4-5 恋愛相談とイベント対策
「あのさあ……ちょっと、聞いてくれる?」
「うん?」
フェルナンが、今日も当たり前に隣に座って、リーナベルに話しかけてきた。
あれからさらに季節は過ぎ、八月になった。学園で授業を受けた後、リーナベルは研究所に通い続けている。学園の魔術の授業だけでは、まだまだ基礎なので正直物足りない。
そういうわけで、研究所ではフェルナンと議論したり、共同開発したりするのがお決まりになっていた。どんどん結果を出すので他の研究者たちも面白がり、ここでの二人は既にニコイチ扱いである。
研究所まで送ってくれるジルベルトは、フェルナンに遭遇すると射殺すような視線を送っている。一度きつく脅されているのに、見て見ぬふりができるフェルナンの心臓は相当強いと思う。そしてジルベルトは、しぶしぶリーナベルから離れて、騎士団か執務室に向かうのだった。
「ええと。これは、僕の友達の話なんだけどね……」
「うん」
「あの、気になる子ができたらしくて、その……」
「!!!そ、そうなんだーー!!!」
リーナベルは思い切り棒読みで、大声を出してしまった。
――こ……これは、自分の話を『友達』の話として相談する、良くあるやつでは!?
絶対絶対、クロエの話である。
「ええと、どんな子なの?」
「うん。彼女は……すごい頑張り屋で、環境にも恵まれないのに必死に努力していて、前向きで……」
「良い子なのね〜!」
「そうなんだ。いや、友達の話だけどね?それで、その友達は、これまで自分が恵まれた環境にいたくせに腐ってたことが恥ずかしくなって。自分ももっとがむしゃらに、努力してみようって思えたんだ。周りを僻んでないで、頑張ろうって」
「最高じゃないの!!」
本当に最高である。完全にフェルナンルートが来ている。そしてもう、明らかに友達の話ではなかった。
リーナベルの中のオタクの魂は、最高潮に盛り上がっていた。
「でも、その……彼女は可愛いから。他にも魅力的な男が近くにいて……」
「ほうほう」
「その男は、年上だし、その友達より包容力があって、頭もいいし地位も高い。敵う気がしないんだ……」
恋のライバル。完全に、兄ランスロットのことである。
兄を応援するか、友達のフェルナンを応援するか、リーナベルとしても悩ましいところだ。
まあ正直、兄の本命はやっぱり、別なのでは?と……最近リーナベルは疑っているのだが。
「どうしたら、いいと思う……?」
フェルナンは不安そうだ。あんなに捻くれていた彼が、すっかり初恋に振り回されている。リーナベルは胸がキュンキュンした。
何せ彼女は、元来乙女ゲーム愛好者なのである。ジルベルトルートとクラウスルートにさえ行かないのなら、その恋模様は大いに楽しめてしまうのだ。
「うーん、それは……やっぱり、苦労しているその子に優しくして、親身になってあげるのが一番よ」
「僕には……じゃない、その友達には、包容力なんてないのに……?」
「年上のライバルより、そのお友達の方が、気持ちに寄り添ってあげられることもあるでしょ?」
「うーん……そうなのかな……」
「あとは、その友達の得意分野で格好良いところを見せる!!」
「得意分野……?」
「やっぱり、何と言っても魔術じゃないかな。もうすぐあるじゃない。最高のイベントが」
「ああ、一年対抗のサバイバル戦か」
そうなのだ。このゲーム最初の大きなイベント、一年対抗サバイバル戦まで、もう一ヶ月を切っている。これはハ月の終わり、長期休暇前に行われるイベントだ。一年生がチーム分けされ、背中につけたバッジを奪い合って点数を競い合う。
王族も貴賓として招かれる、まさにビッグなイベント。将来有望な魔術師を引き抜こうと、騎士団や魔術師団に加え、他の民間団体のスカウトも見に来る。見学人があふれ、お祭り騒ぎになるらしい。
フェルナンルートに入っていると、クロエはフェルナンと同じ班になって、イベントが起こるはずである。共闘しながらイチャイチャして、さらに二人が惹かれ合うというわけだ。
「そうそう。サバイバル戦よ!そこでクロエに格好いい所を見せるのよ!!フェルナン!!!」
「だから、友達の話……って!!何で知ってるんだよあんた!?!?」
「あっごめんっっ!!!」
しまった。つい口が滑ってしまった。
フェルナンは、もはや真っ赤になってこちらを睨みつけ、プルプル震えている。かなり可哀想な状態だ。やってしまった。
「ったく……!!!僕の秘密を知ったからには、これからも相談に乗ってもらうからね!!」
「それは、もちろん良いけど。恋敵が兄というのが、何とも微妙な気持ちだわ……」
「そこも把握してるのかよ……っ!ああそう!そうなんだよ!!あんたの兄貴、なんであんなに完璧なわけ?全然敵う気しないんだけど……!」
「完璧とは程遠いと思うけど……。敵に回したくないのはわかる。とにかく、イベントで頑張るのよ!!」
