6-4 悪役令嬢は奮起する
リーナベルは自分を奮い立たせた。
立ち止まっている暇はない。彼を信じて、助けなければならない。
夜会の招待状は、既に早馬で届けられていた。クラウスは仕事がはやい。ここに何かが仕込まれているのは明らかだ。
急いでランスロットとフェルナンを呼び、ルシフェルに結界を張ってもらった。
ことのあらましを早口で説明する。
ランスロットは優しく気遣うように、リーナベルの肩を叩いた。
「そうか。頑張ったな、リーナ」
「うん……」
フェルナンは心配そうに声をかけた。
「事件から全然寝てないんだろ。顔色やばいけど、休まなくて平気?」
「ん、大丈夫。ジルを助けるって決めたから」
リーナベルが気丈に応えたので、全員頷いた。
早速招待状の分析を始める。リーナベル、ランスロット、フェルナン、ルシフェルの4人で机を囲んだ。
王家の蜜蝋がされた封筒には、クラウスのサインがあった。ペーパーナイフで開封する。一見すると、何の変哲もないただの招待状だ。王宮夜会への招待をする文面。周囲には美しい紋様が縁取られていた。
「普通に考えたら、身体強化をかけろってことだよな」
「かけてみる」
リーナベルが魔術陣を描き、風魔術の付与効果、身体強化を手紙にかけた。しかし……何も起こらない。
「違うわね……」
「燃やすなよって言ってたみたいだけど、逆に燃やせって意味か?」
「兄様、それは最後の手段にしましょう……」
「うーん……僕は、この紋様が怪しいと思う」
「紋様が暗号になってるとか?」
黙って腕を組んでいたルシフェルが、ふと顔を上げて言った。
「リーナベル。ジルベルトは、わざわざ『君』に、嫌味のような言葉でヒントを与えたんだよね?」
「はい、そうです……私には、『強めの身体強化』くらいしか取り柄がないと……」
「あああ、辛いことを思い出させてごめんね……。でも、あの子が悪戯に君を傷つけるとは思えないんだ。『君』じゃなきゃ駄目だと、言外に伝えたかったんじゃないかな」
「私じゃなきゃ駄目な、『強めの身体強化』……あっ!!」
リーナベルはすぐに思い至った。
三次元魔術陣を描き始める。二メートル近くに及ぶ、巨大な青の魔術陣が煌めいた。
発動すると、手紙に光が集約されていく。周囲の紋様の上に、あっという間に数字が無数に浮かび上がった。
「数字が出た!」
「暗号ね」
ビンゴだ。数字を手分けして書き留める。すぐに解析を始めた。
数学はリーナベルの得意分野だ。そんなに複雑な暗号ではなかったので、すぐに規則性を見つけ出した。
「マジュツ、ドクニシコマレタ、ネンワモツイセキトウチョウサレル、センノウエンギチュウ……」
――――つまり。魔術を、毒の中に仕込まれていたと。念話も追跡盗聴されている。今は洗脳された演技をしている、最中だということだ。
「念話も?しかも、追跡して盗聴されてるのか?そんな高度な盗聴魔術、聞いたことないぞ!?」
「毒に魔術を仕込むとは。ジルが気付かなかったとすると、相当に高度な隠蔽も仕込まれていたね。リーナベルの作った魔術感知のリングがなければ、盗聴に気付かなかった恐れもあるねぇ。しかし……隠蔽も盗聴も、そこまで高度な闇魔術は公にされていない。少なくとも、国に登録されている闇属性持ちの術者には、扱えそうにないよ。魔力操作が繊細すぎる……。もし現実にできるとしたら、王太子殿下くらいだろうねぇ」
「で、盗聴されているから、洗脳演技……か。相手が仕掛けてきたことを逆手に取って、敢えて乗っている。洗脳された演技をしてるんだな。クラウスの考えそうなこった……」
ランスロットは呆れている。またしても、クラウスの策に味方までもが翻弄されているではないか。
「続きがあるわ。ダンザイマデニ、トウチョウサレナイ、ソウホウコウネンワコウチク、ジュツシャトクテイノ、マジュツジンコウチク、タノム」
――――断罪イベントまでに、二つの依頼。盗聴されない双方向念話の構築と、術者特定の魔術陣の構築をしろと。
「無茶苦茶だ!」
「盗聴されない双方向念話!これまた随分な無茶を言ってきたねぇ!双方向で会話できる念話自体が、まだまだ未開発だというのに」
