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2-8 王太子とその周辺

「やあクラウス、今からお出かけかい?」

「これはこれは、叔父上。お久しぶりです」


 今日はミレーヌに会える日だ。

 浮き立つ気持ちで王宮の廊下を歩いていた王太子クラウスは足を止め、声をかけてきた人物に頭を下げて答えた。


 王弟、アドリアン・フォン・オーベルニュ。

 国王であるクラウスの父よりも立派な体躯を持ち、緩くウェーブした金髪を肩まで伸ばしている。王族のみが持つ紫の瞳は、とても楽しげに細められていた。いつ見ても若々しく、年齢不詳に見える人物だ。


「クラウス、最近は随分楽しそうにしているようじゃないか?ジルベルトに続いて、君も恋の魔法に夢中だと聞いているよ。良い人が見つかって、良かったね」

「ええ、違いありませんよ。叔父上」


 否定する理由もないので、笑顔で流しておいた。


 いつもヘラヘラと人の良い笑顔を浮かべている叔父だが、一体どこから仕入れるのか、かなりの情報通である。ミレーヌとの婚約のために、クラウスが色々と動いていることなどとうに知っているだろうに。それを今更、何だというのだろう。クラウスは苛立った。

 彼は(まつりごと)にあまり関心がなく、芸術への関心が強い人物だ。今は公爵位を持ち、国の文化芸術維持の仕事を担っている。


 彼の王位継承権は、王太子であるクラウスよりも下。国王にはクラウス以外に息子がいない。そのため、王位継承権は第二位ということになる。

 まあ、アドリアンは野心家ではないようで、王位を狙っているような動きは、今のところないようだが。ただし、この男は――――どこか、掴み所のない人物だ。クラウスは人の本性を見抜くのが得意だと自負しているが、この叔父のことは……正直、よく分からない。

 見た目通り、王に向かないお人好しの人物にも見える。しかし、牙を持つ本性を見極められないよう、のらりくらりとかわされているような気もするのだ。


「せっかくのところ申し訳ありませんが、次の予定が詰まっているのでこれで失礼します」

「ああ、引き止めてすまなかったね。楽しんでおいで」


 楽しんでおいで、とは。やはり色々と把握しているのだろうか。

 それとも、自分の顔がそんなにわかりやすかったのか。どうも緩んでいけないな、とクラウスは気を引き締めた。

 クラウスは作り物の微笑みをもう一度貼り付け直し、その場を後にした。



♦︎♢♦︎



「きゃあああっ!」

「「「ミレーヌ!?」」」


 その日、森の中に響き渡った悲鳴に、慌てて三人が駆けつけた。


「うう……ごめんなさい」


 ミレーヌは、文字通り項垂れていた。

 木の根に足を取られて転倒し、怪我をしてしまったのだ。

 かなりひどく捻ってしまったようで、足首が赤く腫れ上がっている。


 今日はリーナベル、ジルベルト、クラウス、ミレーヌの四人で森を散策をしていた。ミレーヌが喜ぶので、草木が豊かな場所にしたのだ。といっても、森の奥深くではない。ここは比較的浅い場所で、貴族の散歩コースとしても人気の場所である。

 リーナベルには良くわからないが、ここにしか群生しない草花が沢山生殖しているらしい。のんびり森林浴するのは気持ちがよかった。贅沢にも、王族権限で森を貸切にしての散策である。

 今日はジルベルトの他の護衛は、森の入り口を見張りながら待機していた。行き先が近場だったことや、戦力的にも、付き添う護衛は彼だけで十分だと判断されたことなどが理由だ。


 そうしてミレーヌはいつも通り、勢いよく木々の中を散策しに行って――――そこで、怪我を負ってしまったのだ。


「もう、ミレーヌ!足元をちゃんと見なきゃダメだっていつも言っているでしょう?こんなに腫らして、可哀想に……」


 リーナベルは心配のあまり、ついお小言を言いながら、ミレーヌの頭を撫でた。ミレーヌの目には、いっぱいの涙が溜まっている。


「ごめん、ごめんねリーナ。わたし、またドジして……しんぱいかけて……」

「ああもう、ミレーヌ、泣かないで」

「とりあえず、応急処置はできたから王宮へ戻ろう。ミレーヌ、歩くのは…難しいか?」


 魔術で応急処置を施していたジルベルトが、遠慮がちに尋ねる。捻挫の箇所は赤く腫れ上がっていた。相当痛むだろう。


「僕が運ぶよ。僕の影を王宮に返して、先に連絡させた。帰ったらすぐに医師に見せられるからね、ミレーヌ」

「わっ!!」


 クラウスがミレーヌをひょいと抱き上げる。いわゆるお姫様抱っこだ。自分専属の護衛である影を連絡係に使うとは、相変わらずの過保護ぶりである。


「クッ、クラウスッ!恥ずかしいんだけど!!」

「油断して怪我をしたのはミレーヌだよ。我慢しなさい」


 長い時間を共に過ごして、四人はすっかり打ち解け、私的な場では気安く話すようになっていた。その背景には、ミレーヌともっと親しくなりたいというクラウスの下心が勿論あったが。


「……?ん?クラウス……なんか、変な?不思議なにおいする……」

「あははっ、くすぐったいよミレーヌ」


 ミレーヌが突然、クラウスの首元に顔を埋めだした。彼女はその生きがいである薬の開発のために、異常に匂いに敏感なのだ。


「ちょ、ちょっとミレーヌ!魔術を使ってまでクラウスの匂いを嗅ぐなんて、どうしたの!?」


 リーナベルは慌てた。ミレーヌが、なんと嗅覚を強化するための魔術を発動して、クラウスをクンクンし始めたからだ。


「や、ちょっと待って……これ……え?まさか……禁忌の……?興奮を誘発する………………」

「おい!何か来る!!」


 ミレーヌがブツブツ言い始めた時、ジルベルトが唐突に振り返って構えた。突然殺気立ち、全員に緊張が走る。


「!クラウスッ!リーナとミレーヌを連れて逃げろ!おそらく、この気配は魔獣…………魔獣が来る!」

「なんだと!?」


 クラウスはミレーヌを抱えたまま、驚愕した。リーナベルも一気に緊張する。森のこんな浅い場所に、魔獣?信じられない事態だ。


「ジル、任せられるか?僕はミレーヌを乗せて馬で退避する!リーナ、一人で馬に乗れるね!?」

「ええ!問題ないわ!」


 ジルベルトが心配だが、足手まといになっては元も子もない。リーナベルが逃げることを決意したその時。


「……いや、待て!」


 ジルベルトが声を荒げた。


「信じ、られない……あれは。あれは……!」


 その目は驚愕に見開かれている。


「ドラゴンだ………」


 空の向こうに見えた黒い点を、その目で捉えて、ジルベルトは絶望した声を上げた。

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