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3-2 悪役令嬢の周囲の近況

 二人は会場へ到着して家族と合流した後、懇意にしている貴族たちに挨拶をして回った。


 リーナベルは会場に入った途端、無意識にヒロインの姿を探してしまった。彼女は今日は居ないはずなのに、必要以上に怯えている自分に気づく。

 

 実は、彼女の存在は既にクラウスが見つけ出しており、動向を探っているところだった。

 彼女の名前はクロエ・ベルナール。最近になって急に魔力が発現し、ベルナール男爵家の養子に取られたばかりだと言う。教育が間に合わないので、社交界デビューを一年遅らせたようだ。ゲーム通りの設定だった。

 彼女は十六歳に遅らせたデビュタントで、一番好感度の高い攻略対象とファーストダンスを踊るのだ。婚約者のいる相手とは、夜の庭園でこっそりと踊る。素敵だけれど、婚約者の側から見ると、とても恐ろしい話である。


 全ての貴族が入場し終わった後、王族が入場してきた。ミレーヌはクラウスのエスコートを受け、今日は王族側として扱われている。

 ミレーヌが今日着ているのは、上質な光沢のある、マーメイドラインの白いドレス。タックの入り方がとても凝っている。肩から首にかけて精緻なレースで覆われており、彼女の持つ色気を上品に演出していた。首元には大ぶりのアメジストとイエローダイヤモンドに加えて、ふんだんにダイヤモンドが用いられたネックレスが輝いている。結い上げられたダークブロンドには、紫の薔薇の生花。完全に隣にいる人物の色である。

 隣の彼は王太子としての真っ白な正装に身を包み、まさしく童話から飛び出した王子様そのものの様相だった。


 実は、クラウスとミレーヌの婚約は、最近ようやく正式発表されたところだ。今日は次期王太子妃ミレーヌのお披露目も兼ねている。

 これだけ時間がかかったのは、彼らの結婚が、一部貴族の強い反発に合ったからだった。

 

 この世界の病や怪我の治療は、光魔術の使える神官や治癒師が独占してきた。薬物治療は、魔術治療を受けられない貧しい平民のための民間療法だったのである。

 そこにミレーヌは、一石を投じてしまった――――まさに、既得権益の破壊だ。だから、彼女を王太子妃に据えられてしまうと困る、という勢力が出てきたのだ。

 

 しかし、ミレーヌはへこたれなかった。クラウスの力を借りながらも、最後の壁はミレーヌが自力で突破したのだ。

 彼女は伝染病の特効薬となるレシピを、ついに完成させたのである。その薬はまだ量産こそできないものの、一部地域において、実際に病を鎮めてみせた。その結果、彼女を王太子妃に推す世論が一気に大きくなったのだ。

 もともと彼女は孤児院への支援を行ったり、平民達を自ら治療したりしていて、市井での人気が高かった。彼女が積み重ねてきたものが、ここに来て一気に花開いた形だ。


 社交場に寄り添って立つクラウスとミレーヌの姿は堂々として自信に溢れており、周囲からの羨望の眼差しを一身に受けていた。こうして見ると、とてもお似合いだ。

 公の場のミレーヌに関しては、何度見ても若干詐欺だと思う。彼女は黙っていれば、自信に満ち溢れた派手な美人なので、王族として必要な素質を備えているとも言えよう。



 ♦︎♢♦︎



 会場では、しばし歓談の時間が設けられた。メインイベントはもう少し後に予定されている。それに、デビュタント女性がファーストダンスを踊るのだ。


 リーナベルは、兄のランスロットをちらりと見た。先ほどから長時間、一人の令嬢に捕まり続けている。

 

 筆頭公爵家の一人娘であるオーレリア・ルーヴロアだ。彼女は母が元王女であり、現国王と王弟とは従兄弟同士。正真正銘、高貴な血筋の令嬢だが、何故かランスロットとの婚約を狙い続けていることで有名である。

