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閑話 クラウスとミレーヌ3

 クラウスは無理やり時間を捻出した。翌々日にはもう、ミレーヌの住む伯爵邸を訪れたのである。


 馬車に揺られながらクラウスは、自分の心がさざめき立っているのを感じて、驚いた。


 ――僕は、楽しみだと、感じている?

 彼女に、会うのを?


 慣れない感覚に戸惑いながら、馬車を降りる。

 緊張のあまりガチガチになっている伯爵と夫人に、迎えられた。両親は至って普通である。

 それに遅れて、パタパタと軽快に足音を立てながら、走って来る者がいた。


 ミレーヌだ。


 ――――可愛い、と。

 今度は明確に、クラウスは思った。


 年相応のピンク色のドレスをふわふわと揺らして、その豊かなダークブロンドを風に靡かせながら。ミレーヌは思い切り走ってきたのだ。


「こら!!ミレーヌ!!殿下の御前で走るんじゃない!!」


 伯爵が真っ青になって怒った。至って普通の反応である。


「まあ!ミレーヌ!!顔に土が……!!」


 今度は夫人が真っ赤になって怒った。なんとミレーヌは、その鼻の頭とドレスに土をつけていたのだ。


「今日は庭いじり禁止だって言ったでしょう!?」

「ごめんなさい!!だって、元気のなくなっている子がいたのよ」


 ミレーヌははきはきと謝ったが、全く反省していない様子だ。

 クラウスは呆気に取られてそれを見ていたが、自分の中から何かの衝動がふつふつと沸くのを感じていた。


 ……これは、何だ?……呆れ?怒り?いや、違う。もっと衝動的で、抑えきれない何か…………。


 自分の変化に戸惑うクラウスににっこりと笑いかけて、ミレーヌは言った。


「殿下は薬草に興味がおありなんですよね?すぐに庭に案内します!」

「そうなんだ。ミレーヌが案内してくれるの?嬉しいな」


 伯爵がまたミレーヌを叱ろうとしたが、手で制してミレーヌに答える。彼女が一体、次に何をするのか。少しも止めずに見ていたい。クラウスはそのまま庭へ付いて行った。

 伯爵邸の庭は、一言で言えば――雑草畑になっていた。緑の草が整然と植えられている。非常に地味である。


「ええと……。あの。ミレーヌの、おすすめの薬草は、どれ?」


 こういう状況に面した経験がなかったので、クラウスは無難そうな質問をした。ミレーヌは首を傾げている。


「おすすめの、薬草……?あっ!!これの茎とか、美味しいですよ!!」


 なんとあろうことか、ミレーヌは。

 おもむろに、そこにあった草をちぎって。

 その茎を、もしゃもしゃっと食べてみせた。


 ――その瞬間。

 堪えきれない衝動が、クラウスを襲った。


「………………ふ、」

「ふ……?」

「ふふふっ……、くっ、ははっ……!あはははは!!!!」


 クラウスは、とうとう腹を抱えて笑い転げてしまった。

 あんなに、悩んでいたのに。

 笑えないと、悩んでいたのに。


 それがほんの些細なことに思えるほど、目の前の彼女は破天荒で、無邪気で、可愛かった。


 先程からクラウスを襲っていた衝動とは――笑いの衝動、だったのである!


「で、殿下?どうしました……?あっ!!殿下も食べますよね!?甘くて結構いけますよ!!」

「ふ、はははは!!!ぐっ……あははっ!!!」


 クラウスは、もはや涙を流して笑っていた。

 涙を拭って、目を細めて目の前の存在を見る。


 

 ミレーヌ。

 やっと、見つけた。

 僕を、笑わせてくれる女の子。

 僕に、愛を教えてくれる女の子。



 クラウスはそうして、あっという間に恋に転がり落ちたのだった。



♦︎♢♦︎



「今日は本当にありがとう。とても有意義な時間だったよ」

「そうですか……?でも、殿下にも薬草に興味を持っていただけて、嬉しいです!」


 ミレーヌは元気いっぱいに答えた。

 なんだかクラウスは、ずっと上機嫌で、ことあるごとに爆笑しているのだ。


 ――おかしいわね。

 笑いの沸点が、異常に低いのかしら……?