「もうひとつは、術者特定の魔術陣……リーナベルが前から着手している、魔術痕の分析だな。相手の魔力特徴を増幅して、特定するやつ……進みはどうなんだ?」
「四次元魔術陣を構築してるんだけど、とても難航していて。でも、今回の件で、絶対に必要になることが確定したわね……」
ランスロットが大きく頷いた。
「黒幕と思われる人物は、高度の技術を持つ闇魔術使いと考えている。じゃないと、不可能なことが多すぎる。今回の盗聴は十中八九、黒幕の仕業だ。逆に考えれば、やっと黒幕の尻尾を掴むチャンスが来たってことだ。奴は今まで、表には一切出てこなかったからな」
「仕掛けられてしまったけど、相手がやっと魔術痕を残した。確かにチャンスね。術者を特定できれば、黒幕をはっきりと突き止められるわ」
つまり、『犯人はお前だ!』がリアルでできるわけである。
DNA鑑定ならぬ、魔術痕鑑定が急がれる。
「そいつは間違いなく王宮夜会に来るから、衆人環視の中で動かぬ証拠を突きつけるしかない」
ランスロットが厳しい表情で続けた。相手は王族かそれに準ずる立場だと、以前クラウスが仄めかしていたのを思い出す。貴族達の衆人環視の中で追い詰めなければ、証拠をまるごと握りつぶされる恐れがあると言うことか。
「これは私が、なんとか頑張るわ。しのごの言ってられないもの」
「頼む。僕はクロエの解呪が、かなりギリギリになりそうなんだ……」
「フェルナンはそっちに集中しなさい。クロエの証言は、絶対に重要になるはずだよ」
「はい、先生」
「盗聴されない双方向念話はどうしますか……?三人で手分けしましょうか」
「私が担当するよ。闇魔術が使える人間の方が構築しやすいだろうからねぇ」
リーナベルとフェルナンは驚いた。ルシフェルは多忙で高名な研究者なのだ。今までも沢山助けてもらってはいたが、まさか丸ごとお願いできるとは思わなかった。
「私にも、今回の件は思うところがあってねぇ……。それに、息子同然のジルを見捨てるわけにはいかないからね」
「確かにジルの奴、このまま演技を続けていたら……誰よりも真っ先に、参りそうですよね」
「それは言えてる。リーナを突き放すなんて。もう既に、すごい病んでるだろ……あいつ」
ジルベルトが散々な言われようだ。でも、確かに演技をするジルベルトはとても辛そうに見えた。リーナベルだって辛い。
「先生、お願いできますか?」
「可愛い弟子のためだ。頑張るよ」
話はまとまった。それぞれの分担作業に取り掛かるため、解散する。
フェルナンとルシフェルは、リーナベルの肩をポンと叩いて去って行った。二人とも心配そうに見てくれていたので、心が痛んだ。
けれど、味方になってくれる人が沢山いて、良かったとしみじみ思う。
リーナベルは研究所に残ろうとしたが、ランスロットが「まず休め」と言って馬車で送った。ずっと頭を撫でられていて、なんだか懐かしかった。涙がこぼれたのは、子どもの頃を思い出したから。懐かしかったからだと、思いたい。
その後、リーナベルはほとんど寝ずに、術者特定の魔術陣づくりに勤しんだ。極限まで増幅するため、四次元魔術陣の構築が必須である。どうせ眠れないのだから、何かすることがあって良かったくらいだ。
家族や使用人が心配して、代わる代わる休息を取るように言ってきたが、難しかった。
ランスロットは自分も大変なのに、帰宅してはリーナベルの口に食べ物を突っ込んでいく。リーナベルも、青白い兄の口に食べ物を突っ込み返した。
ミレーヌは、泣いていないだろうか。心配で息が苦しくなる。いつも元気な彼女は、後ろ向きになりがちな自分を、いつだって支えてくれていた。
クラウスが正気なら、彼女を無下に扱うはずがない。それを信じるしかないと思った。
一番辛くなるのは、夜だった。
一人で横になると、どうしたってジルベルトの体温を思い出す。いつも抱きしめられて眠っていたからだ。心臓の辺りがずきずきと痛んで、手足先までびりっと震えが走る。そうして涙が勝手に溢れて来る。それはもうどうしようもなかった。
彼とはもう五年以上、一番近くにいたのだ。
彼がいつだって一番にリーナベルを支え、肯定し、勇気づけてくれてくれていたのだと実感する。
会いたくて、恋しくて、辛い戦いの日々が続いた。




