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6-7 断罪イベント始まる

 とうとう(くだん)の夜会の日がやってきた。勝負の夜だ。これで全てが決まる。



 リーナベルは兄ランスロットのエスコートを受けて、王宮の会場に降り立った。ジルベルト以外のエスコートを受けるのは久しぶりだ。二人が入場した瞬間、会場がさざめいた。リーナベルの評判は、今や地に落ちている。それに、婚約者を溺愛していたジルベルトが豹変したと言う噂も、貴族の興味の格好の的となっていた。


 リーナベルは、今日は黒の豪奢なドレスを纏っていた。断罪イベントが来ると聞いた時に、作成を依頼したドレスである。どうせなら思い切り、悪役令嬢らしい装いで臨んでやろうと思ったのだ。それに何より、黒はジルベルトの髪の色だ。リーナベルが一番、勇気をもらえる色だった。

 懇意にしている若手のデザイナーとメアリーが、「お嬢様に、黒……!!天啓が止まりせんわ!!」と叫び出し、何やら張り切っていたのは置いておこう。ともかく完成したドレスは、本当に素晴らしいものだった。

 深いパールブルーの下地の上に、幾重にも薄い黒のレース生地が縫いつられている。上に白銀のスパンコールが縫い付けられ、星空のようにキラキラと輝いていた。歩くたびにふわりと揺れて、まるで夜を纏って歩いているような出立ちである。ジルベルトに贈られた首元のネックレス、その中心の琥珀が、まるで宵闇の明星のように光っていた。首元はハイネックになっており、胸元までと二の腕は透け感の強い黒のレースで覆われている。そこには薔薇の紋様が刺繍されており、妖しくミステリアスな色気を演出していた。対照的に背中はパックリと大きく開いており、彼女の真っ白い肌と黒の対比を一層際立てている。


 リーナベルを悪し様に言っていた者たちも、その美しさと圧倒的なオーラに口を噤んだ。男性陣はうっとりと見惚れ、女性陣は悔しさで唇を噛み締めていた。今日の彼女の姿を悪く言おうものなら、自らが比較されて敗北するのは目に見えている。その結果、「黒なんて縁起が悪い」だとか、「まるで主役気取り」だとか言った、中身のない稚拙な声が漏れ聞こえてきただけだった。


 シャンデリアの光り輝く、豪奢な王宮の会場を進んでいく。ランスロットは髪をきっちり結い、前髪は半分後ろに撫でつけていた。今日は伊達眼鏡を外している。本気モードだ。彼の着ている黒のタキシードには銀糸で美しい刺繍が施されており、とてもよく似合っていた。

 白銀の髪と青の目を持つ美貌の兄妹が堂々と並び立つ姿は、それだけで周囲の視線を奪っていく。


 途中で二人は、フェルナンと合流した。フェルナンは夜会服に身を包み、前髪は全て撫でつけていた。猫のような金の目がきりりと光っている。いつもよりかなり大人っぽく、男性的だった。


「ようやくこの日だ」

「なんとか、間に合ったわね……」

「とても辛かったけど、今日で全部終わらせよう」


 フェルナンは、クロエをチラリと見た。

 クロエはクラウスにエスコートされて出てきた。貴族はそれを非難がましい目で見る者と、賞賛する者の二つに割れていた。

 クロエは桜色のオーガンジーが幾重にも重ねられた、美しいドレスを纏っていた。胴体部分は切り替えられ、桜色の生地が白いレースで覆われている。レースには精緻な薔薇模様が描かれており、まさしく『バラ恋』のヒロインそのものという出立ちだ。彼女の可憐さが引き立ち、とても美しく可愛らしい。

 ほっそりした首元に輝くのは、華やかなイエローダイヤモンド。耳元にも大粒のアメジストが光り輝いている。今日の彼女の装いが、王太子から贈られたものであると明らかに主張していた。

 ――――当のクラウスは、自分の色を身に纏わせることをかなり渋っていたが。クロエが強く主張したらしい。しかしミレーヌに贈ったものよりは、大分グレードを下げたようだった。


 隣に立つクラウスは白い正装を身にまとい、まさに王子様と運命の美姫といった風情である。

 そのすぐ後ろに、まるで影のように控えているのは、ジルベルトだ。紺色の禁欲的な騎士服を身にまとい、琥珀の目はずっと伏せられていた。


 その姿を見て、リーナベルの胸はつきんと痛んだ。今の彼は、クロエへの叶わぬ恋に身を焦がしながら王太子への忠誠を誓う、悲劇のヒーローなのである。少なくとも周囲の貴族はそう思っており、彼に同情する声も多く聞かれた。


