6-8 解呪と再会
「貴族である皆ならば、禁忌の魔術……『心』属性は知っているだろう。残念ながら、我が国でそれが悪用されてしまった。彼女、クロエ・ベルナールは洗脳を受けてある者の言いなりになり、周囲を混乱に導いた!今、実際に彼が洗脳を解呪してみせる。さあ、フェルナン・ルフェーブルよ。頼む!」
「はっ!開始します!」
禁忌の魔術の名前に、大きなどよめきが起こる。そんな中、フェルナンは金色の三次元魔術陣を展開した。ナイフで指先を切る。そして薬液の入ったタライに自身の血を一筋垂らし、クロエに向かって古の呪文を唱えた。
「ぐぅうっ!ううっ……………………!!!」
その途端、クロエが胸を押さえてもがき始めた。彼女の目には今やはっきりと、赤黒い魔術陣が浮き上がっている。
「彼女は洗脳の被害者だ!高位貴族を籠絡し、国を混乱に陥れる策に利用されていた――――犯人は、今から自ずと示される!」
クラウスが朗々と響く声で伝える。オーレリアは、既に拘束されて動けない状態だ。騒げば自分が犯人だと名乗り出るようなものなので、黙ったまま動かない。
やがて、クロエの身体から大きな黒いモヤが溢れ出した。それらが一度停滞した後、勢いよくオーレリアの元に戻っていく。その様子に、観衆のどよめきは一気に大きくなった。
俯いていたクロエが、ゆっくり、ゆっくりと顔を起こす。モヤの晴れたラズベリー色の瞳は、ただ一人を真っ直ぐ映していた。ぼろぼろと涙を零しながら、彼の名前を呼ぶ。助けを求めるように、叫ぶように。
「フェルナン様……!!」
「おいで、クロエ!」
クロエは勢いよく走ってフェルナンの胸に飛び込み、縋り付いて大きな嗚咽を溢した。フェルナンは万感の思いを込めながら、その背に手を回す。
「フェルナン様……!私、私……!ずっと、身体が言うことを、聞かなくて……!勝手に動いて、喋って……!!」
「そうか……。クロエ……苦しかったね。ずっと、辛かったね……」
「フェルナン様……っ!!!」
泣き崩れるクロエと、一筋の涙を零しながら抱き合うフェルナン。そしてワナワナと震えながら、黒いモヤを吸収していくオーレリア。
周囲の貴族たちは、その様子を固唾を飲んで見守っていた。
「皆、はっきりと見ただろう。……オーレリア・ルーヴロア!!禁忌魔術を使用した罪で、お前を捕縛する!」
「!!」
クラウスが宣言すると、オーレリアはあっという間に騎士に強く拘束された。
「ちょっと、待ちなさいよ……!!一体今の魔術の何が、私の罪に繋がると言うのよ!!筆頭公爵家の令嬢を、こんな風に扱って!!どうなるかわからないの!?」
オーレリアは甲高い声で叫び、激昂した。
しかしそこで、横から突然、穏やかな声が響いた。
「その言い訳は、通用しないねぇ。彼女の瞳に刻まれていたのは間違いなく、古の洗脳の魔術陣だった。もう、私が分析済みだよ?そして……解呪によって、クロエから離れた魔力が、もとあった貴女のもとに帰って行った。間違いなく、貴女が犯人だと示されたと、私が保証するよ」
突然現れて魔術の正当性を示したのは、魔術研究所の主任研究員、高名な魔術研究者のルシフェルであった。ローブに身を包み、真っ白な髪を揺らして美しく笑って立っている。
周囲は混乱に陥った。彼は滅多に夜会に顔を出さないが、その実力と知識は国内一であると誰もが知っている。彼が魔術の正当性を保証するならば、その信憑性は非常に高いと言えるのだ。
そこでさらに、凛とした声が響いた。フェルナンに支えられながら、クロエが気丈に話し始めたのである。
「オーレリア様は、私に洗脳の魔術をかけました。私は一切の身体の自由を、奪われていました!彼女は学園の高位貴族の皆さんを籠絡して、貴族社会を混乱に陥れようと画策していました。本当のことです!そして……先の毒殺事件では、事前に私に毒を仕込ませ、クラウス様とジルベルト様を死の間際に追い込み、陥れようとしました。それを私に救わせて、自作自演をしたのです!」
貴族はどっと大きく騒めいた。あの毒殺事件の真相が語られたからである。
「なんだって!?」
「毒殺事件の真の犯人はミレーヌ嬢ではなく……クロエ嬢……。そしてそれを操っていたのが、オーレリア様だと言うのか……!?」
口々に皆が囁き始める。オーレリアの顔色は、どんどん青くなって行った。
そこにまた、クロエの声が響いた。
「皆様、聞いてください!!彼女の罪はそれだけではありません……!」
クロエは大きく息を吐いてから、吸った。彼女は臆病な性格なのに、必死に立ち向かっているのだ。フェルナンが、震えるその手をぎゅっと強く握って励ましていた。リーナベルも、横で固唾を飲んで見守っていた。
「私には前世の記憶があります。その記憶の中には、この世界の未来を予見する内容がありました。彼女はその知識を聞き出し、悪用してきました!その知識を使って、ドラゴンの襲撃事件や、リーナベル様の拉致事件が起こされたのです!!」
「何を言い出すのよ!!そんな証拠どこにもないわ!!それに、私が一体どうやって禁忌魔術を習得したって言うの!?滅茶苦茶だわ!!」
オーレリアが激しく喚きだすと、つかつかと彼女の前に歩いて行く者がいた。
ランスロットである。現状、彼はまだオーレリアの婚約者だ。
「残念だったな、オーレリア。証拠なら、全部、ここにある」
ランスロットはいつになく冷淡な表情で、手にした紙束をばしんと叩いて見せた。
「お前の家から押収した、禁忌魔術の魔術陣。洗脳の魔術陣もある」
「っ!!!」
「さらに、クロエに数年前から接触し、彼女の知識を聞き出していたこと、脅していたことの裏も取れている。ドラゴンを誘き出す禁忌薬にも、お前の習得した心属性の魔術が必要だ…………つまりお前は、ドラゴン襲撃事件における、王太子クラウスの暗殺にも関わっていたことになる!!」
「こんの……ランスロットォ……!!!」
ランスロットは、憎々しげに叫ぶオーレリアに向かって、大層美しく笑った。家族には決して見せない、心底冷たい笑顔だった。
「お前はここまでだ。……皆も聞いていたな?彼女は大罪人である!!俺は、彼女との――――オーレリア・ルーヴロアとの婚約破棄を、ここに宣言する!!」
断罪イベントのお決まり、婚約破棄が、ここに宣言された。




