4-10 ツンデレ少年の事情(※フェルナンサイド)
フェルナン・ルフェーブルは、『ルフェーブル家の落ちこぼれ』と言われながら育った。
ルフェーブル家は、古から続く魔術を極める一族。
伝統と格式を重んじ、優れた魔術師を輩出してきた歴史ある一族であった。
かの家には、強固に根付いた思想があった。
それは「光」と「闇」属性への絶対信仰である。
魔術師はそれらのレア属性を持っていてこそ、初めて魔術を極められるとされていた。
もともと、伝統と格式を重んじる魔術師達には、その信仰を持つ者が多かった。そして、ルフェーブル家では特にそれが顕著だったのだ。
フェルナンは、レア属性を持っていないと判明した途端、家族に冷遇されるようになった。
闇属性への適性持ちは国内でも数えるほどしかいないが、光属性への適性持ちはある程度の人数がいる。
ルフェーブル家では、レア属性を持つ子供が生まれやすいとされる婚姻を繰り返していた。だから、それを持っていない者の方が珍しかったくらいだ。
父も、母も、兄も、光属性への適性を持っていた。
さらに、フェルナンの二歳下の弟は、特に珍しいとされる闇属性への適性を持っていたのである。
フェルナンは、まるでそこにいない者のように扱われるようになった。
家族全員一緒の食事も、彼だけ別。教育も最低限、貴族として見栄えのする分しか施されなかった。
幼い彼は家族に振り向いてほしくて、認められたくて、必死に魔術を勉強した。
彼の家には、魔術書だけは沢山あった。だから彼はほとんど独学で、魔術を身に付けたのである。
彼には本来、突出した才能があった。
柔軟な発想力と稀有な創造力により、全く新しい魔術を生み出す才能だ。
しかし、彼のその才能は、ルフェーブル家ではかえって疎まれた。
斬新な発想は、伝統と格式を破壊するもの。
「この恥知らずが」と、罵られることすらあったのだ。
フェルナンは更に家族に疎まれるようになり、年頃になっても婚約者の選定すらされなかった。
家に居場所のないフェルナンは、魔術研究所に出入りするようになった。
ルフェーブル家と関わりのあるルシフェルが心配し、声をかけてくれたのである。
研究所では、フェルナンの才能は嫌悪されなかった。
彼はすっかり自信を喪失したまま、そこに入り浸るようになった。
家にはもう、全く居場所がなかったのだ。
鬱屈とした日々を過ごすフェルナンは、ある日ジルベルト・オルレアンという存在を知った。
衝撃だった。
公爵家嫡男。五属性への適性。その上さらに、闇属性への適性所有。
フェルナンにない物を――欲しくて堪らないものを――彼は全て、持っていた。
それなのに、彼は魔術だけを極めず、騎士団に入って剣の腕を磨いているのだ。
しかも彼には、フェルナンの尊敬するルシフェルが師としてつき、毎日付きっきりで指導をしていた。フェルナンにはなかなか時間を割いてもらえないと言うのに、だ。
フェルナンは、ジルベルトを羨んだ。
彼を憎いとさえ思った。
試しに煽るように話しかけてみても、ぴくりとも動かない表情と慇懃無礼な敬語で、相手にもされない。
フェルナンは、彼が大嫌いになった。
そうこうするうちに、彼の唯一の居場所である魔術研究所へ、ある新参者が出入りするようになった。
リーナベル・ノワイエという女性だ。なんと彼女は、かのジルベルト・オルレアンの婚約者であった。
しかも、彼女は風属性にしか適性がないという。貴族でも恥とされる、たった一属性である。
それなのに彼女は、偉大なルシフェルを師とし、研究者たちからも一目置かれていた。
フェルナンは彼女に、自分の居場所をすっかり奪われたように感じた。
――気に入らない。
気に入らない……。
あのジルベルト・オルレアンがその権力で彼女を優遇しているのだと、フェルナンは信じた。
初めから持っている者は、持たざる者から、さらに奪っていくというのかと思い、憎んだ。
ある日フェルナンは、自分に無関心な父に無理に頼み込んで、騎士団と魔術師団の合同訓練に参加させてもらった。ジルベルト本人に、直接文句を言ってやりたかったからだ。
すると意外にも、あのジルベルトが初めて感情らしきものを見せた。激昂してフェルナンを脅し、婚約者を擁護したのである。
フェルナンは驚いた。
一体、彼女は――――リーナベル・ノワイエは、何者だと言うのか?
