1-3 お父様へのお願い
色々と整理したリーナベルはひとまず睡眠を取り、翌朝ようやくメイドを呼んだ。
駆けつけた家族は号泣している。悪いことをしてしまった。
「愛しいリーナ。元気になって本当に良かった!!」
リーナベルと同じ、白銀髪の若々しい父は、その美しい翠の目を真っ赤に腫らしている。それでも美形だ。彼はこの国の宰相なのだが、とにかく娘を溺愛しているのだ。
その横に並ぶ金髪碧眼の美女は母。彼女はまだ身体を震わせて泣いている。父と同じく、とにかく娘を溺愛しているのだ。
攻略対象の一人である兄、ランスロットは優しく母を支えている。長めの白銀髪をさらりと流し、リーナベルと同じ青い目の上に眼鏡をかけている。
ゲームの設定では、インテリ眼鏡の見た目なのに飄々とした兄貴肌というギャップがあり、ギャップ萌えの乙女たちの人気を集めたキャラであった。
人をからかうのを生きがいとしているのがリーナベルにとっては若干迷惑だが、面倒見が良く心根は優しい兄なのである。
「それにしても王宮での殿下との顔合わせで倒れるなんて…もしかして、何か嫌なことがあったのかい?」
「嫌なことがあったわけではありませんわ。ただし、人生を変える出来事があったのです。お父様。私、お父様にお願いしたいことがございます」
心配する父に、リーナベルは今だと思い、早速切り出した。
昨夜、ジルベルトを助けるという目的のために達成すべきこととして、二つの事項が挙げられた。
一つ、騎士団の早朝訓練を見学する体制を整えること。
二つ、ジルベルトを魔術暴走から守る手段を確保すること。
事故はジルベルトが12歳のとき、騎士団の早朝訓練で、小雨の日に起きたという条件が判明している。季節などの言及はなかった。それ故、とにかく騎士団の早朝訓練、雨天の日に事故が起きないか見張り続けるしかない。
また、事故で暴走した魔術は上級の大規模火属性魔法であった。生半可な手段では防御できそうもない。攻略対象ゆえのチートな戦闘力を持つジルベルトですら防御できなかったほどなのだ。今まだこの世にない新しい防御手段を編み出す必要があった。
前世の知識を話して協力をあおいだり、注意喚起するということも考えないではなかったが、荒唐無稽な話であるため信じてもらえないだろう。
リーナベルの力だけで突破するしかない。
差し当たって、とにかく時間が足りない。もう危機は迫っているのにやることが多すぎる。
ただでさえリーナベルは、侯爵令嬢としての教育でそれなりに忙しいのだ。
つまり、王太子と婚約なんてしている場合ではないのだ!!
断罪回避なんかは脇に放置しているが、王太子と茶会したり、王太子妃教育なんて受けている場合ではない。
なんたって推しの危機なのだ!!
幸い両親は一人娘のリーナベルを溺愛しており、大抵のことは聞いてくれる。
今こそ必殺、「愛娘のお願い」を駆使する時であった。
「なんだいリーナ?お前がお願いだなんて珍しい。父様がなんでも叶えてみせるよ」
父は目を丸くして嬉しそうに答えた。
甘やかされて育った割に、前世の影響かリーナベルは我儘でも傲慢でもなく、控えめでおっとりした性格なのである。ちょっと風変わりな令嬢ではあったが。
彼女が父親に何かをねだったりするのは、とても珍しいことだった。
「私はとある方に一目惚れを致しました。その方以外は愛せない自信があります。どうか王太子妃候補を降りさせてください」
「なんだって!リーナが一目惚れ!?それであんな高熱を出したというのか!!」
「まあ、素敵!!一体どちらの殿方なの?」
父は青ざめ、母は顔を赤らめて喜んでいる。
王太子妃候補を降りるというお家の大問題より、娘の初恋に興味津々な両親であった。
こんな家族だから原作のリーナベルは増長したのではないかしら。リーナベルはやや遠い目になった。
「お相手は言えません」
「何故だい?早速婚約を打診すればいい。婚約者ができれば、結果として王太子妃候補を降りることにもなる」
あわわわわ。
婚約だなんて!!とんでもない!!!
リーナベルは途端に真っ赤になった。
リーナベルの前世は勉学と二次元に捧げており、恋愛経験は皆無であった。男性への免疫はゼロである。ましてイケメンへの免疫などマイナスである。
さらにーー彼女は奥ゆかしいタイプのオタクだったのだ。彼女は、推しの部屋の壁か天井になりたいタイプのオタクであった。
本物のジルベルトと婚約なんてしたら、私の心臓が止まってしまうわ!!
リーナベルは心の中で叫んだ。ジルベルトと婚約する自分の姿を一瞬想像して、ちょっと身悶えそうになったのは秘密だ。
そもそも、シナリオを大幅に変えて事故イベントの時系列が狂ったりしたら事故を防げなくなるかもしれない。リスクが高すぎる。
「権力を振り翳して、無理やり婚約者におさまりたくないのです。彼を自力で振り向かせて射止めたいのです」
リーナベルはきりりとしてそれらしいことを述べた。昨日予め考えていた内容だが、貴族令嬢としては失格な、かなり苦しい言い訳だ。
ちなみに、ジルベルトの家は公爵家でリーナベルの家より家格が上なので、相手がバレればこの言い訳は成立しない。
しかし狙い通り、この苦しい言い訳に母は目を潤ませ、両手を胸の前で組んでうっとりした。
「まあ、リーナ。なんて素敵なレディに育ったの。私、全力で貴女を応援するわ!」
両親は貴族には珍しい恋愛結婚であり、母は生粋のロマンチストであった。それでいいのか侯爵家。だが計画通りだ。
「とにかく時間が…チャンスが欲しいのです。今、王太子妃候補を降りることは難しいですか?お願い…お父様」
「意志は固いようだな…お前の言い分はわかった。父様も出来る限り協力するよ」
協力するんかい。と一瞬ツッコミを入れてしまうが、これが父の平常運転である。冷静沈着な宰相閣下も愛娘の前では形なしである。溺愛されていて良かった。
「ほんとうですか!?ありがとうお父様!大好き!!」
「なんたって、リーナの珍しい"お願い"だからね。まあ、完全に候補を降りることは難しいが、ひとまず候補としての順位を下げることは可能だろう。ちょうど王太子の御前で倒れたばかりだしな…。身体が弱く、緊張に耐えられなかったということにしよう。宰相の私から、娘に王太子妃は務まらないと陛下に申し上げれば、最有力候補から外れることはできるはずだ。他にも有力な候補はいるからね。今のところ最有力とされるお前の優先順位が下がれば、婚約者決めが難航して、本決まりになるまでの時間も伸びるだろう」
「それで十分ですわ!お父様はさすがね!」
「ただし、向こうから正式に婚約の打診があれば、断るのは難しい。だからなるべく、陛下や王太子殿下の目に留まるような行動はしないこと。できるかい?」
「わかりました!」
ひとまず交渉はうまくいった。時間は稼げそうだ。
リーナベルは父親に抱きついて感謝した。
さて、次の標的は兄である。
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