 しかし、ふとそこで、ジルベルトがこちらに目配せした。

 琥珀と青の瞳の視線が、絡み合う。


 リーナベルには、それだけで十分だった。周囲に悟られないよう彼が無表情でも、彼の言いたいことがわかったから。


『リーナ。大丈夫だよ……』


 聞き慣れた大好きなテノールが、鼓膜に響いた気がした。これまで何度も何度も、彼がそう言って励まして来てくれたから。


 リーナベルは、ランスロットとフェルナンとともに頷き合い、その時を待った。


 オーレリアと、黒幕と目される人物もいることを先に確認した。彼女らは立場上、簡単に会場から出ることはできないだろう。断罪が始まれば、なおさらだ。もしも断罪中に立ち去るならば、すなわち自分がクロだと言っているのと同義である。



 一つ驚いたことは、ローニュ帝国の第二皇子、イヴァンがリーナベルをダンスに誘ってきたことであった。相手は他国の王族。断れるはずもない。リーナベルはしぶしぶ、ダンスを踊った。


 イヴァンのリードは力強く、踊りやすかった。ただし、ジルベルトと踊る時のような一体感はかけらもない。どちらかと言うと、強引だ。

 硬質な銀の髪に伶俐な空色の瞳は、きっと美しいとされるのだろう。がっしりした体躯も、令嬢に持て囃されそうだ。

 異国の正装はフランツのそれよりきっちりしていて、軍服に近い作りであった。たくさんの勲章が煌めいて、彼の武功を示している。

 何度か優しげに話しかけられたが、リーナベルはつれない返事をし続けた。彼などには一切心惹かれないし、親しくなりたくもない。


「本当に、奇跡のように美しい。このまま、国に連れて帰りたいほどだ」


 抱き寄せられて甘く囁かれ、ぞっとする。とんでもないことを言うものだ。


「残念ながら、私には愛する婚約者がおりますので」

「その婚約者とやらは、他の女性に夢中なようだが?」


 イヴァンがさっとジルベルトの方を見る。ジルベルトは今日は殺気を出さず、堪えていたが、何度か視線を寄越していた。本当は心配で、仕方がないのだろう。


「私たちは、愛し合っておりますわ。殿下には、お分かりにならないのですね?」


 リーナベルが不敵に笑って言うと、空色の瞳は意外そうに丸くなった。そのあとフッと皮肉げに笑う。作った笑みでない、彼の本当の笑みだと感じた。


「思ったよりもずっと、良い女じゃないか。本当に、惜しいな……」


 引き寄せられそうになるのを何度も突っぱねつつ、ダンスは終わった。

 イヴァンはまだまだ踊りたそうだったが、「足を痛めてしまったので」と言ったら、深追いしては来なかった。


「あんた。なに、他国の王族ひっかけてんの……」


 フェルナンの呆れ返った声が聞こえた。引っかけたなんて、失礼な。


「ちゃんと拒絶したわ。きっぱりはっきり」

「それが、余計に興味を引く場合もあるんだって」

「リーナに、小細工はできないからな……。確かに、いらん興味を引いていた。ちょっと不穏な感じだったな」


 ランスロットも同意する。リーナベルは納得がいかなかった。


「あとで、ジルに何を言われても知らないよ」

「……そういうジルだって、クロエと踊ってたじゃない……」


 リーナベルは、少し拗ねた声を出した。

 クロエは、クラウスと見せつけるように踊った。その後クロエは、ジルベルト、カインともそれぞれ踊ってみせたのだ。

 貴族たちのさざめきは、止まらなかった。

 婚約者のいる男性ばかりと、三連続でのダンス。相手は全員、クロエに夢中。これほどのゴシップはない。



 そうして、さざめきの止まらない夜会が中盤に差し掛かった頃。

 音楽が止まり、位置についたクラウスがよく通る声を響かせた。


「今日は、皆に知ってもらいたい罪がある!その者は私自身と、私の愛するものを害そうとした……!!」


 これはゲームの断罪イベントの幕開けと、全く同じ台詞であった。

 貴族たちの騒めきが大きくなる。王太子を害そうとした者――――つまり、毒殺未遂事件の犯人のことだと考えたのであろう。


 堂々と高い位置に立つクラウス。その隣に、不安そうに寄り添うクロエ。その下には側近たちが固まっている。

 リーナベルから二人を守ろうと、きつい表情で相対するジルベルト。彼らの後ろにはカインとランスロットが控えている。フェルナンがいない以外は、ゲームの断罪イベントの構図と全く同じだ。


 フェルナンは、周囲から見えない位置で影に待機していた。全て打ち合わせ通りだ。


「罪を有する者は……この者が証明してくれる!フェルナン!」

「はっ!」


 予定と異なるフェルナンの登場に、何も知らないカインは目を丸くした。

 離れた位置で見学していたオーレリアはびくりとして、退路を確認した。洗脳が失敗していたことに気付いたのだろう。残念ながら、彼女の両脇はがっちりとこちら側の騎士が固めている。


 ジルベルトは素早く転移し、リーナベルを連れて自身の立ち位置に戻った。彼女を守るように立つ。久しぶりに彼の温度を感じ、その背中に守られている。リーナベルは圧倒的な安心感に泣き出したくなったが、淑女の仮面をかぶって真っ直ぐ前を見据えた。



 さあ、逆転の時。

 本当の『断罪』のスタートだ。

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