2-12 推しと過ごす幸福
話し合いが終わった後、ジルベルトはリーナベルの家の客室で、お茶を飲んでいた。
実は、久しぶりの逢瀬だ。事件の処理が本当に立て込んでいたようで、しばらくは転移すらして来られなかったのである。
リーナベルが焼いておいたクッキーを、大切そうに食べているジルベルト。これは彼の一番の大好物になっているので、頻繁に焼いている。今日は来られると事前に聞いていたため、張り切って準備した。ついでにマドレーヌも焼いたので、後で持って帰ってもらおうと思う。
「あのね、ジル……気になっていることがあるんだけど」
「うん?」
「ジルも、その……私が『ゲーム』で疑似恋愛していたことに、嫉妬する?」
リーナベルはおずおずと尋ねた。他のキャラのルートの話をする時、なんだか浮気を告白しているような気分になったのだ。
いや、前世の話だし、ゲームだし、断じて浮気ではないのだが。でも、クラウスは嫉妬で完全にキレていたし。
「ああ、確かにクラウスは気にしていたね。俺は、大丈夫。現に、『ゲーム』の俺と現実の俺は全然違うし……実在する人物じゃなく、あくまで物語の登場人物だとわかってるから」
「そっか……よかった」
「リーナが夢中だった『ゲームの俺』に対しては、少し複雑な気分だけどね?」
「ふふふ。でも本当に、前世からジル一筋だったのよ?」
「……まあ、さすがに。前世のリーナにもし恋人がいたら、嫉妬でそいつを消してやりたくなるけど……。……いなかっただろう?」
「そんなのいないわよ!!……って、あれ?ジル、知っていたの?」
「勿論?」
ジルベルトはリーナベルを引き寄せて、唇にちゅっとキスを落とした。リーナベルは途端に赤くなる。
「もし恋人がいたことがあったら、こんなに初心なわけない」
「ううっ……」
したり顔のジルベルトに返す言葉もない。
リーナベルはいつまでも物慣れない自分が情けなくなった。
「慣れなくて、ごめんね。ジルが格好良いから……」
「リーナはそのままでいいよ」
ジルベルトはクスリと笑った。
次に、リーナベルの顔中に、順番にキスを落とし始める。額、瞼、鼻先、頬、耳。くすぐったさと幸福感で、リーナベルはふふふと笑った。
続いて手を取り、指先に順番にキスを落とす。丁寧に、慈しむように。大切にされているのが伝わってきて、体温が上がっていく。
最後に、手の甲に口付けたまま、ジルベルトの切長の琥珀が射抜くようにリーナベルを捉えた。美しい雄の鋭さに圧倒されて、身動きが取れなくなる。
「誰にも渡さない。リーナのそういう顔は、俺だけが知っていれば良い」
リーナベルは、心臓が壊れそうに脈打つのを感じた。自分の婚約者の美しさに、真っ直ぐさに、いつまでも慣れることはない。
「……でも、今回の件は身につまされたよ。まだ『ゲーム』の時間軸ではないからと、油断していたな……リーナを、危険に晒してしまった」
「油断していたのは私も同じよ。あのね、また何かが起こる前に、できることを色々しておこうと思うの!まずは、クラウスとミレーヌのための魔術陣を作るわ。あと、魔道具の開発ももっと進めようと、先生と話していたの。身の危機を知らせたり、異常時にお互いのいる場所を把握できたら、役立つわよね?」
「それは、是非やるべきだと思う。ただし、リーナは熱中して頑張りすぎるところがあるから、身体に気をつけること。あと……何かやる時は、俺か先生に必ず相談するんだよ?」
ジルベルトは眩しそうに目を細めて、優しく言った。リーナベルの白銀髪を一房取り、口付ける。
「俺は、闇魔術の検証を急いで進める。未開発の部分が多いけど、やはり有用な属性だ。今回の事件も、複数人の転移ができれば問題なく回避できたのにと、悔やんでいる。盗聴や念話も、これからもっと役立つだろう。リーナの協力が必須になるけど……協力、してくれる?」
「勿論!私、ジルの力になれるなら何だってできるわ!」
リーナベルが嬉しくなってふにゃりと笑うと、ジルベルトは一瞬固まった。そのあと、彼女の肩に額をくっつけて、はあーっとため息をついた。
「ジ、ジル?」
「だめだ、可愛い……好きだ……。そもそも忙しかったせいで、リーナが足りなかったんだ。だめだ。我慢できない……」
「えっ……んっ!」
ジルベルトは噛み付くようにリーナベルに口付けた。唇の表面を喰むようになぞっていく。
今日は魔力を流されていないが、その気持ち良さにうっとりして、リーナベルの身体にはすぐに火が灯っていく。
「んん……」
さらにジルベルトは、リーナベルの首筋から腰のあたりまで、なぞるように手をゆっくり這わせた。撫でられているだけなのに、ぞくぞくとした感覚が止まらない。
「あ、……ジル、ジル……あの……っ」
「……ん、ごめん……。少しだけ……」
「わっ、わかった……」
「リーナ……大好きだよ」
蕩けきったリーナベルの青い目を、ジルベルトは愛おしそうに見つめている。
いつまでも、この幸福に浸っていたい。色々不安なことはあるけれど、できることを頑張るしかないと、改めて思った。
リーナベルは、大好きな香りと体温に包まれながら、今ある幸せをただ享受していたのだった。
これで二章終了です。閑話を多めに挟みます。




