3-7 怒り狂う獣(※ジルベルトサイド)
大破した壁の前には。
暗闇の中に爛々と二つの琥珀を光らせた――――獣が、いた。
暴走する魔力のうねりによって、その漆黒の髪はゆらりと広がっている。
「おい――――」
その声がした時、リーナベルを押さえつけていた男は本能的に命の恐怖を感じ、退避しようとしたが、
「その 手を 離せ」
ブツ ン!!!
「アガアアァアアッ!!!アアア!!!」
手遅れだった。その瞬間には、男の両腕はすっぱりと切り落とされていたのだ。
「うわあああ!」
「敵襲だ!!」
他の犯人たちも動き出したが、瞬く間に土魔術で拘束されていく。
「グッ……アアァアア!!」
締め上げられる男たちの悲鳴の中で、ジルベルトはリーナベルを支え起こす。すぐに手足の拘束を切断して解いた。
白雪の肌が赤くミミズ腫れになっている。あまりにも痛々しかった。
「リーナ…遅くなってすまない……!」
「ジル…ッ!!ジル、ジル…ッ!」
リーナベルは彼に縋り付いた。
泣きじゃくる彼女は大きく震えている。
彼女の美しい頬には打った傷があり、青くなっていた。しかも、ドレスと下着の前面は裂かれ、肌が露出している。何をされようとしていたのかは明らかだ。
ジルベルトの頭にかつてないほど血が昇る。怒りで気が狂いそうだ。
すぐにマントでリーナベルの身体を包み隠した。
そのまま獣のように叫ぶ。
「――――殺して、やる……!!!!」
暴力的な魔力と、鋭い殺気が漲る。
リーナベルまでそれに当てられて、本能的な恐怖からカタカタと震え出した。
ジルベルトの足元から、バキバキと破壊音がした。
部屋が、船が壊れていく。
ジルベルトが、まるで、『死』そのものになる……
その、瞬間。
「――――いい加減にしろ!ジル!!」
走り寄ってきた人物が、ジルベルトの頭をはたいた。
それはなんと、王太子であるクラウスだった。
「邪魔をするな!!!全員殺してやる!!!!」
「リーナが怯えてるだろうが!!!」
ジルベルトははっとして、ようやく正気を取り戻した。腕の中のリーナベルは、完全に彼の殺気に当てられていたのだ。
「リーナ……!ごめん……っ!!」
「お前はまず彼女を保護しろ!!それが第一優先だろうが!?」
「そうだな、確かにそうだ……っ!」
二人が話す間に何人かの騎士たちが雪崩込み、犯人達を拘束し、魔術を封じていく。
「捕らえて必ず情報を吐かせるから、俺たちに任せろ!」
騎士の一人が大声をあげた。
「すまない、恩に着る……!クラウス、悪かった。叱りは後でいくらでも受ける」
「今はいいから、リーナを連れて行け!」
「ありがとう」
リーナベルを抱きかかえる。
彼女は震えながらも、しがみついてきた。
生きて、いる。
きちんと、間に合わなかったけれど。
彼女を、酷い目にあわせてしまったけれど。
彼女はあたたかかった。
「リーナ……ごめん。いったん俺の部屋に転移するよ。良い?」
リーナベルは黙り込んだまま、コクリと頷いた。声すらうまく出せないようだ。
リーナベルの手首につけられていた魔術陣封じの魔道具を、壊して外す。
魔術陣を発動する。
リーナベルの家に戻るのが本来は良いだろうが、ジルベルトは自分の部屋でリーナベルの様子を確認したかった。
ひどい目にあって、弱っている彼女を誰にも見せたくなかった。
二人での転移を何度も繰り返し、ようやくジルベルトの部屋に到着した。
リーナベルが拉致されてから、既に3時間が経った後のことだった。




