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4-2 ツンデレと悪役令嬢

 それはデビュタントから、少し経った頃の話である。

 リーナベルは、入学に向けたシナリオ対策として、魔道具を作り始めた。


 完成した魔道具は全部で三つ。

 名付けて『シナリオ対策三種の神器』である。


「それにしてもこれだけの魔道具、よく作ったね。入学前に送られてきた時は驚いたよ」

「リーナの作った物をつけるのは嬉しい。嬉しいが……」


 ジルベルトは、まるで苦虫を噛み潰したような顔をして黙り込んだ。彼がそうなっているのには、ちゃんとした理由がある。

 実はこの三種の神器、なんと、魔術師の攻略対象フェルナンとの共同制作なのだ。そう。かつて、「風しか適性がなくてお可哀想」「ジルベルト様が権力で研究所に婚約者をねじ込んだ」などと難癖をつけ、ジルベルトの地雷を見事に踏み抜いた、あのフェルナンである。

 ジルベルトはリーナベルと彼が交流するのが気に入らず、ずっとこんな感じだ。申し訳ないが、ジルベルトのための研究でもあるので許して欲しい。

 リーナベルは苦笑しながら、回想した。



 ♦︎♢♦︎



 フェルナンとリーナベルの交流は、デビュタントが終わってしばらくしてから開始した。


 あれは、リーナベルの体調が回復して、研究所に復帰した頃のことである。

 彼女はある日研究所で、一人ウンウン唸っていた。一つめの神器、改良型ピアスの魔術陣を作ろうと計算式を捏ね回してしていたのだ。まさにその時である。


 彼女の隣の席に、突然バサリと紙束が置かれた。


「貴女の論文、読みました。面白かったです」


 リーナベルは、大層驚いた。

 真横でいきなり話しかけてきたのは、攻略対象のフェルナンだったから。群青色の癖っ毛に、猫のような金目。こちらに目を合わせていないため、見えるのは横顔だけだが、本当に女の子のように可愛い顔をしている。

 彼がリーナベルに話しかけてくるのは、それが初めてだった。しかも、初めての一言にしては不器用すぎた。

 彼は前を向いたまま、むっつり黙っていた。リーナベルは間の抜けた声を出す。


「はあ……?」

「貴女を貶めてすみませんでした」


 フェルナンは、そう小さく謝罪して、そのまま去っていった。そこに、リーナベルの論文を置いて。――――いや、これをどうしろと言うのか?

 突然の、ツンなんだかデレなんだかわからないムーブに、リーナベルは大いに混乱した。


 その夜、ジルベルトにこの話をしたら、「もう一度脅し直して来る」と怖い笑顔で言い出したので、必死に宥めたものだ。

 フェルナンは多分、非常に不器用な彼なりに歩み寄ろうとしてくれていると思ったのだ。リーナベルは様子を見ることにした。


 それにリーナベルは、できればフェルナンともっと話してみたかった。彼は古から続く、魔術を極める一族の者。リーナベルが持ち得ない魔術の知識や、豊かな発想力がある。自分の適性にコンプレックスを持っている分、魔術属性についても詳しい。

 リーナベルの師、ルシフェルはすごい魔術師だが、自分の興味のある分野とそうでないものがはっきりしているタイプなので、知識に偏りがあった。また、責任ある師として、秘匿事項は話してくれないことも多いのだ。

 フェルナンとは他国の魔術などについて、議論してみたかった。ゲームにおいて、帝国が絡んで魔術の話が一番深掘りされたのは、魔術師のフェルナンルートだったから。



 さて、またあくる日。

 リーナベルには再度、そのチャンスが訪れた。

 隣の席に、フェルナンがおもむろにドカッと座って話しかけてきたのだ。


「……あの。こんなに早く復帰して、体はもう大丈夫なんですか」


 ――おお、心配してくれているわ……!

 これは、デレムーブで間違いないのでは?