 兄の外向きの笑顔は完璧だったが、かなり参っている様子だ。リーナベルはジルベルトとともに、助け舟を出しに行った。


「ご歓談中のところ申し訳ありません。お兄様。クラウス殿下がお呼びでしたわ」

「ああ、リーナ。ありがとう」

「ジルベルト様、リーナベル様、ご機嫌よう。リーナベル様、今日というめでたき日を迎えられましたこと、心よりお祝い申し上げますわ」

「オーレリア様、ありがとうございます。今日の装いもとても上品で素敵ですわ。オーレリア様のような淑女になりたいと、常々思っておりますの」


 淑女の礼を取って挨拶する。その後も当たり障りのない美辞麗句が続いた。つらつらつらつらと。

 彼女は真紅の髪に深緑の瞳。妖艶な美人だし所作も完璧だが、オーレリアのようになりたいとは正直思っていない。いや、全く思っていない。

 彼女はランスロットと同じ歳なので、来年から学園でお世話になりますなどと挨拶しつつ、どうにか立ち去った。


「助かった……悪いな」

「ランスロット、笑顔が引き攣りかけていましたね」


 ランスロットが礼を言うと、外向きの敬語でジルベルトが横槍を入れた。

 

「はぁ?ちょっとジルベルト?無表情が標準のお前にだけは、言われたくないんだけど」

「ちょっと兄様、口調戻ってる」


 ランスロットが眼鏡の下の青い目をしぱしぱさせている。リーナベルは扇で口元を隠したまま注意した。


「仕方ないだろう。俺にも苦手なものはある……ああいう高慢ちきな女とかな。しかし、なんであんなにしつこいんだろう?」

「変に期待させるような素振りは、見せていないんですよね?」

「まさか」


 オーレリアは、ランスロットが苦手とする典型的な貴族令嬢タイプの女性。気位が高く、選民意識が強い。彼はその求婚を、角が立たないように断り続けることに疲れ切っていた。


「まあ、ランスロットには本命がいますからね……」

「そうなのよ、ジル。あ、噂をすればお姫様がいらっしゃったわ!」

「げっ」

「ランスロット様!!!」


 ふわりと。鈴の鳴るような声を上げて現れたのは、正真正銘の――お姫様、だった。


「ランスロット様!お会いできて嬉しゅうございます!今日も、世界で一番素敵ですわ!!」


 セレスティナ・フォン・オーベルニュ。この国の第二王女。御歳八歳の、まごうことなきお姫様である。彼女もまた、ランスロットへの熱烈な求婚者であった。

 ……この兄は、一体、何なんだろうか?この国の高貴な女性を惹き寄せる、独特なにおいとかを放っているんだろうか……?リーナベルにはわかりかねる。


 セレスティナは栗色のふわふわした髪に、紫の瞳をした、可愛らしい美少女だ。小動物のような愛らしさがあり、とても天真爛漫で、純粋なお姫様である。

 彼女には人を惹きつける天性の才能があり、正直ランスロットには勿体ない人物だとさえ思う。彼女の紫の瞳はいつでも明るく光り輝いており、異母兄妹のクラウスとはかなり違うタイプだ。


「ジルベルト様、リーナベル様。今日はお二人がお揃いになったところを見られて、本当に嬉しいですわ!いつでも、とってもお似合いのお二人ね。私の憧れです!」


 リーナベルは、セレスティナの愛らしさと、ジルベルトとお似合いだと言われた嬉しさでふにゃっと笑ってしまった。

 ジルベルトが横でぐっと呻いたが、一体どうしたのだろうか。


「私もランスロット様に相応しい女性になれるように、精進いたしますわ!」

「ご冗談を。俺に姫君は勿体無いですよ」

「どうか、そんなことをおっしゃらないでくださいまし。ランスロット様……大好きです!!」


 セレスティナは頬を染め、輝く笑顔でお決まりの台詞をぶつけた。彼女はランスロットに会うたびに、こうして告白しているのだと言う。

 

 言葉はつれないのに、ランスロットがセレスティナを見る眼差しは、とても優しい。兄なりに、この真っ直ぐなお姫様のことを大切に思い、特別気にかけているのは明らかだった。

 

 歳の差がありすぎて、妹のように思っているんだろうけれど。兄が婚約をのらりくらりと躱しているのは、セレスティナの悲しむ顔を見たくないからというのもあるのでは――――と、リーナベルは密かに思っている。



 ♦︎♢♦︎



 ランスロットと別れ、ジルベルトと二人で挨拶回りをしていると、クラウスとミレーヌがやってきた。


「やあ、ジルベルトにリーナベル。良い夜だね」

「クラウス殿下、ミレーヌ様。この度はご婚約、誠におめでとうございます。心よりお祝い申し上げます」

「私からも、心よりお祝い申し上げます」

「ありがとう。今日を無事に迎えられてよかったよ」

「ありがとうございます。皆様のお陰ですわ。…………ちょっとリーナ!最高に似合ってて可愛いわ!女神様みたいよ!でもちょっと聞いて。私はもう無理よ。私って白が壊滅的に似合わないのに、なんでこんな公開処刑受けなきゃいけないの?自分の悪役顔が恥ずかしくて、もう死にそうよっ」

