4-8 推し、ラスボスになる
「やってくれたな……!!」
「こっちの台詞だ」
悔しそうに唸るフェルナンに、ジルベルトは淡々と返した。今まで聞いたこともないほど、声が冷え切っている。
「……うわっ!!数、すご……!!」
殺気に対する恐怖で固まっていたミレーヌが動きを再開し、ジルベルトのバッジに表示された数字を見て戦慄した。
「ご、ごじゅうよん……!?」
クロエも驚愕する。54。ジルベルトの獲得バッジ数は、確かにそう表示されていた。
一年生は合わせて八十人程しかいない。
つまり、F班が脱落させた以外の生徒は、ほぼ全滅していることになる。
それも、ジルベルト、たった一人によって。
――――完全に魔王。完全に、ラスボスである。
「ちょうど良い。どうせ倒すつもりだった。あんたのメダルも総取りしてやる!!」
「やれるものならやってみろ。お前のことは元々気に入らなかった」
フェルナンが吠え、ジルベルトもそれに応じた。
「「絶対 倒す」」
二人の男の声が重なった瞬間、二人共に大きく移動し、激しい戦いの火蓋が切られた。
フェルナンは瞬時に数多の刃を生み出し、ジルベルトへ一直線に放つ。
それをいとも容易く避けながら、炎の膜で迎撃するジルベルト。
二人の間に、激しい爆発がいくつも起こった。
氷柱がフェルナンに多数襲い掛かり、彼は退避した。すんでのところに落ちた氷柱は地面を大きく抉って、突き刺さっている。
突然煙幕が起こり、中から光の速さでジルベルトが飛び出して、魔術製の剣に派手な炎をまとわせ振り下ろした。
「あぶなっ!!」
「フェルナン様!!」
ミレーヌが水魔術で消そうとするが、炎が強すぎる。
クロエの土壁がなんとかフェルナンを守り、彼は退避した。
リーナベルは全員に身体強化をかけ続けているが、ジルベルトに隙なんて生まれそうにない。
フェルナンが生み出す多種多様な攻撃を、ジルベルトは容易く無効化し、かつ苛烈な攻撃をしかけてきた。
炎が舞い、水飛沫が上がり、風が吹き荒び、土が荒れ狂う。
もはや、二人の戦いには誰も手を出せなかった。
創意工夫して攻撃するフェルナンに対して、ジルベルトは圧倒的な速さと激しさで彼を追い詰めていく。
初めは何とか渡り合っていたが、消耗が激しく、地力のあるジルベルトが優勢だ。
――多分もう、やられる……!!
女性陣が戦慄した瞬間、フェルナンが大きな怒りを含んだ声で叫んだ。
「おい!!!僕と戦ってるときくらい、僕に集中しろよ……!!!さっきから、一体何を相手にしてる!?」
「お前に言う義理はない」
「むっかつくんだよ!!そういうところが、本当さあ……!!!」
二人が再び動き出し、最後の攻防が始まろうとしたその瞬間。
それは、唐突に止められた。
「はい。終わりね」
澄み切った声がして、二人の魔術が真ん中でかき消えたのだ。
――――正確には、闇魔術の結界によって、魔術自体を「転移」させられて、無効化された。
「クラウス!?」
ミレーヌが驚いた声を出す。
澄み切った声の主は、この国の王太子クラウス。透き通る金色の髪が、サラサラと風で靡いていた。
彼が勢い余った二人を、軽く押さえている。あの苛烈な魔術戦を制圧したとは思えない余裕さだ。
「ん。ミレーヌ。助けに来たよ?」
クラウスはジルベルトに剣を渡しながら、こてりと首を傾げて笑っている。
「ジルベルト、お前、熱くなりすぎ。敵の本命が来そうだから、もう退避な〜」
「は?兄様!?」
続いて聞こえた声の主に、リーナベルは仰天した。
それは、この舞台にいるはずのない三年生の兄、ランスロットだったからである。
しかも、兄は眼鏡を外していた。本気モードの兄は、普段かけている伊達眼鏡を外すのである。
隣でクラウスが冷静に話し始めた。
「今は一時的に結界を張ってる。外からここには入れないが、あと五分ほどで恐らく破られる。予定通り、僕は彼女らを連れて転移するね。終わったら念話。負傷しても、すぐ知らせて」
「わかった。ランスロットはどうする?」
「俺も残るわ。敵残り三人、そのうちリーダー格一人。H地点とN地点で騎士たちが足止めしてるけど、相当強いぞ」
「女性陣、サバイバル戦は中止だ。安全なところへ転移するから、集まってね」
「僕と戦いながら、ジルベルト様が他の何かを探ってるのはわかってたけど――――狙いは、うちの班の女性陣なのか?」
フェルナンが、横から会話に入った。
「そうだよ。『本物の敵』が、彼女らのうち誰かを狙ってる。三人のうち誰かはわからない。君はどうする?」
「なら僕も、残って戦う……!!」
「フェルナン様!?大丈夫なんですか!?一体何がどうなって……!?」
突然の状況変化で戸惑い、不安でいっぱいになったクロエが叫んだ。
「僕は大丈夫だから。クロエ、頼むから逃げて」
フェルナンは優しく笑ってみせた。クロエは今にも泣きそうだ。
「とにかく従いましょう」と言ったリーナベルに肩を支えられて、クラウスの横に立った。
「ジル、私の魔術陣が必要になったら、ピアスに連絡して」
「リーナ、大丈夫だよ。必ず守るから」
ジルベルトもまた、力強く笑ってみせた。
リーナベルも不安でいっぱいだ。今回は知らないうちに、どれだけ守られていたのかわからない。本当に、大丈夫なのだろうか。
でも、もう時間がないようだ。
瞬間、向こう側から異質な気配を感じた。
時間切れだ。恐らく結界が破られたのだ。
詳しい情報がわからなくても、『本物の敵』がいるのだと、確かにわかった。
「じゃあ、行くよ!!」
合図と共に景色がかき消えて、続けて何度も空間が捻れるのを感じる。相当遠くに転移しているのを感じた。
ミレーヌは、不安そうにクラウスの服を掴んでいる。リーナベルは、震えるクロエを守るように抱き締めた。
こうして、サバイバル戦は突然中止した。
――――そこからは、本当に命懸けの戦いが始まったのである。