 リーナベルは驚きつつも、笑顔で答えた。


「もうすっかり大丈夫よ。ありがとう」

「別に……」


 さすが、生意気でツンデレなキャラクターである。結局、会話がろくに続かないまま去っていった。

 まあ、フェルナンは一歳下であるし。前世も合わせて精神年齢がかなり高めのリーナベルは、その日はお母さんのような微笑ましい目で彼を見送った。



 そして、またあくる日。

 もはや当たり前のようにドカッと隣に座ってきたのは、やはりフェルナンであった。


「…………貴女の論文ですけれど。どうして、闇魔術ばかり研究しているんですか。婚約者のためですか」


 ――あら?会話しようとしているのかしら。

 リーナベルは、不器用フェルナンの頑張りに、ちょっと感動してしまった。彼はなんだか、とても懐きにくい猫のような感じだった。


「別に、ジルだけのためってわけじゃないわ。闇魔術ってレアだから研究が進んでいなくて、改良の余地が大きいじゃない?だから、先に手をつけただけよ」


 本音は、ただただ闇魔術が便利なので。堂々と使えないと不便なので、一足先に公表しただけだったが。

 まあ、嘘はついていない。


「ああ……まあ、それは確かに一理ありますね。検証が進んでいない分野だ」

「でも……例えば、帝国だと闇魔術は別にレアじゃないと聞くけれど。向こうでは、魔術陣の研究はあまりされてないのよね?」


 リーナベルは気になっていたことを、突っ込んで聞いてみた。何となく、今日は会話が続きそうだったので。


「そうですね。闇や光に適性のある魔術師も多いみたいです。ただ、向こうはそもそも魔力量の多い人間が少ないので、研究のレベルが低いんですよ。まあ……魔力量を無理やり増やすような、怪しげな実験は沢山しているみたいですけれど。寿命と引き換えに、魔力を増幅したりね。あまり公にはなっていませんが」


 フェルナンは、やはり他国の情勢にも詳しかった。しかし、寿命と引き換えに魔力を増幅するとは恐ろしい話だ。リーナベルを拉致した魔術師も、その一人なのだろうか。

 一方のフェルナンはそんな話をしながらも、怪訝そうにリーナベルの手元を見ていた。


「…………それより。さっきからそれ……一体、何作ってるんです?」

「ああ、これ?ピアスの魔道具なの。付けている人の魔力の特徴を増幅して……、なんて言ったらいいのかな……目立たせて、その座標を相手に知らせたいのよ」

「ええと……つまり、魔力に色付けというか、目印をつけて、その座標を相手に送るってことですか?面白いな」


 話の理解が非常に早い。相当に頭の回転が速いようだ。フェルナンは急にワクワクした顔になって、ぐっと身を乗りだした。やはり研究者なので、知的好奇心には抗えないようだった。