「リーナベルも、デビュタントおめでとう。婚約者があまりに美しくて、ジルベルトも気が気じゃないんじゃないか?」

「殿下は俺の本心をよくお分かりですね。本当に気が気ではありませんよ」

「ハハハ、ジルベルトも言うようになったものだ」

「あとあと、聞いてよリーナ。令嬢達からの視線が痛すぎるのよ。針の筵ってこのことね。なんでこの人、こんなにモテるのかしら?私にはさっぱりだわ。しかも教会派の貴族達の視線がすごくて、明らかに敵視されてるんだけど。やっぱり私には王太子妃なんて荷が重いのよ…ああもうやだやだ」


 3人が(つつが)無く挨拶を進める中、ミレーヌは扇の下で泣き言を言っている。一見所作は完璧だし、扇で隠れていない部分は眉ひとつ動かしていない。けれど言葉は大騒ぎである。

 ――新手の腹話術かな?とリーナベルは心の中で突っ込んだ。

 隣で涼しい顔をしているクラウスだが……本当は大笑いしたいのを堪えていると、リーナベルには分かった。友人付き合いも長くなったものである。


「あと、リーナ!……これ、本当にありがとね」


 ミレーヌが、自分の耳のピアスをつんと指して言った。続いて、クラウスも自分の耳元をトンとさして微笑んでいる。

 今日はリーナベルとジルベルト、クラウスとミレーヌがそれぞれ揃いのデザインでピアスを付けている。なんとこれは、リーナベルの作った魔道具なのだ。


 発端は、十三歳の誕生日にジルベルトから贈られた、アンバーのピアスだった。彼の目の色である。リーナベルは彼の次の誕生日に、自分の目の色であるサファイアのピアスをお揃いで贈ったのだが――――そこで思ったのだ。常に肌に付けていられるピアスを魔道具にすれば、もっと完璧なプレゼントになるのでは?と。


 小さなピアスに魔術陣を組むのは大変な作業だった。魔道具に取り組むのは初めてであり、半年以上は苦戦を強いられたものだ。


 そうしてできたのがこれ、『危機お知らせしますピアス』である。ネーミングセンスについては突っ込まないでほしい。

 このピアスは、予め闇魔術の念話を利用した魔術陣が込められている。自分の魔力をここに少しだけ流せば、それだけで、各パートナーに合図を送ることができるようになっているのだ。

 

 万が一、危機に陥った時に相手に知らせる仕組みを作りたかったのである。闇魔術の念話は発動者からの一方通行だし、常に魔術陣を発動できるとも限らない。念を入れるに越したことはない。


 まずリーナベルは、自分とジルベルトの分を作った。それから大急ぎで、クラウスとミレーヌのペアの分も作ったのだった。

 何故なら、四人は危惧していたからだ。このお披露目でミレーヌが狙われる可能性が高いということを。彼女をよく思わない貴族勢力も、まだ根強く残っているのだ。

 それに、王宮の夜会で起こるゲームの『イベント』は多い。


 闇魔術の複数転移の魔術陣も、既に論文として世間に公表した。秘匿するメリットよりも、堂々と使用できないデメリットの方が大きいと判断したのだ。

 ジルベルトとクラウスは、既に最高四人での同時転移が可能になっている。


 ジルベルトは他にも、闇魔術を徹底して高めた。王宮全域を覆う程度の広域同時盗聴、結界術など多岐に渡る。やたらと訓練漬けの最近は、剣術との複合レベルもすごい。

 

 一方のクラウスは魔術習得も早いが、特に頭脳を使った戦闘センスが素晴らしいので、ジルベルトとは別方向のえげつないモンスターが誕生してしまったと思う。「これ以上、奴の弱点を減らしてどうするのよ!」とミレーヌは戦慄していたが、他でもない彼女を守るためなので、仕方あるまい。


 何はともあれ、色々と準備万端である。


「まあ、何も起こらないのが一番だけれどね……」

 


 リーナベルがぽつりと呟く中、いよいよ今日のメインイベントが始まる時となった。

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