4-7 ツンデレとチームへっぽこ女子
霧の立ち込める森の中、フェルナンの群青色の癖っ毛が、魔力でふわりと舞っている。猫のような金の目は好戦的に輝き、完全に瞳孔が開いていた。幾多も張り巡らされた金色の魔術陣が小柄な彼の周囲を舞い、とても幻想的だ。まるで一匹の、美しい精霊のようである。
……やっていることは、かなりえげつなかったが。
「うわああああ!!」
「ぎゃあっ!!!!」
「あっははははは!!!」
バン!バン!ババババババン!!
派手な爆発音が響き渡る。
フェルナンの周りには、数百に渡る氷の刃が舞っていた。魔術で強化された刃は鉄よりも硬いものだ。
彼がくいと指を動かすだけで、一度に数十の刃が敵に降り注ぐ。
そして敵に刺さった瞬間、派手に化学反応を起こして爆発するのだ。
しかもこの刃、敵を追尾するのである。複合魔術で体温を感知して、追尾しているらしい。
えげつない。
本当にえげつなかった。
爆発の強度は一応加減しているらしいが、殺る気満々にしか見えない。
「う、うわあああああ!!なんだこいつらっ!!!カモだと思って来たのにっ!!!」
「逃げろ!」
「だめだ足元見ろ!捕まるぞ!!」
クロエの土魔術が敵の足元を泥沼化し、完璧に捕捉した後に硬化する。泥が次々に襲い掛かり、あっという間に身体全体を拘束していく。それと同時に、また刃の集中攻撃が敵に向かった。
「あはははっ!残念だねえ〜!!!」
フェルナンは、ものすごく良い顔で笑っていた。
女の子みたいに可愛い顔なのに、大変凶悪である。
「はい!もーらいっ!!」
ミレーヌが負傷した敵チームの後ろに瞬間移動で回り込み、バッジを次々に奪った。相手の班でバッジを持つ者は、あと一人だ。
「しっ、身体強化を潰せ!ノワイエ嬢を狙え!!あのヤバい身体強化さえなければ、弱体化するはずだ!!」
拘束から何とか抜け出した者たちが、一斉に動いた。
四人に最大出力で強化をかけ続ける、華奢なリーナベル一人へ向けて、炎や水をあやつり集中攻撃をかける。
「そんなこと、俺がさせると思う?」
敵が一斉に襲いかかったリーナベルは――――しかし、その瞬間掻き消えた。
それは、フェルナンが複合魔術で生み出した残像であったのだ。
「何だと!?」
「クロエ!」
「はいっ!」
すかさずクロエが敵を捕捉し、砂の爆弾で目潰しした。
「終わりね!」
瞬間移動したリーナベルが、最後の一人のバッジに触れる。
「取ったわ!」
「やったー!!!」
「うーん、けっこう手間取ったな」
「すごい!すごいわクロエちゃん!!大活躍よ!!」
「クロエちゃん!!!」
リーナベルとミレーヌは、一斉にクロエに駆け寄り抱き着いた。クロエに近づかないようにとの、王太子の再三の注意など、頭からすっかり消え失せている。
この数時間を共に戦って、クロエとはすっかり仲良くなっていた。だって、本当に滅茶苦茶良い子だし。リーナベルとミレーヌは、本当はずっとこうしたかったのである。
「い、いいえっ!私なんて……!!一番すごいのはフェルナン様で……!!」
「そりゃフェルナンはすごいけど!魔術を学び始めたばかりなのに、クロエちゃんの活躍がすごすぎるの!!」
「クロエちゃんすごい!!本当にすごいっ!!」
リーナベルはクロエのふわふわの頭を撫で、ミレーヌはぴょんぴょんと飛び跳ねていた。
「いや、僕も褒めてよ……」
「フェルナン様はすごいです!!こんな複合魔術をいくつも同時に使えるなんて!!さすがです!!あ、あの……かか、かっ、かっこいい、ですっ……」
「い、いやっ、クロエっ!ほ、褒めすぎだから……っ!!」
フェルナンとクロエは、お互い真っ赤である。とても甘酸っぱい。リーナベルとミレーヌはニヤニヤして、その様子を見守っていた。
フェルナンとクロエが想い合っているのは、ハタから見ていて明らかだったのだ。
これぞ青春である。
「な……なんなんだよ、こいつら……!!」
敵チームの、呆然とした声がそこに響いた。
♦︎♢♦︎
ツンデレフェルナンとへっぽこ女子のF班は、快進撃を続けていた。
サバイバル戦の最初は、各チームが転移でランダムに配置される。
遭遇した者達は、迷わずF班と戦うことを選択した。見るからに弱そうな女の子しかいないチームであるため、たくさんの敵が舐めてかかり、自ら寄ってきたのだ。唯一の男子であるフェルナンも、まるで女の子のように可愛い。だからF班の見た目は、まるでカモだったのだ。
しかし、その実態は。
えげつないオリジナル魔術を繰り出し続け、攻守全てを担当する主戦力のフェルナン。
相手を捉え、着実に動きを封じる堅実なクロエ。
ミレーヌが常時発生させる霧で視界は悪く、軽症を負わせてもすぐに回復する。
そして、それら全ての強化を最大効率で行うリーナベルの出力は異常だ。
侮って向かってくる敵を次々と返り討ちにし、彼らの総合獲得バッジ数は既に二十を超えていた。
「フェルナン!そろそろ休憩しましょうよ」
「そうだな。もう三時間以上戦ってる。枯渇も激しいし食事を摂るか。皆、あの大きな木の影に集まって!」
「はい!了解です!」
「わかったわ!」
その時、駆け出そうとしたリーナベルは、崩れて足場の悪くなった地面に足を取られ、思い切り顔面から転びかけた。
「わっ!!」
「危ない!」
瞬間、フェルナンが移動して彼女を支える。
あわてて彼の胸に手をついて、まるで抱き締められるような格好になった。
「ごめん、フェルッ――――」
――――ぞくり。
その瞬間。
それまで感じたこともないような殺気と怖気が、リーナベルを襲った。
「!?」
間に突然巻き起こった突風によって、フェルナンと引き離される。
リーナベルはそのまま、ぽすり、と何かに覆われた。
殺気を放つ、何かに。
「――――――リーナ」
それは、確かに。
リーナベルの、一番大好きな、声だった。
その手はひどく優しく、しかし逃れようのない殺気を漲らせながら、彼女の背中のバッジに触れた。
「――――浮気は、いけないよ?」
爛々とギラつく鋭い琥珀が、リーナベルを捕らえる。
背筋が、凍る。
まるで…………魔王だ。
魔王が、いる。
その時、琥珀の目をした魔王の前に、連続で引火するように火球がボボボッと現れた。彼が瞬時に退避して、距離が開く。
リーナベルは強く手を引っ張られ、更に風で押され、次の瞬間にはフェルナンにまた抱き止められていた。
瞬時に殺気が一段と、息苦しいほど強くなる。
「リーナ…………。こっちに。おいで?」
そこには、壮絶な怒りをたたえた美貌のラスボス――――ジルベルトが、立っていた。