「でも、魔力特徴の増幅がうまく組み込めなくて……」

「属性は?火属性は試しました?」

「試してないわ。……火属性が良いの?」

「火は増幅、水は抑制、風は促進、土は停止のイメージですね」


 ――おお。目から鱗がいっぱい出た。

 リーナベルはカッと目を見開いて言った。


「すごい!発想が根本から違うのね。どうも、創造力が私には足りなくて……貴方は、新しい魔術を生み出すのが得意だって、ルシフェル先生に聞いたわ」

「得意なのは、否定しませんけど。貴女の得意分野は、どちらかと言うと……効率化とか、出力の上昇ですよね」

「そうそう。無駄を省くとか、数値を高めるとかは得意なんだけれど、私は本当に計算しかできなくて……。ねえ、また行き詰まったら、聞いてもいい?」

「……まあ、べ、別に。いいですけど……?」


 その日を境に、フェルナンとあれこれ議論しながら、ピアスの魔術陣を組む日々が始まった。

 ジルベルトはすっかりいじけて、毎日丸く小さくなっていた。彼には悪いが、正直可愛いと思ってしまった。

 リーナベルは、毎日のように彼の頭を撫でて宥めた。「好きなのはジルだけよ」と何回も唱えたのだ。推しの扱いにも、随分慣れてきたものである。



 そうやって過ごしているうちに、一ヶ月が経ち、現在位置を送信できるピアスが完成した。


「ふぅ。何とかできましたね……『婚約者いつでも監視ピアス』」

「いや、『危機駆けつけますピアス』だから!なんか変態の道具みたいに言わないで!」

「ははっ!ネーミングセンスひどすぎません?」

「…………ねえ、フェルナン。これからも魔術のことで、貴方と色々議論したいのよ。提案なんだけど。もうそろそろ、その慇懃無礼な敬語を止めない?」


 リーナベルは、思い切った提案をしてみた。もう敬語を止めて、もっとざっくばらんな議論をしたかったのである。


「えっ?だって貴女の方が家格が上じゃないですか。年上ですし。一応……」

「一応……って何よ。だいたい貴方、特待生として一年早く学園に入るんでしょう?それなら、来年から同級生だもの。普通に話しましょう」

「……まあ、確かに。わかった。やっぱあんた、変わってるな。男みたいだって言われない?」

「そんなこと初めて言われたわ。ピアス作り、手伝ってくれてありがとう。これからも宜しく」

「……こちらこそ?」


 フェルナンはそっぽを向いていたが、二人は固く握手をした。

 いつの間にか、この二人の間には奇妙な友情が生まれたのだ。

 なんだか青春である。


 こうしてピアスの完成と共に、フェルナンとの交流が本格化したのであった。



 ♦︎♢♦︎



「……そんな経緯で、この素晴らしい魔道具が完成したのか」


 クラウスはご機嫌でピアスを触っている。隣のミレーヌは青くなっていた。


「これで、いつでもミレーヌのところに行けるわけだね?何度か試したんだけど、すごく正確だ。作動すれば、ミレーヌの位置に目印のついた座標が送られて来るんだよね。ほんと最高。これで、僕とジルは婚約者の元に、いつでもひとっ飛びだ」

「ちょっとちょっとちょっとリーナ……!!それってGPSじゃないの!?本当に作るなんて!!何て恐ろしいもの作るのよ……!!」

「いや、まあ、その。一応、身の安全のためだから、許して……」

「先週からクラウスが何度も何度も何度も!突然出現して!私、すごく!すごーく!!怖かったんだからね!?」

「はは、ミレーヌの驚いた顔が可愛くて、乱用しちゃったよ」


 ミレーヌはご立腹だ。確かに、ヤンデレ予備軍とGPSの組み合わせは危険である。

 ちょっと迷ったが、安全第一と思ってクラウスにも渡してしまったのだ。拉致事件もあったことだし。


「しかし、魔力の増幅か……。これ、魔力の痕跡を辿るのにも使用できないか?魔術を使った術者を特定できれば、とても良いんだが」


 ミレーヌの様子を気にせず、マイペースに魔術陣の分析をしているジルベルト。彼は根が真面目で、そして少し天然である。


「それ、確かに応用できそう!ジルはよく、仕事で魔力痕を分析してるわよね」

「そうなんだ。だけど、練度の高い術者ほど、魔力の痕跡を残さない。リーナの言う通り、騎士団で分析をすることが多いけど……術者の特定までは、困難なことがほとんどだ。そして、時間が経てば経つほどそれは難しくなる」

「……それでも、微量の魔力残渣は必ず残っているはずなのよね……。残渣を大幅に増幅すれば、相手の特定もできるかもしれない。術者を特定する魔術陣、着手してみるわ」


 前世で言うところの、DNA鑑定みたいな感じだろうか。キナ臭い動きが多いし、敵を特定するのに役立つかもしれない。時間がかかりそうだが、研究テーマとして頑張ってみようとリーナベルは決めた。

 一方のミレーヌは、いまだ恨みがましい目をしており、リーナベルに泣きついて来た。


「ねぇ、リーナぁ……あとの二つは、一体どんな恐ろしい機能がついてるのよぅ……」

「ああ、あとの二つは怖くないわよ。言わば、強制力対策ね」


 リーナベルは自慢げに微笑んで見せた。

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