5-2 新チームの結成
その日は、フェルナンの退院の日だった。
長期休暇が終わり、明日から学園が再開するという日。
リーナベル、ジルベルト、クラウス、ミレーヌの4人に加えて、ランスロットも一緒に迎えに来ていた。何とか全員時間を合わせ、一度情報の擦り合わせをすることになったのだ。王太子として超多忙のクラウスまで、しっかりと時間を空けた。シナリオ対策も随分、大がかりなメンバーになったものである。
今日フェルナンの了承を得れば、今後は彼とも一緒に対応することになるだろう。
一つ心配なのは、クロエが姿を現さなかったこと。
フェルナンは、それはもう明らかに気落ちしていた。
クロエから、今日は体調が悪いから来られないと言伝があったのだ。
これまで毎日通って、献身的に看病していたのに。もしかして、無理のしすぎで具合が悪くなったのだろうか。心配だ。
後で男爵家にお見舞いに行きたいと申し出たのだが、断られてしまった。押しかけて負担になっても悪いので、早く回復するのを祈ろうとリーナベルは思った。
「はあ。明日から学園か……僕の長期休暇が消えた……」
「またそんなこと言って。毎日クロエちゃんと一緒にいられて嬉しそうだったじゃない」
「うっ……それは。否定しない……」
リーナベルが痛い所を突くと、フェルナンはぐぬぬと黙った。
フェルナンは、もうすっかりクロエに弱い。仲良しで良いことだ。
そんなフェルナンに、クラウスが声をかけた。
「フェルナン。今回は巻き込んで命を危険に晒してしまい、申し訳なかった……。敵の戦力が僕の想定を上回っていた。見立てが甘かったせいだ」
クラウスが随分しおらしい。彼は何よりもこの謝罪のために、今日時間を空けたのだと思う。王族としては自分の否を認めるべきではないのだが、彼は誠意を見せようとしているのだろう。
なんでも、ミレーヌにきつくお灸を据えられたらしい。婚約破棄すると言われた彼は、それはすごい慌てようだったとか。いつもはクラウスが優位に立っているように見えるが、いざとなるとミレーヌは強いのであった。
「殿下、おやめ下さい。戦うことを選んだのは僕の判断です」
「しかし……」
「いいのです。僕は、自分の大切な人たちを守りたかっただけですから」
「……わかった。協力に心から感謝する。正直君がいなくては、被害がもっと甚大になっていただろう。詳しい事情を説明したいから、時間をくれないかい?」
「是非お願いします」
「僕のことはクラウスと呼んでいいし、楽に話してくれ」
「わかりました」
フェルナンの答えはきっぱりとしていた。
全員で転移し王宮の執務室へ。更に闇魔術で防音の結界を張る。
フェルナンはジルベルトに、「その結界、少し弱い所があるな。あとで陣を見せてくれる?」と気軽に声をかけていた。二人はすっかり打ち解けている。
落ち着いてからクラウスが中心になり、かい摘んで事情を説明した。
前世うんぬんの説明を信じてもらえるか不安だったが、フェルナンは理解が早かった。発想が柔軟な彼らしい。
彼への説明の中には、リーナベルとミレーヌの知らない話も多分に含まれていた。サバイバル戦に向けた隣国の動きなど、自分達は何も知らなかった。ミレーヌはもう怒ってはいないようだったが、クラウスがやや気まずそうだ。
さて、説明が終わった後。一言目で、フェルナンがぼやいた。
「はぁー……ちょっと、リーナベル……。あんたに聞きたいこと、多すぎるんだけど?」
「そ、その点については大変申し訳なく……」
リーナベルは平身低頭した。魔道具作りなど、散々巻き込んでしまっていたので。
「まあ、僕も楽しんでたからいいけどさ……。ああ、それより。クロエにまだ事情を話さないのは賛成だ。……なんか隠しているんだよ、クロエ。それをちゃんと聞き出してからの方がいいと思う」
「やっぱり、そう思う?何か悩んでると思ってたのよ。クロエちゃんが悪いことしてると思ってるわけじゃなくて」
