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3-5 苦悩と焦燥(※ジルベルトサイド)

ジルベルトサイドです。

 今日はリーナベルの晴れの日、デビュタントだった。


 しかし、ここ最近のジルベルトはずっと苦悩していた。

 ――――婚約者が、あまりに美しくなっていくので。


 ランスロットあたりに言えば「惚気るな」と小突かれそうな台詞だが、ジルベルトは大真面目だった。


 リーナベルはもともと美しい少女だったが、ここ一年ほどの彼女の成長は目を見張るものがあったのだ。


 年頃になって、蕾が大輪の花を咲かせるように――――彼女は瞬く間に女性らしく、美しく変化していった。

 少女めいていた身体のラインが大人の女性のかたちへと変化する、まさにその瞬間が始まったのだ。ずっと共に過ごしていたジルベルトでさえ、はっとするような艶やかさを纏い始めた。


 リーナベルにしてみれば、べったりではあったが――――彼は彼なりに、必死に一定のラインを引いて保ち続けていた。しかしその自制心はもう風前の灯火で、少しでも気を抜けば瞬時に吹き飛んでしまいそうになっていた。


 この国では、処女性はそこまで重視されていない。体液の魔力残渣で、痕跡がすぐにバレてしまうからだ。

 経口の避妊薬もあるため、婚約者同士の婚前交渉は口煩く言われることはない。むしろ、魔力相性が悪いと体調に悪影響する場合もあるので、婚前にしっかりと相性を確かめる方が良いとされているほどだ。

 ――――つまり、既に成人を迎えたジルベルトを踏みとどまらせる理由は、「リーナベルに愛情を証明するため」という意地、ただ一点しかなかったのである。


 最近は、彼女に近づいてその香りをかいだり、彼女に触れてその柔らかさを感じたりすると、自分でも気持ちを抑えられなくなっていた。

 彼女にもっと触れたい。もっと色々な表情が見たい。自分のものにしたい。欲望はどこまでも膨れ上がる。


 それでも、ジルベルトは負けるわけにはいかなかった。

 『シナリオ』が始まって『ヒロイン』が現れても、ゲームの『断罪』の時が訪れても…………自分の心が揺らがないと、証明したかった。

 そうして、リーナベルに心から安心して欲しかった。

 いつか彼女にはっきりと、「好きだ」と言われたかった。

 思いを通じ合わせた上で、リーナベルと結ばれたかった。

 自分の身勝手な欲を知られて、嫌われたくなかった。


 だから、逃げるように彼女に会う頻度を下げてしまった。生きる目的を失ったように辛かったが、他にどうしようもなかった。そして以前のように近付いたり、触れたりできなくなったのだ。

 ――――それがリーナベルをどれだけ追い詰めているか、気付けるほどの余裕が、今の彼にはなかった。


 彼は基本的に人付き合いが上手いタイプでもなく、経験豊富でもない。今までただ彼女が好きだという気持ちだけで、優しく接することができていただけなのである。彼女のためだと信じてしまえば、それを極端に実行してしまったのだ。ストイックすぎるのも考えものだ。



 ――――ああ、それにしても、今日のリーナは特別綺麗だったな……。


 

 ジルベルトは先程まで、自身の腕の中で踊っていた婚約者の姿を思い出していた。

 今日の彼女は本当に幻想的で、まるで妖精そのもののようだった。


 デビュタントの真っ白なドレスは、彼女の清楚さと儚げな美しさをあまりにも引き立たせていた。

 シャンデリアを受けて輝く白銀髪と真っ白なドレス。彼女が揺れる度に全てがキラキラと輝いて、幻のようだった。空を映す湖面のような、深い青の瞳。幸せそうに微笑む、甘やかな口もと。

 久しぶりにしっかりと抱き寄せた彼女は柔く、眩く、夢見心地になる程に甘く良い香りがした。


 リーナベルを会場に一人置いてくるのは、まるで身を引き裂かれるような思いだった。

 叶うならば今日くらい、最後まで彼女を独り占めしたかった。


「ジルベルト、すまない。今日は婚約者のデビュタントで、非番だったのにな」


 自分を呼んだ上官に声をかけられたので、ジルベルトはハッとした。仕事になってしまった以上は、気を引き締めなければいけない。頭を切り替えて返事をする。


「いえ、仕方がありません。闇属性の魔術を分析するならば、俺が適任ですから」

「闇属性持ちはただでさえ三人しかいないのに、今遠征で出払っていてな。まさか王太子殿下に頼むわけにもいくまい。騒ぎがあったのは王宮の端の方で、まだ向こうだ。……全く、王宮での夜会中にボヤ騒ぎだなんて、頭が痛い」

「警備の者は、気配にすら気づかなかったのですよね?」

「ああ、それにも恐らく闇魔術が使用されている」


 ジルベルトが呼ばれたのは、夜会中に王宮の端で起きたボヤ騒ぎのためだった。原因は放火と推定され、犯人は闇魔術で逃走した形跡があった。

 稀少な闇属性に精通し、その気配から使用された魔術の分析を行えるのは、闇属性に適性のある者だけだ。犯人の特定まではできないが、逃げた時間や方角、使用された魔術の特定ならば、痕跡が新しい今であれば可能だろう。そのために、急遽ジルベルトが呼ばれたのである。


 間もなく現場に辿り着いた。

 騎士団にとって、とんだ汚名であることは間違いないが、幸い火の及んだ規模は大きくない。

 魔術感知の魔術を使用し、時間をかけて痕跡を分析していくうちに、ジルベルトは違和感を覚えた。


 ――――荒い。


 気配の消し方、転移の痕跡の残し方。魔術の精度が荒かった。


 ――――まるで、わざと、放火を気取らせたような。

 ――――まるで、わざと、痕跡を残して分析に時間を取らせたような……。


 瞬間、彼の全身に悪寒が走った。


 ――――囮か!!


「隊長!会場に異変はありませんか!?」

「特にそんな伝達は届いていないが……どうした?」

「恐らく犯人に踊らされました!こちらは本命ではありません!」

「何!?」


 とてつもなく嫌な予感がした。

 彼が会場を抜けてから、少なくとも三十分以上は経っている。

 会場で唯一闇魔術が使用できるクラウスから念話は届いていないが、王族である彼は常に全てに目を光らせられるわけではない。


 それに、頭をよぎるものがあった。

 王宮の夜会で『ヒロイン』が拉致される、ゲームの『イベント』だ。


 ――――リーナ!

 リーナは、無事か!?


「先に戻ります!」


 ジルベルトは瞬時に闇魔術を発動し、会場に転移した。帯剣したまま会場を走り回り、リーナベルを探す。彼女に何度も何度も念話を飛ばすが、届いているのかすらわからない。闇魔術の念話はジルベルトからの一方向しか飛ばせないので、状況がわからないのだ。それでももし会場近くにいるなら、返事があるはず。

 護衛の騎士達、彼女の家族、クラウスとミレーヌにも尋ねたが、誰もリーナベルの行方を知らなかった。皆で一緒になって、脇目も振らずに捜索する。


「リーナ!?リーナ、どこだ!!!」


 心臓が煩い。焦燥で手が冷え切っているのがわかる。


 無事であれば、それで良かった。


 だが、ジルベルトが探しても、探しても――――会場のどこにも、リーナベルの姿はなかった。

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