4-4 ツンデレと作る神器
「きょうせいりょくたいさく……?そんなこと、本当にできたの?」
ミレーヌが口を開けてぽかんとしている。まあ気持ちはわかる。
「一応、強制力として考えられる可能性を潰しただけなんだけどね。ええと、この魔道具はね……」
リーナベルは続けて話し始めた。
♦︎♢♦︎
時は遡る。入学から四ヶ月ほど前の出来事だ。
リーナベルはその時、「もしも強制力でジルベルトが心変わりすることがあるなら、その原因とは何か?」を毎日考えていた。
リーナベルから見ても、ジルベルトが自分のことを大切にしていることは明らかだった。いや……何というか、はっきり言って、これはいわゆる『溺愛状態』というやつではないのか。この状態から、彼が突然心変わりするイメージは、正直湧かない。
――考えられるとすれば……。
彼女は、一つの可能性に行き着いていた。
「ねえ、フェルナン」
「何」
「相手を『魅了』する魔術って……何が考えられる?」
その時、隣でコーヒーを飲みながら魔術書を読んでいた彼は、勢いよくコーヒーを吹き出した。
「ちょっとあんた……!」
「うわ……飲み物飲んでる時に、ごめん」
「あんた……!これ以上、あの恐ろしい婚約者を魅了する気!?僕が奴から毎回どんな視線を受けてるのか、わかってんの!?」
恐ろしい婚約者とは、紛れもなくジルベルトその人である。フェルナンは彼の絶対零度の視線に怯えながらも、リーナベルとの交流を続けているのだ。
彼は恐怖よりも、知的好奇心と友情を優先させているのだった。
「ち、違うわよ!!私がジルに使うんじゃないの!!」
「……じゃあ、何でそんなこと聞くのさ?」
「そ、その……ジルは人気だから、誰かが、何らかの手段で魅了してくることも、あるかなぁ〜?って……心配で……?」
なんだか非常に薄ぼんやりとした言い訳になってしまった。本音では、怖いのはシナリオの強制力である。しかし、フェルナンはシナリオのことなど知らないのだから、仕方がない。
「はあ……?アレが、今から他の女に惚れるとは思えないけど。そもそもあんた、何であんなに執着されてんの?」
「愛されてると言ってよ!!……と、とにかく。『魅了』の手段について議論したいのよ。私の考えとしては、心属性の魔術なら可能性があると思っているんだけど……」
「まあ……第一に考えられるのはそれだね」
『心属性』。
それは、今では世界で禁忌となっている第七の属性だ。
相手の心に直接作用する属性。そのあまりの危険性から、禁忌となった経緯がある。
拉致事件があってから他国の魔術を調べ続け、昔はそういう魔術が使われていたことを知ったのだ。
かの帝国では、まだ密かに使用されているという噂がある。
ルシフェルに話を聞いたら、「師として、その属性については教えられない。ごめんね」と言われてしまった。とてもスマートな大人の対応だった。
「もう百年以上前から世界中で禁忌になっているから、いま使える人はいないのかしら?」
「いや、調べられていないだけだ。適性のある人間は、今もごく僅かに存在するはず。多分、この国にもいるだろうな。魔術陣さえ習得すれば、相手を洗脳することも不可能ではないんじゃない?まあ、肝心の魔術陣は世界中で廃棄されたことになってるけどね……あるところには、残っているかもよ?」
「成程。そうなのね……」
「家の地下にある禁書で、ちらっと読んだだけだけど。まあ、一度洗脳されてしまったら、解くのはかなり困難だろうと思ったな……」
「ええ……!?それって、どうしたらいいの?魔術の発動時なら、防御できる可能性があるかしら」
「防御までできるかはわからないけど、『魔術をかけられた』ことは感知できるんじゃないか?陣の発動時には、対応した魔力の流れが必ず生まれる。魔術感知の付与魔術をかければいい」
「風属性の身体強化の一種よね。感知する能力を高めるっていう。ジルが仕事で、魔術痕を分析する時によく使ってるわ」
「感知するだけなら、常時型の結界で付与魔法をかけ続ければ可能かもな」