「それは勿論、僕も信じてる。ただ、何かワケがありそうなんだよな。というか……今日の話を聞いて思ったのは、クロエも『前世』の記憶持ちの可能性が高い」
「……やっぱり、そうなの?心当たりがあった?」
「時々、驚くような視点や発想を持っていることがあった。薄々違和感は感じてた……なんて言うか、あんたと議論してる時に近い感覚だ」
「なるほど……」
リーナベルは唸った。なんちゃって中世ヨーロッパ風であるとは言え、前世の世界とこの世界は根本的に文化が異なる。前世の科学などの知識は、特に異質に感じられるのだろう。
「くそ、クロエが自分から話してくれるまで待とうと思って、様子を見てたんだよな…。でも、これは無理にでも聞き出した方がいいな」
「そうね」
フェルナンは、そこでクラウスに向き直った。
「クラウス様。僕はクロエが心配です。彼女は今も危険に晒されているのですか?」
「いや、大丈夫だよ。入学後からは秘密裏に護衛の騎士をつけている。まあ、当初は彼女自身に悪意がある可能性を想定していたんだけどね……」
「そうなのですね。では、今は違う可能性を想定しているんですか?」
「この数ヶ月、彼女自身からは悪意を全く感じなかった。しかし、ランスロットの調べで、男爵家に引き取られる前からクロエに接触していた者の存在が明らかになったんだ。その人物に悪意があって、クロエに何らかの脅しをかけている可能性を考えている。オーレリア・ルーヴロワだ」
「は?オーレリア様が!?」
筆頭公爵家の娘の名前に、フェルナンが驚いた声を出す。
大物が出てきたので、リーナベル達もぎょっとした。
「まさか……。ジルが言ってた、クロエちゃん周辺の怪しい動きってそのこと?もしかして、兄様が調べたの?」
「そうだぞぉ、お兄ちゃんを褒めろ!昔に遡って裏を取るの、すごい苦労したんだからな?接触があったのは、クロエが十一歳の頃からだよ。金銭的援助などをおこなった形跡があったんだ」
「え……?不自然だわ。当時はオーレリア様だって幼かったでしょう?そんなことをして何のメリットが……?」
リーナベルの疑問には、クラウスが答える。
「その通り。だからこそ、キナ臭いんだ。まずは、援助などを盾に何らかの要求をしてきた可能性がある。さらに、裏で指示を出した人物がいる可能性が高い。まだそいつの尻尾は掴めていないけれどね。ただ、色々な状況証拠からして、王宮に出入りのある人物だと思われるよ」
「ことが大きすぎるわ……」
「……向こうの目的は、『前世』の知識でしょうか?」
フェルナンが厳しい表情で尋ねた。十分あり得る話だ。
「その可能性は高い。前世の記憶自体に価値がある。しかも、もしシナリオの知識があれば……それは未来視に近い。僕としては……『シナリオ』の出来事が早められたことと関連していると見ている」
「クロエが……利用されていたと?」
「そうだ」
「……最近の、オーレリア様の動向は?」
「入学後からは接触が確認されていないんだよ。こちらの動きを警戒している可能性があるね。まあ、さすがに男爵家内までは介入できていないけれど……彼女がベルナール家を訪れた形跡はなかったよ」
「ひとまず、直接接触していないなら安心ですが。いや、待てよ……例えば、転移などで直に接触される可能性は?」
「実は、闇に適性のある者はもともと警戒していて、見張りを付けていたんだ。少なくとも僕たちの入学後に、彼女と接触した者はいなかった。サバイバル戦の密入国者も含めてね」
「そうですか……。ジルベルトは、どう考える?闇魔術を頻繁に使用する者としての、見解が聞きたいんだけど」
「転移のような魔術は闇属性以外に存在しない。想定外があるとすれば……闇への適性を隠している――――つまり、属性登録を詐称しているという、相当レアなケースだけだな」
フェルナンにジルベルトが答えた。
魔術の適性を調べるのは、貴族の義務だ。五歳を迎えると、衆人環視のもとで適性を調べられ、国に登録される。どんなに高位な貴族でも、まず詐称することはできない。
