6-5 それぞれの道
ジルベルトは闇夜を歩いていた。
夜は、全く眠れなかった。リーナベルの体温を思い出して、心が悲鳴を上げるのだ。
あの青い瞳が傷付いた色をして、涙を流していた場面を忘れられない。忘れたくもない。
抱き締めたかった。
あのどこもかしこも柔らかくて、良い香りのするほっそりした身体を抱き締めたかった。
「大丈夫だよ」と言ってやりたかった。
あの涙を、自分が拭ってやりたかった。
追い詰めた『標的』に向けて炎を放ち、転移して背後から剣を振り翳した。一閃で屠る。
返り血が、凍てついた美しい顔を汚した。
どうせ眠れないのだから、夜は敵を『間引いて』いた。
黒幕に気取られないように、慎重に。
盗聴される恐れのあるジルベルトは、決して声を発しない。
彼はもうずっと、闇夜を歩いていた。
♦︎♢♦︎
「クラウス様、愛しています」
「僕もだよ、クロエ」
ああ、寒気がする。
触れた場所から、手が凍りついていくようだった。多分、実際に驚くほど冷たい手をしているだろう。
今なら『つくりもの』と言われたって仕方がないと思う。だって、今の自分は本当に人形みたいだ。
クロエはクラウスにべったりだった。
カインのことは、もう良いのだろうか。変わり身がすごいものだ。
クラウスも、ある程度は怪しまれない演技をしなければならない。口付けは許していないが、多少は触れなければ不自然だった。
自分は『演じる』のは得意だ…………今までは、そう思っていた。
だって、こんなに息苦しく、凍え死にそうになるのは初めてだった。
溌剌とした愛しい翡翠の瞳を、すぐにでも見たかった。
彼女の温かい身体を抱き締めて、自分が生きていることを確認したかった。
♦︎♢♦︎
ミレーヌは牢にいた。
彼女は、決して絶望していなかった。
貴賓牢の部屋は狭いが清潔に保たれており、食事もきちんとあった。
意地悪な侍女達は、彼女が死刑になると仄めかしてきたが、気を強く持って彼女たちの顔を覚えた。絶対に忘れるもんか。全てが終わったら一掃してやる。
目覚めると毎日、枕元のデスクに一輪の花が置いてあった。
今日は、「変わらない愛」。
昨日は、「大切なあなた」。
一昨日は、「私のもとへ帰って」。
花言葉は、毎日彼の愛を伝えて来た。
だから、ミレーヌは正気を保っていられたのだ。
誰に頼んで置いているのかわからない。それとも、転移で置いて行っているのだろうか。
それなら、一目で良いから会いたい。けれど、それはできないのだろう。
ぼんやりと、鉄格子の嵌められた窓を見る。
親友が泣いているだろうと思ったら、やはり少しだけ涙を流してしまった。




