1-8 気になる彼女(※ジルベルトサイド)
ジルベルトは生まれたその時から、大いに恵まれていた。
そして生まれる前から、騎士として生きる道が決まっていた。
公爵家嫡男。父親は騎士団長で国王の側近。
魔力量は多く、魔力適性にも恵まれた。なんと火、水、風、土、闇の五属性に適性があり、これは国内で二人しかいないレベルの貴重さだった。
周囲からは当然持て囃され、大層な期待をされた。しかし、大きすぎる期待はそのまま、彼の重責になった。
ジルベルトにはそれなりの才能とセンスがあったとはいえ、彼は天才ではなかったのだ。
幼い彼がその重責に応えるには、人の何倍も努力しなければならなかった。
それでも彼は、何とか期待に応えようとし続けた。あまりにも真面目すぎたのだ。
だが、彼がどんなに血反吐を吐いて努力をしても、持っている肩書きや生来の資質が大層すぎて、『できて当たり前』だとされた。
誰も彼も、自分の上っ面しか見なかった。
そんな中で尋常ならざる努力を続けることには、大きな苦痛が伴った。
誰も自分自身なんか見ていない、いや、見えないんじゃないかとすら思った。
そんな矢先である。
突然、ある出会いがあった。
王太子の婚約者候補の中でも最有力候補とされた、ノワイエ侯爵家の令嬢リーナベルとの出会いだ。
彼女と王太子との顔合わせの茶会に、側近として付き添った。
美しい令嬢は自分を見た途端、突然具合が悪くなり震え出した。
その華奢な足がよろめき、倒れそうになったので、すぐに慌てて支えた。
彼女はゆっくり、ゆっくり顔を上げ、やがて真っ直ぐにジルベルトを見た。
その目はあんまり真っ直ぐで、まるで自分の上っ面ではなく、自分自身を捉えているかのように錯覚した。不思議な、初めての感覚だった。
けぶる白銀のまつ毛の下、美しい青が揺らめいていた。まるで、空を映す湖のような色だと思った。
そして彼女は、蕩けるような笑顔になり、幸せそうに言ったのだ。
「すき…………」と。
心臓が、ドクンと大きな音を立てた。
しかし、彼女がそのまま意識を失ってしまったため、使用人や護衛達が大慌てで医師を呼んだり運んだりと大変な騒ぎになってしまい、それどころじゃなくなってしまった。
だが幸運なことに、彼女との縁は、それで終わらなかった。
その騒ぎの一週間後くらいから、なんと騎士団の鍛錬場にリーナベルが現れるようになったのだ。最初はとても驚いたが、ジルベルトは平静を装った。もとより自分の表情はほとんど動かない。自分を見に来たのだろうかと一瞬期待もしたが、自意識過剰だと思い、すぐにその考えを打ち消した。相手は王太子妃の最有力候補だ。何か考えがあるのかもしれない。
リーナベルの騎士団見学は何とも不思議だった。
見学者が少ない早朝訓練にしか現れない。そして彼女が来る時は、決まって天気が悪いのだ。普通の令嬢は、悪天候なら外出を避けるものだ。
雨の中、傘をさしてじっと訓練を見守るリーナベルの姿は、あまりにも神秘的だった。目で追わないようにといくら自制しても、無駄だった。雨粒を纏って輝く白銀の髪。雨の寒さで赤みを増した、柔らかそうな頬。早朝訓練の間じっと立ち続ける、細くて華奢な身体。そして、何かを見守るように、心配しているように揺れる、深い青の瞳。彼女が何を気にかけているのか、ジルベルトは気になって仕方がなかった。
それに、何だか……自分をよく見ているようにも感じてしまって。その度に、思い上がりだと打ち消すのに苦労した。
次第にジルベルトは、早朝訓練が始まると、無意識に彼女の姿を探すようにまでなってしまった。
美しいリーナベルは騎士団で「雨の妖精」と呼ばれ、密かな人気になっていた。早朝訓練の出席率が上がったほどだった。何だか面白くないと思い、これにはとても苛々した。彼女に軽薄な声をかける者も多かった。そんな時は彼女が害されないかと、心配で聞き耳を立ててしまった。あまりにも無防備な彼女に、やきもきしたりもした。
だが、彼女を目で追ってしまうのはやめられないくせに、自分から声をかける勇気はなかった。
彼女はいつか、王太子の妃になる人だ。もし勘違いして話しかけたら、ジルベルトなんか眼中にないと思い知らされるのではないかと、それが恐ろしかった。
そのまま、しばらくの月日が過ぎていった。