2-7 目障りな攻略対象(※ジルベルトサイド)
ジルベルト視点です。
イチャイチャ回。
今日は騎士団と魔術師団との、合同訓練だった。
魔術が発達しているこの国では、魔術なしでの戦いはあり得ない。騎士も魔術を駆使しながら、魔術で強化した剣を振るって戦う。
魔術師団はその後ろで、治癒や付与魔法などの後方支援を行いながら、時間のかかる大規模魔術陣などを発動して戦う役割を担っている。
騎士団が前衛、魔術師団が後衛を担当しているのだ。
戦いの上で両者の連携は必須といえるが、残念ながらその仲はあまり良好ではない。どちらかというと、魔術師団の方が、騎士団によく突っかかってくる傾向にあった。
特に、騎士団の中でも、魔術の実力を極端に伸ばし、メキメキと頭角を表しているジルベルトである。彼は魔術師団にとって、目の上のタンコブのような存在らしい。
「こんにちは、ジルベルト様。訓練お疲れ様です」
――ほら、また一人声をかけてきた。
さっきから魔術師団の団員に嫌味を言われ続けていたジルベルトは、うんざりして振り向き、目の前にいた人物に軽く目を見張った。
「フェルナン。これは久しいですね」
「はい。今日は父上に頼んで合同訓練に参加させてもらっていたんですよ。ジルベルト様の視界には、僕なんか入っていなかったでしょうかね?」
言葉にやたらと棘があるが、ジルベルトは気にしない。いつも通りだ。
ただ、別で気に掛かることはあった。彼はリーナベルの言う、『攻略対象』の一人なのだ。
フェルナン・ルフェーブル。
癖のある群青の髪は短め。それに、猫のような金色の目だ。片目は前髪にほとんど隠れている。まるで女子のような、甘やかな顔立ちをしているが、その性格はかなり捻くれている。
リーナベルは『生意気ツンデレ年下枠』と言っていた。彼女の前世の言葉は時々難解だ。
フェルナンは伯爵家次男で、魔術師団長の息子である。四属性に適性を持ち、魔術の神童と謳われているが――――光と闇のレア属性を有していないことに、コンプレックスを抱いているようで、昔からジルベルトによく突っかかってくるのだ。
「最近のジルベルト様って、魔術も剣術も敵なしって感じですよね。大規模魔術も、単身で軽く使いこなしておられるし。魔術師団とか、もう正直要らないと思ってらっしゃるんじゃないかな?なーんて……ね?」
「そんな事実はないですよ。魔術師団が後衛を担ってくれるから、騎士団は安心して戦えるんです。両者がうまく連携してこそだと考えています」
「相変わらずお堅いなあ。ちょっとした冗談ですよ?」
猫のような金の目が生意気に細められている。
公爵家の嫡男に、よくこうも堂々と喧嘩を売ってくるものだ。ジルベルトを煽りたくて、仕方がないのだろう。
まあ、もっと婉曲な嫌味や、実力行使の嫌がらせでジルベルトを追い詰めてくる輩に比べれば、可愛いものだ。ジルベルトは、嫉妬や羨望には慣れきっている。
時間の無駄だと、さっとかわして立ち去ろうとした――その時である。
「俺はこれで失礼します」
「ああそうだ、最近魔術研究所に出入りしているリーナベル嬢の話ですけれど」
「……俺の婚約者が、なんでしょうか?」
ジルベルトは険しい目をして立ち止まった。リーナベルに関する話を聞き逃すわけにはいかない。
フェルナンは、魔術研究所にも幼い頃からよく出入りしている。フェルナンがリーナベルに接触するのを、ジルベルトはずっと警戒していた。
「あの人、風属性にしか適性がないんですってね?高位貴族なのに、お可哀想なことです。それなのに、おかしいなあ。まさかジルベルト様がその権力で、研究所にねじ込んであげたんですか?」
「…………何が、言いたいんでしょう?」
「困るんですよね。実力もないのに、ちょっと可愛いからって、研究員たちにちやほやされて。正直、研究の邪魔になっているかと。いくら婚約者が可愛いからって甘やかしては、ジルベルト様も身を滅ぼしますよ?」
フェルナンは――知らずに、虎の尾を踏み抜いてしまった。
それはまさに、ジルベルトの地雷であった。
「………おい」
「えっ……ヒッ!」
ビキバキビキッ!
ジルベルトの立つ地面を中心に地割れが起き、フェルナンはバランスを崩して尻餅をついた。
ジルベルトは静かに、だか大いに殺気立っていた。前髪の影で琥珀色が光る。いつもの穏やかな敬語口調さえ、完全に剥がれていた。
「昔から思っていたが、お前は本当に表面でしか物事を見ないな?俺のことをどう言おうと勝手だが、リーナのことは別だ。彼女のことを知りもしないのに。彼女の実力を……才能を、知りもしないのに、彼女を貶めるな。それ以上言うなら、一切手加減はしない」
「はぁ!?ちょっ……落ち着いてくださいよ!私闘は禁じられて……っ」
「いいか?よく聞け」
ドッ!バキッ!!
