1-4 兄と騎士団の見学へ
その日の夕食の後、リーナベルは兄ランスロットの自室を訪ねた。兄にお願いしなければならない、たいへん重要なことがあるのだ。
「リーナ?話があるって言うけど、休まなくて大丈夫か?本当に、もう体調はいいのか?」
ランスロットが心配そうに声をかける。人をからかっていない時の兄は、ただの優しい美形インテリ眼鏡だ。
ゲームで攻略すると……一筋縄ではいかない腹黒い一面も見せ、ヒロインをかなり束縛することには目を瞑っておく。あまり身内のそう言う面を知りたくはなかった。
「もう大丈夫よ、兄様。聞きたいことがあって来たの。兄様は、王太子クラウス殿下の側近候補の、ジルベルト様と面識があるのよね?」
「当たり前だろう。俺もあいつも殿下の側近候補だから、いつも一緒に仕事してる。まあ、苦労人仲間だよ」
「じゃあ、ジルベルト様が騎士団の早朝訓練に参加しているスケジュールはわかるの?」
「早朝訓練?それならあいつは毎日必ず参加しているな。ジルベルトはクソ真面目だからなあ〜。誰よりも早く来て一人で訓練して、続けて早朝訓練に参加して、昼間は殿下の側近としての勉強をして……夕方からまた訓練、そして誰よりも遅くまで訓練して帰る……っていう生活を続けてる。……うわ、言葉にすると改めてえげつないな。俺にはとてもじゃないが、真似できねえ……」
兄は、うへえ、とでも言いたげな顔をしている。
一方のリーナベルは、公式ファンブックにも書かれていなかったジルベルトの情報を入手できて正直興奮していた。できればメモを取りながら聞きたいが、ぐっと我慢する。
それにしても――彼はなんて努力家なのだろう。素敵だし尊敬する……。やっぱり私の推しが一番だと、うっとりしながらそう考えた。
推しに対する愛が止まるところを知らないリーナベルである。
「ねえ、もう一つ教えて。騎士団の早朝訓練の見学をすることって可能?」
「許可を取れば可能だよ。騎士目当てで見学に来るご令嬢はわんさかいるしな。まあ早朝訓練はあまり見学者がいないと思うけど。……って、さっきからお前……好きになった奴ってジルベルトなのか?」
「!!!!」
動揺したリーナベルは、真っ赤になって硬直した。さっきから直球な質問ばかりして、腹芸が苦手すぎる自分を呪いたい。しかし、兄にジルベルト目当てだとバレるのは仕方がない。異様に勘が鋭い人であるし、そもそも自分が敵う相手ではないのだ。動揺している場合ではない。
「なぁんだ、そうなのか。それなら普通に婚約を打診すればいいだろうが。家格も問題ないし、向こうにとっても悪い話じゃない。何なら俺がジルベルトを直接紹介してやるけど?」
「いいのっ!兄様は放っておいて!」
「でもあの堅物を惚れさせるなんて、ほぼほぼ不可能だぞ?ああいう朴念仁には直球でいかないとだな……」
「聞いて!違うのよ!!ジルベルト様への気持ちはなんていうか……憧れ!ファン、っていう感じなのよ!ただただ遠くから、見守りたいだけなのよ!!」
「ええ?お前も変な奴だな……。まあ、ジルベルトはまだ婚約者を決めるつもりはないみたいだから、ゆっくりでも問題はないのか」
「え?そ、そうなの……?」
ゲームでは、ジルベルトには婚約者がいた。
ミレーヌ・シャルタン伯爵令嬢。ジルベルトルートの悪役令嬢である。
確かデビュタントの前、十四歳の時に婚約が決まったと、ファンブックに書いてあったはず。今からは少し先の話だから、すぐには決める気がない状態、ということなのだろうか。
ちなみにゲームのジルベルトは、派手で権威主義のミレーヌと折り合いが悪くて不仲だった。ミレーヌはわかりやすく傲慢で気の強い悪役令嬢であり、陰湿なリーナベルとは結構タイプが異なる令嬢だ。正面切って嫌がらせしてくるミレーヌの方が、狡猾なリーナベルよりもよっぽど可愛げがあるなあと、ゲームをしながら考えていたものだ。
ぼんやりジルベルトに想いを馳せてしまったが、大事な話の最中であることを思い出し、リーナベルは姿勢を正した。
「とにかく!私は、遠ーくから彼を見たいだけなのよ。兄様が王宮に出仕するとき、一緒に馬車へ乗せてくれないかしら?時々、早朝訓練を見学したいの」
「それは別に構わないさ。早朝訓練は七時から九時で……俺はちょうど、七時前にはいつも王宮に出仕しているからな。都合がいい。ただし、帰りはちゃんと護衛を連れて馬車で帰るんだぞ?」
