4-13 ジルベルトへのご褒美
あの事件の後、ジルベルトは一週間、治癒院に入院していた。
本人は、三日目には元気だからもう帰ると言ったが、医師が許さなかったのである。肋骨三本と内臓を大きくやられていたのだから、当たり前だ。魔術で戻したとはいえ、ダメージは残るのである。
放っておくと、身体が鈍ると言ってすぐに動き出そうとするので、リーナベルがずっと看病兼見張りをしていた。こういう時の彼は、リーナベルの言うことしか聞かないのである。ジルベルトの両親は、息子がもう手に負えないと呆れ返っていた。
そうして一週間の静養ののち、やっと医師のお許しが出たのだった。
フェルナンは、クロエの光魔術とミレーヌの治療により、一ヶ月程度の入院で済みそうだった。
引き続き、クロエが付きっきりで看病している。彼女の献身に心打たれ、フェルナンはさらに愛情を深めたようだった。どうやら二人は、想いを伝えあったらしい。明らかに距離が近くなっていた。今度詳しく話を聞きたいと思っている。
さて、今日はジルベルトの退院の日である。ジルベルトの家族と一緒に彼を病院に迎えに行き、リーナベルが家まで送った。
そして夜、湯浴みを済ませて自室ですっかり寝る準備をした後、いそいそとピアスに「会いたい」と合図を送る。ジルベルトもまた、待ちかねていたかのようにささっとリーナベルを攫って行った。
久しぶりのお泊まりである。
ちなみに、このお泊まりはもう、両家の暗黙の了解となっていた。
本来なら、婚前に毎日のように泊まるなど褒められたことではない。だが、互いに恩人である二人は、両家において実質結婚しているかのように扱われていた。
そもそもこの国は、婚約者同士の婚前交渉には甘い。いや、二人はまだそんな関係ではないが。
さらに、オルレアン家は武人気質でサバサバ、ノワイエ家は子煩悩でロマンチスト。両家ともにちょっと変わっていた。さっくり「いいんじゃないか?」「仲良しね」で済ませてしまったのだった。……それでいいのか?
とにかくそんなわけで、お泊まり再開なのである。久しぶりに、ゆっくりと一緒にいられるのだ。リーナベルはジルベルトに寄り添って、ホッとしていた。
しかし、寝る前に一緒にお茶をいただいて一息ついたところで、ジルベルトがおもむろに切り出した。
「……ところでリーナ。俺は、リーナの『浮気』のことを、まだ許していないからね?」
リーナベルは、ぽかんと口を開けて固まった。
……浮気。うわき。うわき……?
「え!?もしかして……フェルナンとのアレ!?」
「勿論」
「あ、あれは事故だってば!!フェルナンがクロエを好きなのは、よくわかったでしょう!?」
「それはわかったよ。君達が、そういうのじゃないことも……頭ではわかってるよ」
「そ、そうよね?それにジル、フェルナンとは和解したじゃないの……」
あの事件以降、ジルベルトとフェルナンの関係は目に見えて良くなっていた。いがみ合うのを止めて、力を認め合う友人になったのだ。
「うん、彼は命の恩人だからね。実力も認めている。でも、リーナと仲良くしすぎるのは話が別だ。そもそも彼と頻繁に交流し始めた時から、俺はずっと愉快ではなかった。……もちろん、リーナの交友関係を制限する気はない。彼と友人でいるのを止めろとは言わないよ」
「そ、そうよね!?」
「でも……面白くはない」
「うう……じゃ、じゃあ、どうしたら許してくれるの……?」
「あのね、リーナ。俺はご褒美が欲しい」
「ご褒美?」
「今回、俺はリーナを守るためにすごく頑張った。それはもう。それに、フェルナンとの交流も是非続けて欲しい。その代わり、ご褒美を頂戴?」
――確かに。
今回のサバイバル戦、ジルベルトはそれはもう、ものすごく頑張っていた。クラウスからも話を聞いている。
ぼっち……もとい一人班で他班を制圧しつつ、敵を探り、牽制して、F班を守っていたという。完全なマルチタスクだ。……遭遇した時に、『魔王』とか思ってしまったのは、絶対に内緒だ。
それに、フェルナンとの交流は得るものが多いし、彼はリーナベルにとって大切な友人である。それを止める気は全くない。
ただ、婚約者としてそれを面白くないと思う気持ちだって、リーナベルには理解できた。反対の立場だったらきっと、リーナベルだっていじけている。
「……わかったわ。それで、どうすればご褒美になるの?欲しいものがある?ジルが望むなら、何でもする」
「本当に?何でもする?」
「本当よ」
「じゃあ、」
ジルベルトは綺麗な笑顔を作った。薄い唇が美しい弧を描いている。
「リーナと次のステップに進みたいんだ」
♦︎♢♦︎
リーナベルを愛でる時、ジルベルトのやり方はいつも決まっている。
ゆっくり、時間をかけて、丁寧にキスをする。
丁寧に、丁寧に。
「ん…………んぅ…………」
「リーナ……。今から深いキスをするよ」
「うん……?」
リーナベルはキスでぼんやりとしながら答えた。キスに種類があることは、何となく知っている。
「口、開けて」
「ん…………」
「上手」
リーナベルがぱかりと口を開けると、ジルベルトは妖艶に微笑んで、ぬるりと舌を差し込んできた。びっくりとしたリーナベルが体を引こうとするが、大きな手に頭をしっかりと押さえられ、逃げることは叶わない。
ジルベルトの厚い舌はゆっくりとリーナベルの歯列を這い、確かめるようになぞった。
「ふぅ…………っ」
自分でも信じられないほどの甘やかな吐息が漏れ出て、リーナベルは混乱する。次いでジルベルトはリーナベルの薄い舌を引き出し、自分のものと絡ませた。
「ん…………ふ………………っ」
「リーナ…………」
すりすりと舌で愛撫されると、信じられないほど気持ちが良い。更に甘い責め苦は、それで終わらなかった。ジルベルトが自分の魔力を流し始めたのだ。
「んぅ…………っ!!!」
瞬時に、びりびりとした快楽がリーナベルの全身を襲った。細胞が粟立つのを感じる。粘膜から直接流される甘美な魔力に、全身が歓喜しているのがわかった。
「ん…………んぅっ…………ふ」
「リーナ…………気持ちいい?」
「気持ち、良い…………」
リーナベルの顔は蕩け、その青い目は潤みきっていた。ジルベルトは愛おしげにリーナベルの頬を撫で、キスを打ち切った。たったそれだけで、リーナベルは途方もない喪失感に襲われてしまう。
「はあ、可愛かった。……ご褒美、確かにもらったよ。ありがとう、リーナ」
「ん…………」
「…………そんなに可愛い顔されたら、またしたくなっちゃうな」
「もう、しないの……?」
魔力で陶酔したリーナベルがこてんと首を傾げると、ジルベルトは食らいつくように再び口付けた。
二人はそうしてしばらく口付けた後、お互い抱き締めあって眠ったのだった。




