したのはフェルナンである。ジルベルトが皆殺しする勢いだったので、呆れて助け舟を出したのだ。
「ヒイィッ……!!化け物!!化け物だ……!!」
「お、鬼……?」
「鬼!鬼だ……!!」
命がらがら逃れたクーデター兵や、貴族達が震え上がっている。たった一閃で十数人の兵を鎮圧したのだ。無理もない。
「なっ!?お前たち……何をしている!?数が、少なすぎる!!!もっといるだろうが!!何をしている!!!」
「ああ……もしかして、彼らのことですか?」
動揺して声を荒げるアドリアンに、クラウスが冷めきった声で言う。その指が差した先には、ドサッと人の束が置かれた。五十人近くのクーデター兵がまとめてのされ、魔術を封じられて、束ねられている。
「何だと……!?」
「貴方の動きは、事前に掴んでいましたから。特定して捕らえていました。ジルベルトが『間引いて』しまった分もいますが。私の婚約者の『鼻』も、随分活躍したんですよ?会場に残しておいた分は、貴方の目を誤魔化すためのブラフです。…………残念でしたね?」
「貴様っ……!!おい、イヴァン!!イヴァンは何をしている!!」
「彼なら、とっくに消えていますよ。お友達の帝国にも、見限られたようですね?」
「……っ!!くそ!!くそっ……!!!オオオォォォオオオオ!!!!」
アドリアンから禍々しい魔力が蠢き出した。ついに自暴自棄になったのだ。
「俺はっ……!誰よりも!!優れているんだ!!!貴様らなど!!!皆殺しにしてやるっ!!!!!」
巨大な魔術陣を描き出す。
「ジルベルト、やれ」
「はっ!」
クラウスが静かに言った。ジルベルトが構える。
「俺は!!全属性に適性があるんだぞ!!!!!」
「くだらない」
相手は時間停止を使って来ようとしたが、フェルナンの描いた複合魔術陣がそれを無効化した。取ってきそうな手段は全部潰してある。
土での拘束を粉砕し、濁流での攻撃を凍らせて潰した。
「忌々しい!!!化け物め!!!!!」
追い詰められたアドリアンが魔力を大量に注ぎ込み、巨大な炎の竜を生み出した。あの、ジルベルトが大怪我を負うはずだった火の上級魔術である。
あの時の竜の、数倍は大きい。
しかし、ジルベルトの後ろで、リーナベルが三次元魔術陣の身体強化をかけていた。
ジルベルトは、敢えて暴風を生み出した。
「阿呆が!!出力効率の悪い風属性で火に敵うわけがっ………………!!!!」
ゴオオオオオオ!!!!!!
魔力と魔力のぶつかり合い。打ち消し合う爆音が轟く。
クラウスは静かに結界を張り、逃げ惑う周囲の貴族たちを守っていた。
炎はみるみるまに暴風に飲み込まれて、消えていく。
「アアアアァァアア!!!!」
アドリアンは暴風に飛ばされて、壁に叩きつけられた。
そこに追い討ちをかけて、鋭い氷柱がガガガガッと刺さり、彼の体を壁に固定した。
彼はそのまま泡を吹き、気を失っていた。
貴族達と騎士達は青ざめ、口々に叫んだ。
「鬼……!?いや、鬼神だ……!」
「鬼神だ!鬼神がいる……!!」
ジルベルトへの恐怖でざわつく会場に、クラウスがよく通る声で言い放った。
「皆の者!」
衆目が一気に彼に集まった。彼の王族としてのオーラは、人を束ねる力に長けている。
「これでよく分かったろう!此度の件は全て、王位簒奪を狙ったアドリアンが起こしたこと!!私の婚約者のミレーヌや、友人のリーナベル、そして洗脳被害を受けていたクロエには一切の非がない!彼女らを悪し様に言っていた者どもも、よく覚えておけ!!……そして、クーデター派についていた貴族ども――――お前達の調べも、ついている」
ニヤリと笑ったクラウスに、ランスロットが続けた。
「俺が調べ上げて、クーデター派の家には今頃もう――――家宅捜索が入っている。ああ、会場から出られると思うなよ?出たらそこの鬼神が…………何をするか、わからない…………」
ヒッと息を呑む声が、そこかしこから聞こえた。
「さて、国王陛下。私達はこの通り、クーデターを未然に防ぎました。此度の功績、認めていただけますね?」
クラウスが冷淡な声をかけると、黙ってことの成り行きを見ていた国王が重々しく頷いた。
「クラウスよ、大義であった。此度の件、私は事前に了承していた。混乱を招いてしまったが、国の平定のために必要なことだと理解してほしい。――――それでは、今夜の夜会は、これにて閉会とする!」
国王が重々しく、締めくくった。
国王すら事前に了承していたと聞いて、会場はさらに大混乱に陥ったまま、解散となったのである。
長い長い夜会が、ようやく終わった時であった。