洗脳なんて無敵に思えるが、少しは対策できそうでホッとした。フェルナンの知識と発想は本当にすごい。ゲームではヒロインのお陰で、彼が本来の才能をのびのび発揮できるようになるのだ。攻略対象は基本スペックが高いのである。
一方そのフェルナンは、とても悪い顔をして呟き始めた。
「ねえ……それって応用すればもしかして、闇魔術の盗聴とかも感知できるようになるんじゃない?ちょっと、僕すごくやる気出てきたんだけど。闇属性、便利すぎてほんとムカつくんだよな〜」
フェルナンは、俄然やる気を出して魔術書を漁り始めている。彼の属性コンプレックスは今日も健在だ。
と、そこで彼は思い出したように、ぼそりと呟いた。
「……ああ、そっか。魅了なら、もう一個可能性あるな……」
「えっ!?嘘。何?」
「魔力を直接、相手に流すこと」
「直接?魔術に変換せずに?」
「…………あのさあ。わかれよ……ほら……。あんたも、婚約者の魔力、毎日、毎日……これでもかというくらい、いっぱいつけてるじゃん……」
「!!」
フェルナンが赤くなってもごもご言ったので、リーナベルは意味が分かって真っ赤になった。
確かに、フェルナンを目の敵にして警戒するジルベルトのマーキングは、毎日ややしつこ…………とても、丁寧であった。
「……あ、あれは。確かに。安心感とか、陶酔感とかが出ることもあるわよ、ね……。で、でも、その。あれ……。ね、粘膜接触、じゃないと……流せないじゃない……!」
しどろもどろになりながら答える。
確かに、魅了に近い効果は出るかもしれない。でも、相手と粘膜接触する段階――――つまりキスをする段階に至っているなら、もう既に好き合っているのでは……?
ヒロインが相手を魅了するために使うというには、ちょっと違う気がする。
「いや、吐息に魔力を含ませて、相手を魅了する存在がいたって……文献で読んだことがある」
「吐息に?空気を介して、相手に吸わせるってこと?」
空気感染するウイルスとか、あとは花粉みたいなものか。理系脳のリーナベルは、ロマンチックのカケラもない例えを思い浮かべた。うら若き乙女としては残念思考だ。
「そうだと思う。相手に吸わせて、粘膜に魔力を付着させるんだろうな。そういう力で、多くの者を魅了する巫女がいたって伝承があるんだよ。東の端の、島国の伝説だ」
「東の島国の……巫女……!?」
リーナベルは戦慄した。
――何か……!!何かそれ、めちゃくちゃヒロインに関係ありそうじゃない……!?
東の端の島国って、日本っぽくない……!?
ヒロイン、その巫女の末裔だったり、先祖返りだったりしそうじゃない!?
ゲームの設定資料集にはヒロインの設定詳細は書いていなかったが、裏設定などでありえそうだ。何せ彼女は、既に婚約者のいる高位貴族まで次々と虜にしていくのだから。あまりにも怖すぎる。
「えっ、怖い怖い!魔力を直接流し込まれたら、どうしたらいいの。防ぎようがないじゃない!」
「空間作用の闇魔術結界なら遮断できるんじゃないの?僕は、闇に適性ないから知らないけど」
「……!!そうか、粘膜を介して感染するなら、マスクを作ればいいんだわ……!!つまり、闇結界マスク…………。ちょっと、フェルナン!!!!!」
「何!?」
「貴方、もしかして天才ね!?!?」
「そうだけど?」
フン、とふんぞり返るフェルナン。そして、また二人の魔道具開発の日々が始まった。ジルベルトは相変わらず、毎日背中を丸めていた。
心属性の洗脳魔術に関しては情報が少なすぎるので、ひとまず『魔術をかけられた』ことを感知できるだけの魔道具を作った。これはシンプルなリングである。
主にフェルナンが、ノリノリで作りあげてしまった。闇属性の盗聴など、相手に遠隔でかけられるような、目で見えない魔術もこれで感知できる。これは思わぬ収穫だ。
洗脳自体を防御することはできないが、『洗脳されている』と自覚できるだけで大分違うと思う。
この、『洗脳盗聴ダメ絶対リング』が二つ目の神器。
さらに、粘膜に流される魔力を遮断する魔道具も作った。鼻と口を覆うマスク型の闇結界を張るのだ。シーンに合わせて、オンオフも自在に可能。マスクは目には見えないが、ちゃんと結界が張られる。これはシルバーのピアスにした。