 ミレーヌは不思議に思った。

 ゲームでのクラウスと、随分違っているからだ。

 幼少期の体験にトラウマを持ち、心から笑うことができない王太子――――それが、クラウスの設定だったはずだ。一体何が彼を変えたのかよくわからないが、彼が笑えるようになったのなら、良いことだと思った。


 それに。

 少年のように、声を上げて笑う彼は、年相応で。

 何というか――可愛かった。その笑顔には、思わずキュンとしてしまったのである。


 ミレーヌだって、一応……一応は!年頃の女の子なのだ。格好良い男の子が、自分といて心底楽しそうに笑ってくれたら、ドキドキしてしまう。それも、ただのイケメンではない。相手はとびっきりの……国宝級の美形である。スタイルも、声も、何もかもとびっきりである。

だって、彼はミレーヌの『推し』なのだ。

 面談でその姿を初めて見た時は、仰天した。あまりにゲーム通りの、眩い美貌であったので。顔面が強すぎて、ミレーヌは一瞬、ちょっと死にかけた。


 それでもミレーヌは、物怖じせずにきっぱりと、王太子妃になる気はないと言ってのけたのだ。

 相手はアイドルだ。もともと、自分なんか相手にされるはずがないという確信があった。だから、ミレーヌは安心して、「私にその気はないので、安心して王太子妃候補から下ろしてくださいね」という意向を示したのである。積極的に嫌われようと思っていたので、令嬢モードも完全に外して、かなり不敬な態度を取った自覚もある。

 

 勿論、滅多にお目にかかれない、生の推しの美貌であるので、目を逸らさずにしっかり拝ませてもらった。ちょっと眩し過ぎて、この人発光してない?とは思ったが。


 それなのに、何がどうなったのか知らないが、クラウスは薬草に興味があると言い、ミレーヌの家までわざわざやって来たのである。驚きだった。

 まあ、王太子が薬物治療に興味を持ってくれるなら、ありがたい話だ。もしかしたら研究を援助してもらえるかもしれないし、ミレーヌは張り切って庭を案内した。


 しかし、これだけ優しく甘い声で話しかけられて、笑いかけられると、何だか勘違いしてしまいそうで、ちょっと困る。だってさっきからクラウスは、ミレーヌの手を握って離さないのだ。


 私、ただでさえ男の人に免疫がないのに!これだけのイケメンにファンサされすぎたら、困るわ!!


 ミレーヌは自分の立場を弁えるために、別れ際クラウスへ声をかけた。


「殿下。残念ながら私は王太子妃になる気はありませんが、殿下に良い人が見つかるよう、お祈りしていますね!」

「…………何だって?」


 クラウスは、何を言っているんだとでも言いたげに目を丸くした。

 その反応に、ミレーヌは戸惑ってしまう。


「あれ……?駄目でした?」

「駄目も何も…………はぁ。はっきり言っておいた方が良さそうだね……」


 クラウスは苦笑してから、真剣な眼差しになった。

 アメジストの瞳が、強い光を帯びてミレーヌだけを捉える。

 そのあまりの鮮烈さに、美しさに――――彼女は怖気付いた。


 クラウスは容赦なく距離を詰め、ミレーヌの手を掬う。そのまま手の甲に、長く口付けた。

 それから――――有り余るほどの熱を込めた視線と声で、宣言をした。


「君以外を、妃にするつもりはないから」

「………………へ!?」


 ミレーヌが素っ頓狂な声を上げると、クラウスは蕩けるような甘い微笑みを浮かべた。


 甘い。

 甘すぎる!

 これのどこが、嘘の微笑みしかできない王太子なのか!?

 ミレーヌには、わけがわからない。


「絶対に君を手に入れるからーーーー覚悟してね?ミレーヌ」



 ――その宣言を、皮切りに。


 王太子による熱烈な猛アタックが始まるとは、この時のミレーヌにはまだ、想像もつかなかったのである。

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