表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/103

2-9 ドラゴン襲撃事件

「ドラゴンだって!?あれは、火山地帯の縄張りにしか現れないはずだろう!!」

「間違いない。来る!一直線だ。あと1分もかからない!見張りの騎士たちに念話を飛ばしたが、恐らく間に合わない!」


 ジルベルトはすぐさま、自分の体の周囲に魔術陣を描き出した。今は秘匿としている、リーナベルの魔術陣だ。つまりは全力全開。非常事態である。


「クラウス、一人で転移して王宮に戻れ!俺が何とかする。リーナ、悪いが身体強化で魔術を補助してくれ。魔術の届く距離を保って身を隠すこと。できるか?」

「わかった!」


 リーナベルは迷いなく、身体強化の三次元魔術陣を起動した。クラウスの目の前であるとか、しのごの言っている場合ではない。


 ――ドラゴンは本来、かなり討伐が難しい。百人の大隊を使って、やっと倒せるレベルなのだ。リーナベルの補助を受けた全力のジルベルトだって、どうなるかわからない。

 秘匿の魔術陣だろうが何だろうが、できることを全てやるしかない。

 クラウスは驚愕の眼差しで魔術陣を見ていたが、ハッとして叫んだ。


「……ドラゴンを、一人で倒せるわけないだろう!!僕にミレーヌを置いていけというのか!?僕も戦う!!」


 悲痛な声だった。彼の気持ちは、痛いほど伝わってきた。転移ができる闇属性に適性があるのは、ジルベルトとクラウスだけ。通常の魔術陣では、魔術の使える自分自身しか転移できない。強化したジルベルトの転移であれば複数人運べる可能性があったが、まだ実験段階であり、実用するのは危険。常識で考えれば、王太子であるクラウスが一人で転移して安全な場所に逃げるのが最善手である。

 ――しかし、ミレーヌを見捨てる決断をするのは、彼にとって命を投げ打つのと同じくらい難しいだろう。幾らジルベルトでも、怪我をしているミレーヌを庇いながら戦うのが難しいことは明白だった。


「クラウス、貴方、王太子なのよ!?私なんか置いていきなさい!!」

「ミレーヌ……っ」


 クラウスの表情は、はっきりと絶望に染まった。顔面が蒼白だ。

 ジルベルトは、絞り出すような声を出した。


「……っ!クラウス。それなら、ギリギリまでミレーヌを守っていてくれ。どうしようもなくなったら、必ず一人で転移しろ。自分の立場を忘れるな」

「っ!ああ!」

「ジル、身体強化、発動したわ!」

「ありがとう。魔術で迎撃した後、俺に注意を引きつけて標的を移す。なるべくクラウスたちから引き離すように動くから、ついてきて欲しい。出る!」


 ジルベルトは、巨大な土の防御壁をクラウスの前に構築した。大きさも厚さも、まるで以前の比ではない。

 ドラゴンの姿は、もう完全に視認できた。


 それは、あまりにも不吉な……真っ黒なドラゴンだった。大きな翼を伸ばして、真っ直ぐにこちらに向かってくる。翼を広げた長さは、十メートルはあろうか。

 リーナベルはその姿をどこかで見たことがあった気がしたが、うまく思い出せない。


 ――あれは……もしかして、ゲームイベントのスチル?ジルベルトルート以外は一周ずつしかやっていないから、よく思い出せない……!


 リーナベルが記憶を辿る間にも、ジルベルトは魔術陣をいくつも描き終えた。それらを体の周囲に保持したまま、地面を高く蹴って跳び上がる。ジルベルトの黒髪と紺のマントがたなびき、その周囲を琥珀色の魔術陣が囲んでキラキラと輝いていた。


 ドン!!!


 轟音と共に、ジルベルトが巨大な炎の龍をドラゴンに向けて放った。

 ドラゴンは大きな咆哮を上げながら旋回し、それを避ける。咆哮により、空気がビリビリと振動して身体が痛い。

 避けた先を狙って、氷柱の大群が降り注ぐ。ドラゴンは炎を吹いてそれを迎撃し、少し足止めされたが、乱れた軌道のままこちらに向かってきた。


 ゴオオオ!!!


 魔術が競り合う轟音が鳴り響く。

 ドラゴンはもう目前に迫ってきている。


「リーナ!!!これイベントだわ!!!クラウスルートの!!!」


 ミレーヌの叫び声が聞こえた。

 ハッとしてリーナベルが振り返ると、ミレーヌが防御壁の端から顔を出していた。


「ミレーヌ、出るな!!」


 クラウスが彼女を壁へ引っ張り込む。


 ――イベント?