貴族は魔道具としてピアスをよく付けるので、皆ピアス穴は何個かあいている。
これが三つ目の神器、『魔力跳ね除けマスク』である。
♦︎♢♦︎
「……と、いうわけなのよ」
「ねえ、リーナ……。なんでネーミングセンスがドラ○もんなの……?」
「そこはスルーしてよ。あと、どちらかというとキテ○ツを目指してるの!」
ミレーヌにすっかり呆れられてしまった。
名前は分かりやすくて良いと気に入っているのに、フェルナンにもさんざん馬鹿にされていた。
リーナベルがしょぼんとしたところ、ジルベルトがすかさず目線を合わせて、頭を撫でてきた。
「常時結界型の魔道具なんて、すごいことだよ。リーナ、頑張ったね」
「さすがに、消耗は激しいけどね……。毎日、該当する属性の魔力を補充しないといけないの」
「それくらいは問題ないよ。リーナ以外に『魅了』されるなんて、俺はごめんだ。ランスロットの分も、毎日魔力を補充するから、安心して?」
ジルベルトは、相変わらずの美貌で甘く微笑んでいる。
男子学生の制服が抜群に似合っている彼に、リーナベルは改めてぽーっと見惚れてしまった。
彼はボルドーのジャケットに千鳥格子柄のネクタイを締め、下には黒いスラックスを合わせていた。スチルに出てきた美麗な絵のジルベルトよりも、本物の方がずっとずっと格好良い。
リーナベルは初見時に、思わず膝から崩れ落ちてしまったほどだ。推しがあまりにも尊すぎたので。
「……まあ、あいつのことは気に入らないけどね?」
しかしその推しは、まだ少しいじけているようだ。これはまた後で、また頭を撫でて慰めた方がいいなと思う。
さて、話を戻そう。『魅了』という名の強制力に晒されるのは男性陣だと思われたので、クラウスとジルベルトはピアスを合計二種類と、リングをつけることになった。
さらに、ランスロットの分も用意した。クラウスとジルベルトに勧められたのだ。
確かに、身内が妙な術にかけられて籠絡されるなんて嫌なので、兄にも『魅了』対策の二種をプレゼントしたのだった。
ランスロットは「ええ?あいつらと三人でお揃いかよ〜」と苦笑いしつつも、ちゃんとつけてくれた。なんだかんだで、大変妹に甘い兄である。
まあ、魅了とかじゃなくて普通にヒロインに恋をするなら、全然良いんだけれど。なんせ兄は独り身だし、応援するくらいだ。
フェルナンは共同製作者なので、当然自分の分も作って付けている。闇の魔力の補充はルシフェルにやってもらうと言っていた。ルシフェルは興味津々で、ノリノリだったらしい。
「盗聴も感知できるのは有用だね。秘密の話をする時は結界を張っているけど、通常時にぽろっと秘匿事項を話してしまうこともあるだろうからね?ねぇ……ミレーヌ?」
「……なんで私限定なのよ?」
「ミレーヌは、うっかりさんだからね?」
「そんなことないわ!!」
クラウスは、ミレーヌをからかって遊んでいる。先程ヒロインとの出会いイベントを完全に失敗させたので、大変余裕そうである。
――なんだか、思っていたより平和だ。
さて、ひとまずやれるだけの強制力対策はできたと思う。これからどうなるのか。
リーナベルは学園の窓から、ヒロインのクロエを見ていた。彼女はちょうど、フェルナンとの出会いイベントを起こしたところだ。
使い込んでボロボロになった、お下がりの魔術書を落としてしまい、フェルナンに拾ってもらうというイベントだ。
フェルナンの顔が、心なしか……いや、違う。がっつりと赤くなっている。
――人が、恋に落ちる瞬間を見てしまったわ……!
ラッキーなような、友人としてちょっと申し訳ないような。
フェルナンは一歳下だが、特待生扱いで早く入学しているので、クロエと同じ一年生である。
年下生意気ツンデレ枠なのだ。
ゲーム上での断罪イベントは、二年生の後半。社交シーズン最後に行われる、王宮の夜会で起こっていた。
クロエを虐めるつもりは毛頭ないが、現実でも断罪は起こるのだろうか――――?
これからどうなるのかしばらく警戒しながら、リーナベルたちは様子を見ることにしたのだった。