ジルベルトを中心とした円状に、更に地面が沈み込んだ。
「金輪際、彼女を貶めるな。彼女に近付くな。絶対に接触するな」
「……っ」
「返事は」
「……わっ、わかった!わかりましたよ!!」
ジルベルトはため息をついた。いけない。私闘が禁じられていなかったら、絶対に殴っていたと思う。
リーナベルが絡むと頭に血が昇りやすくなって良くないな、と自省し、ジルベルトは何事もなかったかのようにスタスタとその場を立ち去った。
フェルナンはしばらく、沈み込んだ地面で腰を抜かしていた。
その様子を遠くから見ていた者達も、ジルベルトの婚約者に絡むのは危険であると、よくよく理解したのであった。
♦︎♢♦︎
「……と、いうことがあったんだ。リーナ、フェルナンに、何か嫌なことを言われたりしていないか?」
「フェルナンに?話したこともないわ。私も避けているし……。やっぱり、私のことをよく思っていなかったのね。適性属性の少ない者を見下す魔術師って時々いるし、彼はその典型だもの」
「もし何か言われたら、すぐに教えて?」
「ジルは心配性ね。大丈夫よ」
今日はやっと休みが取れたので、リーナベルと街歩きをしていた。
ジルベルトはシャツにベスト、スラックスという簡素な格好をしている。リーナベルは、黄色のストライプが入った膝丈ワンピースに、ロングブーツを合わせていた。麦藁の帽子が似合っている。いつもと雰囲気が違って、これもまた最高に可愛かった。
本人は、「メアリーと相談して、また街娘風にしたの!今度こそ目立たないわ!」と張り切っていたが、そのオーラも美しさも全然隠せていない。そんなところも可愛い。
ジルベルトは闇魔術で、気配をある程度遮断し、周囲に自分達の印象が残らないようにした。リーナベルが可憐すぎて、男どもの不躾な視線が注がれるのが耐えられなかったので。ちなみに、ジルベルト自身も大概視線を集めすぎていたのだが、それには無頓着だ。
街の書店でリーナベルの好きな魔術書を見たり、お土産のお菓子を買ったり、食べ歩きをしたりして楽しんだ。
今は、花畑が美しい公園の大きな木に寄りかかって休憩をしながら、のんびり話をしていたところだ。
「リーナ。………研究所で、ちやほやされていると、フェルナンが言っていたけど?」
「ああ、彼にはそう見えるのかしら?研究所の人達は皆、研究者気質だから、魔術の話で盛り上がっちゃって。良くしてもらっているとは思う。けっこう馴染めて、私も嬉しいの」
リーナベルの言うことは本当だろう。ジルベルトとて、フェルナンの言葉を鵜呑みにしているわけではない。
けれど、リーナベルは自分が、『むさ苦しい研究所に突如舞い降りた天使』と言われているのを知らないのだろうか。
勿論、リーナベルのやりたいことを応援したいのは本心だ。研究に夢中になって生き生きとしているリーナベルを見ていたい。それを後押ししたのは、他ならぬ自分だ。
けれど。
「………面白くない………」
ジルベルトはぽつりとこぼした。そのまま俯く。余裕のない自分が、子供っぽくて嫌だった。リーナベルにはいつだって優しく、余裕を持って接して、甘やかしたいのに。
「ジル、もしかして……妬いているの?」
リーナベルは意外そうに目を丸くしている。クラウスに軽口を叩いたりすることはあれど、嫉妬心や独占欲を彼女にはなるべく見せないようにしていたので。
「……そうだよ。幻滅した……?」
「ううん、嬉しい」
「そう言ってもらえるなら良かったけど…。俺は、リーナが思っているより余裕のない、器の小さい男なんだよ」
自嘲するジルベルトに、リーナベルは小さくううん、と唸った。
「……あのね、ジル。今、私たちの気配は遮断しているのよね?何をしても気にされない?」
「?ああ、遮断している。目をとめられることはないと思うけど、何を……」
「え、えいっ」
リーナベルはジルベルトの肩を掴んで、勢いよく唇を押し付けてきた。勢いが少し良すぎたが、とにかく、彼女からキスをされるのは初めてだった。
ジルベルトが大きな驚きと喜びに包まれていると、なんと小さな舌が恐る恐る彼の口に入り込んできたではないか。リーナベルの舌はそのまま、彼の舌の表面をくすぐる。
「…リー、ナ……っ!」
甘い、蜂蜜のような味がする。リーナベルの魔力だ。ただただ、心地良い。病みつきになりそうな味だった。
ジルベルトは呆然としながら、陶酔する。
途端に、ぱっ、とリーナベルが口を離した。その途端、強い喪失感がジルベルトを襲う。とても名残惜しい。だが、これ以上やられたら理性が焼き切れていた気がする。
「あのね。私には、ジルしか見えていないから。だから、安心して……」
そう言ったリーナベルの頬はすっかり紅潮していた。なんて可愛い生き物なんだろう。
出会った時からリーナベルは、自分だけを真っ直ぐに見てくれる。
彼女のそういうところが、毎日、もっともっと好きになっていく。
ジルベルトは胸にわだかまっていた嫉妬心も忘れ、幸せでいっぱいになった。
彼は言葉にできない愛おしさをどうにもできず、リーナベルをいつまでもぎゅうぎゅうと抱きしめていたのだった。