例外があるとすれば、ジルベルトの師のルシフェルのようなパターンだろうか。彼は平民出身なのにレア属性を持つ、非常に珍しいケースだ。
「そこまでは、さすがに想定しなくて良いか。ありがとう。……とにかく、僕が本人に直接話を聞きます。今日はベルナール男爵に訪問を断られてしまったので、明日になりますが」
「そうしてくれるとありがたい。こちらはランスロットがクロエに探りを入れていたんだが、なしのつぶてでね……」
「……えっ。まさかとは思いますけど。そ、そのために……ランスロット様は、クロエに……」
「そうだよ。そんで、俺はクロエに全然心を開いてもらえなかったから、安心していいぞー!」
「はあぁ!?今まで僕が、ランスロット様の存在にどれだけ怯えていたと……!それに!もしクロエがランスロット様を本気で好きになったら、どう責任を取るつもりだったんですか!?」
「いやぁ、まあ、そうならなかったから。良かったな!」
ランスロットはカラカラ笑っている。フェルナンは納得のいかない顔だ。リーナベルも気持ちはわかる。
「実はクロエへの対応をどうするか、こっちも困ってたんだよな。あの子を助けようと思って、下手に接触して警戒されても困るしさぁ。彼女の信頼を一番得ているお前が担当してくれるなら、一番安心だぜ」
「……わかり、ました。そこは任せてください。ランスロット様」
「許せよ、フェルナン。俺はこれから最終手段を使って、オーレリアにさらに接近する。あの女の背後を徹底的に洗ってやる。まあ正直、アレに近づくとか……ほんと最悪だけどな」
ランスロットの言葉に、リーナベルが動揺した。
「ちょっと兄様?……まさか、婚約を受けるとか言うんじゃないでしょうね!?」
「そのまさかだけど?」
ランスロットが軽く答えたので、リーナベルは兄に縋りついた。
「ダメよ!そんなに自分を犠牲にしてどうするの!?筆頭公爵家と婚約を結んでしまったら、こちらからは破棄なんてできないわよ!」
「彼女の罪を明らかにすれば解決する。これは俺の仕事だ」
「兄様……。セレスティナ様が、泣くわよ……?」
「…………」
ランスロットが苦虫を噛み潰したような顔をしている。
この兄が婚約話をかわし続けていたのは、やはり彼女を泣かせたくないからなのだろう。
当でちゃらんぽらんな兄だけど、本当は愛情深い人だ。幸せになって欲しいのに、どうして。
リーナベルは涙ぐんだ。
「とにかく、全部解決すりゃいいんだよ、心配すんな?」
ランスロットがリーナベルの頭をポンと叩いた。フェルナンも続ける。
「リーナベル、大丈夫だ。僕は必ずクロエを助けたいから、何でもする。絶対にオーレリア様の罪を暴いてやるから」
「フェルナン……。わかった……。私も、何でもする」
「……それにさ。『シナリオ』通りになったら、あんた……断罪されるんでしょ?友達だから、一応?それの回避も助けてあげるよ」
「リーナのことは、俺が助けるからいい」
フェルナンが少しデレた途端、ジルベルトが横やりを入れてきた。
「ジルベルト、あんたね。あんまり執着しすぎると嫌われるよ?」
「……っ。うるさい。余計なお世話だ」
「あんたのことも一応友達だと思ってるんだから、助けさせてよ?」
「そ、そうか……それは、ありがとう」
フェルナンは、完全にジルベルトを揶揄って遊んでいる。
「何だか仲良しになりすぎね。ジルを取られたようで妬けるわ」
「その心配は全く必要ないよ、リーナ」
「ちょっと、気持ち悪いこと言わないでくれる?」
リーナベルがふざけると、二人がそう返してきて、緊張していた場が少しなごんだ。
「よし、明日から、シナリオ対策・新チーム始動ね!」
「よろしく」
その後いくつか情報共有をし、クラウスの時間がなくなったため、その日はお開きとなった。
――――まさかその翌日から、状況が大きく変わるとは。
この時は誰も、想像もしていなかったのだった。