そこから、彼女の研究内容を少しずつ探るようになった。
彼女の才能は、まさしく非凡であった。
異質。
異端。
それまでの常識を覆すような、魔術陣構築の根本からの改革。
無駄を省かれ、計算し尽くされて、すっかり作り変えられた、美しい魔術陣たちの数々。
フェルナンは、完全に魅せられた。
そのうち彼女が発表した論文も、夢中で読んだ。とても素晴らしいものだった。
闇の魔術のことばかりだったのは、少し気に入らなかったが。些細なことだった。
フェルナンは彼女に、どうにかして話しかけてみたいと思った。
でも、あまり人と関わって来なかったフェルナンには、それはとても難しいことだった。
ようやく叶ったのが、デビュタントから少し経って、彼女が復帰した頃だったのである。
そこから始まった、彼女との研究の日々。
それはもう、楽しかった。
知識と創造のフェルナン。改革と効率化のリーナベル。
二人の力が合わさると、面白いように斬新な魔術が生まれていった。
フェルナンのそれまでの鬱屈とした日常は、すっかり壊れた。
彼女はフェルナンに初めてできた、「友達」であった。
そのリーナベルは、はっきり言って「変な奴」だった。
侯爵家の令嬢であるはずなのに、研究のことを話していると、まるでサバサバした男のようだった。
無駄を嫌い、論理的で建設的な議論を好んだ。
不器用なフェルナンが、彼女を傷つけるような言葉を言ってしまっても、子供か小動物でも見守るかのような微笑ましい瞳をしている。相手にもされず流されるので、楽だった。
フェルナンは彼女を尊敬しながらも、恋愛感情のようなものは微塵も感じなかった。それは向こうも、全く同じであるようだった。
たまに会うジルベルトの、射殺すような視線がとても怖かったが、見ないふりをした。
せっかくできた友達を、楽しい日々を、失いたくなかったのだ。
そうして魔術学園に入ると、さらに新たな出会いがあった。
クロエ・ベルナール。
光への適性を持つ、平民出身の女の子。
彼女はこれまで見たことがないほど、可愛らしい子だった。
輝くラズベリー色の瞳に、柔らかそうなミルクティー色の髪。一目で見惚れた。
しかし、彼女の魅力の心髄はそこではなかった。
平民出身の彼女は魔術の基本的な教育を受けておらず、新しい生活に適応するため、必死に努力していた。
それは泥臭く真っ直ぐで、がむしゃらな努力であった。
ボロボロになるまで使い込まれた、お下がりの魔術の教科書は、見ていて気の毒になるほどだった。書き込みと付箋でいっぱいになったノートも質が悪く、よれていた。
彼女はそれらを使い、無料で利用できる図書館の終了時間ギリギリまで残って、来る日も来る日も予習と復習を繰り返していたのだ。
そしてその後は枯渇ギリギリまで魔力を使って、魔術の練習をするのである。
フェルナンは、自分を恥じた。
自分は確かに家族に冷遇されてきたが、いつでも好きな時に好きなだけ、最新の魔術を学べる環境にいた。
金銭的に困窮したことだってなかった。
劣悪な環境に置かれて苦労してきたクロエとは、何もかも違う。自分は思っていたよりもずっと、恵まれていたのだ。
それなのにフェルナンは腐って、己の才能も信じなかった。彼女のように、がむしゃらに努力したことなんてなかった。
フェルナンは、彼女を眩しいと感じた。
自然と彼女を気にかけるようになり、その度に彼女の優しいところや、真っ直ぐなところを知って、強烈に惹かれた。
そうして転がり落ちるように、その感情を知った。
初恋だった。
フェルナンはいよいよ、自分のコンプレックスを脱却しようとした。
リーナベルとの楽しい研究の日々は、鬱屈とした日々からの現実逃避のようなものであったが、ようやく自分自身に向き合う時が来たのである。
家族に振り向いてもらえなかろうが、何だと言うのだ。
クロエのようになりたい。
他人を妬まず、僻まず。
ただ自分のことを信じて、がむしゃらに努力をしてみたい。
そうしていつか、クロエに相応しい存在になりたいと思った。