 そうだ。クラウスルートだ!


 リーナベルはようやくピンと来た。これはやはりゲームイベントだ。必死に記憶の糸を辿る。

 

 確か、ヒロインがクラウスと森の奥へ、素材を採取するデートに行って。

 現れたドラゴンを、護衛達が命懸けで足止めして……逃げる途中で、クラウスがドラゴンから毒の刃を受ける……!

 ヒロインの光魔術でなければ解毒できない、毒の刃を!!


「ジル!あのドラゴンは翼の中から毒の刃を飛ばしてくるわ!受けてしまえば、光魔術がないと解毒できない!」

「!?わかった!注意する!」


 リーナベルはジルベルトを追いかけながら走った。

 ――おかしい。

 おかしい。なぜ、今?なぜ、こんな場所で?

 混乱しながらも、魔術陣に魔力を込め続ける。

 木の上に立って魔術を打ち込んでいたジルベルトは、一旦地面に降りて素早く距離を詰め、氷柱の群れで足止めした後、ドラゴンの目のすぐ上に転移した。


 ザクッ!!!


「グアオオオオッ!!!」


 強化した剣を、ドラゴンの目に思い切り突き刺したのだ。ドラゴンは咆哮を上げてもがき苦しみながら、怒り狂ってジルベルトに標的を向け――――――なかった。


 グワッ!!!!


 一際巨大な咆哮が一直線に放たれた。

 なんと攻撃したジルベルトではなく、まっすぐに防御壁めがけて。まさしくクラウスのいる方角だ。

 特殊な音波の衝撃で、土の壁が一瞬で破壊される。崩れた壁の残骸が二人を襲った。


「くそ!クラウス!!!」


 間近で音波の衝撃を受けたジルベルトが体勢を立て直し、魔術を発動する直前に、ドラゴンが大きく翼を振り下ろした。

 途端に無数の刃が翼から発射され、クラウスたちを襲う。


「クラウス転移して!!!」


 ミレーヌが叫ぶ。しかし、クラウスは転移しなかった。ミレーヌを庇うように、魔術を纏わせた剣で刃を撃ち落とす。


「ぐあっ!!!!」


 落としきれなかった一つの刃が、クラウスの肩を貫いた。


「クラウスッ!!!」

「こいつ!!」


 ジルベルトが炎の柱で、もう一度ドラゴンを遠ざけた。


「クラウス、剣を借りる!!」


 転移で一瞬舞い戻ったジルベルトがクラウスの剣を素早く奪い、また去る。

 ミレーヌはもう、泣きじゃくっていた。水の解毒魔法で、クラウスの応急処置を始める。


「ジル!大丈夫!?」

「リーナ、申し訳ないが一度出力を上げてくれ!」

「いいわ!でも長くは持たない!」


 リーナが魔術陣に込める魔力量を上げる。せいぜい持って数分だろう。魔力枯渇を起こすわけにはいかない。


「十分だ」


 ジルベルトがまた新たに、巨大な魔術陣を描いた。陣の琥珀色が輝いて眩しいくらいの光を放つ。

 ドラゴンが咆哮を上げて、再びこちらに来る。


 ザンッ!!!


 転移したジルベルトが、その巨大な翼を切り落とした。最大出力の身体強化による力技だ。

 ドラゴンが叫びながら墜落する。


「喰らえ」


 魔術により立ち込めた暗雲から、巨大な雷撃が降り注いだ。

 墜落したドラゴンを貫く。


「グオオオアアーーーッ!!!」


 ドラゴンの、最期の雄叫びが響く。空気がビリビリと震えて、リーナベルはよろけた。

 雷撃を受けて動かなくなったドラゴンの首を、転移したジルベルトが勢いよく切断した。


 ザンッ!!!

 

「……ハア、ハアッ…………!!」 

「や、やっ……た、の…………?」

「リーナ、無事か!?」


 リーナベルは魔術陣を解除して呆然としていた。戦いで汗だくになったジルベルトが、息を乱しながら駆け寄って来る。

 ドラゴンは、既に絶命していた。


「私は大丈夫……っクラウスは!?」

「向かおう」


 ジルベルトは、リーナベルを抱えて素早く瞬間移動した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