4-1 ゲームシナリオのスタート?
王立魔術学園。
この国の貴族を中心に、一定以上の魔力を持つものが入学を義務付けられている学園だ。貴族子女が皆入学するため、国内では屈指の規模と豪華さを誇る場所でもある。
十六歳になったばかりの彼女は、期待と不安の入り混じった顔で学園の建物を見上げていた。
彼女はクロエ・ベルナール。
柔らかそうなミルクティー色の髪は、肩までさらりと流されている。とても印象的な、ラズベリー色の大きな瞳。バラ色の頬に、小さな鼻。その顔のパーツは、完璧なバランスで配置されている。小柄で華奢な、大変に可愛らしい少女である。
真新しい学園の制服は、彼女によく似合っていた。
学園の制服はブレザータイプだ。明るい赤の大きなリボンを結んだシャツに、ボルドーのジャケットを合わせている。ボルドーとダークブラウンのチェック柄のスカートは、膝丈でひらりと揺れて、彼女のすらりとした綺麗な脚を際立たせていた。黒のハイソックスに、ダークブラウンのローファーが可愛らしい。
まさに、彼女は乙女ゲームのヒロインそのものであった。
平民だった彼女は、この国ではかなり稀有な、光属性の魔術に適性があった。平民では大変珍しいことだ。
魔力量は人並みではあったが、その稀少性に目をつけたベルナール男爵に、養子に取られたのである。
そうして、彼女は男爵の援助を受けながら、学園に入学することになった。
ゴクリと唾を飲み込んで、建物に入ろうと一歩踏み出した彼女は――――緊張のあまり体がこわばっていて、その場ですっ転んでしまった。
群衆の中、あまりの恥ずかしさで真っ赤になっていた、その時。とてもの心地よい、透き通った軽やかな声が、彼女に向かって掛けられた。
「大丈夫?痛そうだね」
彼女に声をかけた人物は、透き通るような金の髪に美しい紫の目をした、クラウス・フォン・オーベルニュ。
まさにこの国の王太子、その人であった。
風でぶわりと花びらが舞い散る中での、美しいオープニング。
自然と惹かれ合うように、見つめ合う美男と美女。
ここからいよいよ、ゲームが始まるのだ。
この後、ヒロインであるクロエに手を差し伸べて助け起こした王太子クラウスは、彼女を入学式の会場までエスコートする。
二人の恋が、ここから始まるのだ。
――――始まるはず、だった。
「ちょっと、そこの君」
クラウスはおもむろに、モブ少年Aに声をかけた。
しかもその腕には、自らの溺愛する婚約者をしっかり抱いている。まるで見せつけるかのように。
「彼女が転んだようだから、手助けしてあげてくれるかな」
「はっ!はいっ!喜んで!!」
モブ少年Aは顔を赤くして、大層張り切った。何たって王太子直々のお願いである。
「それじゃあね」
ゲームのメインヒーローであるはずの王太子クラウスは、ヒロインであるクロエを、なんとモブに丸投げして。
華麗にその場を立ち去ったのであった――――。
♦︎♢♦︎
「ちょっと待ってよクラウス!手くらい貸してあげなさいよ!可哀想だったわよ!?」
そのまま連れ帰られたミレーヌは憤慨していた。様子を見守っていたリーナベルも、微妙な顔をしている。
「えぇ?ミレーヌのためだよ?ちゃんとシナリオに抗えるってわかったから、良いでしょう」
「だからって、やりすぎよ。なんで私を侍らせる必要があったわけ!?」
「確かに、転んだ女の子を丸投げして去るのは、ちょっと可哀想だったわ…」
クラウスの行動は溺愛する婚約者のためであったのだが。シナリオを恐れていたはずの女性陣からは不評だった。
「……まあ。あれだけシナリオを変えられたんだから良いだろう。クラウス、何か特別な気持ちは感じたか?」
「全然。なあんにも?」
「俺もだ」
ジルベルトとクラウスは、確かめるように頷き合った。彼らは、婚約者第一優先主義であるので。
「リーナが作ってくれた魔道具のお陰かな?」
クラウスは、自らの耳についた二種類のピアスと、右手中指にはめたリングを示した。
こうして、ゲームのシナリオは上手く始まらず。
クラウスは、出会いイベントを潰し。
ジルベルトは、出会いイベントすら起こさず。
彼らはクロエの学園入学という、ゲームシナリオのスタートを無惨に潰したのであった。