初めての友達、リーナベル。
初めて好きになった人、クロエ。
この二人が、敵に狙われているかもしれないと言う。
ジルベルトとクラウスの様子からして、相手が只者でないことは明らかだった。
戦わずに逃げると言う選択肢は、フェルナンにはなかった。
♦︎♢♦︎
「ぐっ……!!こいつら!!」
相殺した魔術の余波に押されて後退しながら、フェルナンはうめいた。
白いローブの二人は、巧みに連携して戦ってきた。
片方は闇魔術使いで、気配遮断と転移を自在に使ってくる。
フェルナンはランスロットの強力な土魔術の補助を受けて、やっと相手取っていた。
先程ちらりとジルベルトを見たが、目で追えないほどの速さで青ローブの男と攻防を繰り広げていた。フェルナンとやり合った時は、あれでいて随分力を抑えていたようだ。
使っている魔術陣は間違いなく、リーナベルの作ったもの。きっと強力すぎて、世間に公表していないのだろう。今のフェルナンには分かった。
援護したくとも、とても間には入れそうになかった。足手まといになるのは分かりきっている。
まずは自分の戦いだ。白ローブを二体、倒さなければいけない。
すぐに描いておいた魔術陣を起動して、空中に氷の槍を無数に生み出す。サバイバル戦では相手を殺すわけにいかないので、小さな刃にしていた。今は全力だ。付与魔術で極限まで強化された槍は、強い殺傷能力を持っている。相手に刺さった後、リーナベルの言う『化学反応』を起こして大爆発させるのだ。
「いけ」
くいと指を折り曲げる。闇魔術を有していない方の白ローブ目掛けて攻撃を集中させ、大爆発を起こした。
「ガアアァッアア!!!」
相手は結界で防ぎきれず、大火傷を負って倒れた。すかさずランスロットが土魔術で拘束する。
「あと一体!」
「ランスロット様!」
「わかってる!」
ランスロットが防御の魔術をかけ直す。相手が転移して真後ろに来た。
回避してすかさず攻撃に転じようとしたその時。
「!?」
思わぬ方向から、攻撃を受けた。
身体が停止したのだ。
(これは青ローブの……光魔術か!!!)
フェルナンは中途半端な体勢のまま固まってしまった。
時間が止まってしまったかのように、身じろぎひとつできないのだ。
実物を見たことはなかったが、心当たりがあった。
書物でしか見たことがない、光属性の魔術。
間違いない――――これは時間を停止させて相手の動きを封じる、光の超高等魔術だ。
(やられる!!)
目を閉じることもできないまま、中途半端に回避した姿勢で相手の剣が振りかざされるのを見た。
全てがスローモーションに見える。
その時。
ランスロットがその軌道に、無理やり入り込んだ。
「ぐぅっ!!!!」
「ランスロット様!!」
身体が再び動き出したフェルナンは叫び、相手に槍を突き刺しながら、暴風を起こして距離を取った。
ランスロットは、肩から腰にかけて深い傷を負っていた。
何と言うことだ。庇われてしまった。
「俺は大丈夫だ!!そいつをやれ!!!」
ランスロットが叫ぶ。フェルナンはハッとして切り替えた。
敵は気配遮断を使ったが、フェルナンの魔力がこもった大きな槍が深く刺さっており、容易に居場所が分かる。
「この野郎!」
そこ目がけて直接大爆発を起こす。水素爆発だ。
ドン!!!!
重い轟音が響く。敵は確実に倒れた。
「ランスロット様!怪我は!?」
「俺はいい!ジルベルトを助けろ!」
「わかりました!!」
先程の超高等魔術、時間停止。
停止時間は四〜五秒といったところか。書物でも読んだことのない長さだった。
この国で該当する魔術を使用する者はいない。あまりに消費が大きく、もしも失敗すれば大きな代償がある。使う側のリスクも非常に高い魔術だ。
しかもジルベルト相手ではなく、こちらに一度飛ばしてきたということは、相手はまだ余力を残しているということ。
――――恐らくもう一度、使用できる。
ジルベルトとて、動きを完全に封じられてはひとたまりもないだろう。
フェルナンはすぐに、戦うジルベルトの元へ向かった。