「やった!」
「じゃあ明日、早速行くか?俺が同伴すれば、見学許可はすぐに降りるだろうよ」
「明日ね!是非!ありがとう兄様!!」
なんだかんだ言って兄も妹に甘い。リーナベルは心の中で苦笑してしまった。ゲームでは兄妹の仲は微妙だったが、今世のリーナベルはランスロットと仲良しなのだった。
とにかく、明日から早速行けるならありがたい。もう、いつ事故が起こってもおかしくない状態なのだ。訓練場の広さや見渡せる範囲などは、早めに確認しておきたいと思うのだった。
♦︎♢♦︎
その夜、寝る時になって。明日また本物のジルベルトを見られると思ったら、心臓がうるさくどきどきして、眠れなくなってしまった。アイドルのコンサート前日みたいな状態だろうか、とリーナベルは考えた。
しかし目的はあくまで、ジルベルトを助けることである。あまり浮かれている場合ではない、とリーナベルは己に活を入れる。一応、自己防衛のために持たされる土魔術の魔道具は持った。だが、もしも明日すぐに事故が起きたら、これではまず防ぎきれないだろう。この問題についても早急に取り組まねばならない。
結局ほとんど眠れぬまま、すぐに朝はやってきた。なんだか緊張して、服を選ぶのに手間取ってしまった。騎士団の見学に行くのにあまりチャラチャラした格好も良くないだろうし、かといってジルベルトに見られる可能性があるのなら、ほんの少しはお洒落だってしたい。
メイドのメアリーと一緒になって、ああでもないこうでもないと悩んだ結果、水色の清楚で装飾の少ないドレスを着てショールを羽織り、髪はハーフアップにしてもらうことにした。
メアリーは「お嬢様は完璧です!これで落ちない殿方はいません!!」と豪語していた。
いやいや、落とすなんて、滅相もないわ。と、リーナベルは心の中で震えた。
兄は騎士団の鍛錬場まで送る前に、リーナベルの見学許可を取ってくれた。道も覚えたし、これからは馬車を降りて一人で来ても大丈夫だ。行きの馬車は兄に便乗させてもらい、帰りは一人で帰ることになるだろう。
しかし別れ際、お節介な兄は茶々を入れてきた。
「リーナ!恥ずかしがってないで、ちゃんとアピールしろよ!あいつ本当に、本っ当に鈍感だから、行くならグイグイ行った方がいいぞ!」
リーナベルはまた真っ赤になってしまう。全く余計なお世話である。何度でも言うが、ジルベルトに好きになってもらうなんて恐れ多いのだ!!
ぷりぷりしながらも、早速見学席に立つ。早朝だからか、見学者はほとんどいなかった。
鍛錬場を見渡した瞬間、その人はすぐに見つかった。数多の騎士がいても一目でわかった。まるで、彼だけが輝いているみたいに。
高度な魔術を展開しながら剣をふるい、実践形式で訓練をしているジルベルト。
魔術の光が彼を照らし、琥珀色の瞳は闘気で爛々と光っている。彼が動くたび、黒く長い髪が風ではためいていた。長い手足を自在に操る、その剣戟は美しい剣舞のようだった。
生身の彼は、画面で見ていた彼の比じゃないくらい眩しかった。一時も目が離せない。
あんな激しい訓練を毎日して、側近候補としての仕事もして。誰よりも早く来て、誰よりも遅く帰るなんて。原作でも努力家という設定はあったけれど、これは設定なんかじゃない。
彼は生きていて、ここは現実で。彼はこんなに努力している。生まれにも才能にも恵まれているのに、それでも満足せずに。それとも、それらが真面目な彼の重責になっているのだろうか?
リーナベルはジルベルトの姿をひたと見つめ続けた。
彼が確かに、ここに生きていることを実感した。それが心から、嬉しいと思った。
彼を助けたい、その想いがさらに確固たるものとなった。
そのためならどんな無茶でもすると、改めて決意した。
己の中に、確かに恋心が芽生え始めていることには、リーナベルはまだ気が付いてはいなかった。
★こちらも新連載中なので宜しければ!
「赤ずきん、オオカミさんを飼い慣らす。」https://syosetu.com/usernovelmanage/top/ncode/2385944/
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