「う……。まあ、確かに一年のサバイバル戦ならランスロット様も不在だし、チャンスだよな……。……ヒント、ありがと」
彼はぶつぶつ言って、早速魔術陣を書き始めた。
サバイバル戦で使えそうな魔術を、頑張って開発するのだろう。
最近の彼は、確かに成長が目覚ましい。前向きに魔術陣の開発に取り組むようになったし、遅くまで魔術書を読み込んだり、凄まじい努力をしている。コンプレックスまみれになっていた昔より、表情も明るい。
なるほど、クロエに影響されて、彼は男の子として成長しているのか。
――これが、恋の力なのね……と、リーナベルはまた母親目線になってしまったのだった。
♦︎♢♦︎
一方、王太子の執務室では、またしても男達が密談していた。
クラウスとランスロットが、ひそひそと言葉を交わす。
「……で、進捗はどうかな?ランスロット」
「いや、あの子からは全く悪意を感じない。魔術も掛けられていない」
「クロエ嬢に対する好意は、芽生えたか?」
「いや〜?それが、全然。普通に可愛いな〜とは思うし、俺の求めてた言葉を言ってくれることもあるんだけど。激しく惹かれるなんてことは、全くないなぁ……」
ランスロットは苦笑した。騙しているようでクロエには悪いと思うが、こちらにも事情があるので仕方がない。
ランスロットはこちら側のスパイとして、クロエに籠絡される演技をしているのである。
「『シナリオ』通りに進めてもそうなのか……。リーナの闇属性マスクが、効いている可能性があるね」
「このマスクがなかったら、魔力の吐息で魅了されて、もう好きになってたってことか?」
「『シナリオ』通りに彼女に接近し続ければ……或いはね?」
「まあ、その可能性はあるかもな……。もしそうだとして、故意に『魅了』をやってるかどうかは、良くわかんねぇけど。……あー、フェルナンに関しては、そういうの全く関係なく、純粋に恋してると思うけどね」
「それは同意するよ」
「あいつもマスクつけてるけど、自然に惹かれ合ってる感じなんだよな〜」
「僕の推測だともう一つ可能性があって。既に意中の人物がいれば、『シナリオ』から外れてクロエに惹かれない……っていう可能性も考えているんだけどね?」
クラウスは少しからかうだけのつもりだったが、ランスロットは一瞬で表情を暗くした。
「おー……実は、この間会ったらさぁ。今にも泣き出しそうな顔で、『お身体をどうか大切に。信じています』って言われたんだ……」
「セレスティナにかい?」
「ああ。全く……なんであの子は、あんなに、俺のことを……。……いや、まあ、俺のことはいい。すまない……」
ランスロットは珍しく真剣に、眉根を寄せている。隣で黙って聞いていたジルベルトが、横から会話に入った。
「ランスロット、謝ることはないと思う。色々片付いたら、ちゃんと姫と話せ」
「おー、ジルベルト、ありがとな」
ジルベルトは、ランスロットが心配だった。スパイとして動いているため、最近は彼に負担がかかりすぎている。
ランスロットはクロエとその周辺を調べるだけでなく、夜会にも頻繁に出入りし、怪しい貴族を割り出していた。
一人で全部抱え込むようなところは、やっぱり妹のリーナベルに似ていると思う。
「正直、セレスティナ様に対する感情は……単なる家族愛みたいなもんなのか、恋愛に発展する可能性のある情なのか、わからないんだけどな?」
「年の差が、あまりにも大きいからな……。そのうち、わかるんじゃないか?」
「まあ、仮に、侯爵家の男が姫様相手に本気になったところで……色々と難しいけどな?」
皮肉げな乾いた笑みを浮かべてから、ランスロットは居住まいを正した。
「……それより。1年対抗サバイバル戦の対策をするぞ。帝国からの密航者がまた確認された。貴族の間で怪しい動きもある。やっぱり、ここで仕掛けてくる可能性は限りなく高い」
「鼠が次々出て来るねぇ。誰かが手引きしているのは明らかだ」
「で、今回の来賓は誰になった?」
「…………アドリアン叔父上だ」
「そうくるか……。まあ、まだ何とも言えないだろ。何の確証もないし。……いや、これ以上は。俺の口からはちょっと、何も言えないな」
「そうだね。オーレリアの動きは?」
「やはり、以前からクロエに接触しているようだ。こっちは確実に怪しい。俺ももう少し……オーレリアに接近してみて、探るわ」
ランスロットは厳しい表情をしている。もしかするとオーレリアからの婚約打診を、利用する必要があるかもしれない。
脳裏に、セレスティナの泣き出しそうな顔が浮かんだ。
胸がつきんと痛むのに、気づかないふりをする。
「……とにかく、サバイバル戦の仕込みはうまくやるから、各自予定通り動くこと。いいね?」
クラウスの言葉に、ランスロットとジルベルトが同時に頷く。
ゲームのシナリオにおける大イベントが、始まろうとしていた。




