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2-5 追加攻略対象に師事する

「初めまして、リーナベル。私はルシフェル・ラヴァルだよ。しがない研究者さ。君の魔術陣は、しっかり見せてもらったからね」


 年齢も性別も不詳な美貌の持ち主は、おっとりとした声でリーナベルに話しかけた。

 細身の彼の真っ白な髪は腰まであり、夜空のような藍色の目が輝く。成人男性としては小柄だが、モノクルをかけている顔には知性が溢れている。彼は落ち着いた所作で、リーナベルとジルベルトを迎え入れた。


 あの後早速、ジルベルトがルシフェルに連絡を取ってくれた。リーナベルの作った魔術陣を見た彼は、彼女を弟子にする話を快く了承したらしい。

 多忙なジルベルトがようやく休みを取れた一週間後、二人は揃って魔術研究所に足を運んだのである。


 魔術研究所は、国家から独立した研究機関。そこはレンガの壁に多くの蔦が生い茂る、歴史ある建物だった。中に入ると、多くの文献や魔法陣の描かれた紙、魔道具研究のサンプルなどが乱雑に散らかった部屋が続いており、たくさんの魔術師が研究に没頭していた。

 主任研究員であるルシフェルの部屋は一番奥にあり、周囲には人気がない。落ち着いた調度の部屋は比較的片付いており、黒のアンティーク机の向こうにルシフェルが座っていた。

 ルシフェルが闇魔術で防音の結界を張っているため、秘匿性の高い会話も問題なくできる部屋なのだとか。この結界の元となる魔術陣は是非とも学ばせてほしいところだ。


「さてと……リーナベル。私はまず、君に言いたいことがあるんだ」

「は、はい。なんでしょうか」


 穏やかな声で話しながらも不思議な迫力のあるルシフェルの眼差しに、リーナベルは緊張した。令嬢の仮面で奮い立ち、なんとか真っ直ぐ見返す。


 ――危険物を作ったことを怒られるのかしら……それとも、弟子にする話をやっぱり断られる?


 リーナベルが内心ビクビクしていると、ルシフェルがゆったりと机上で手を組んだ。

 大きく一度深呼吸をする。


 そして突然、カッと目を見開いた。


「君は…………天才だ!!!!!」


「えっっ」


 びくんとしたリーナベルは目を点にした。ルシフェルがすかさず畳み掛ける。


「君の作る魔術陣の無駄のない美しさ。あれは最早芸術だ!!基礎となる学問があったとは言え魔術陣にあそこまで見事に応用するには相当な年月を要したのではないか!?私も君に教えるだけでなく是非教えを請いたい。君が研究を止めるなんてとんでもない!魔術研究界の損失だ!!差し当たっては私が防波堤になるから安心しなさい。勿論ジルが君を完全に守れる立場になった暁には君の名で全てを発表しよう。ちなみに三次元魔術陣は勿論今までの常識を覆す素晴らしい功績だが、なんと言っても私が衝撃を受けたのは君の作った複合魔法の数々で、あれらはこれからの魔術の可能性を無限大に広げうんぬんかんぬん」

「先生。先生、落ち着いてください。リーナが固まっています」

「……ああ!ごめんねぇ。研究の話になると、私はどうも興奮してしまうんだ。許しておくれ」


 ジルベルトがルシフェルをやんわりと嗜めた。

 リーナベルは固まりながらも、強烈な既視感を覚えていた。


 ――前世でお世話になった教授や助教たちと同じタイプだわ……。


 好きな研究の話になると、突然人が変わったように早口で饒舌になる。研究者あるあるである。

 ゲームの中だと浮世離れしてミステリアスな印象の強かったルシフェルだが、その中身はかなりの研究オタクなようだ。


「さてさて、今日はせっかくジルがいることだし、早速魔術陣を発動してみせておくれ。ジルが発動した時の効果を早く知りたくて、うずうずしてるんだ。ねぇジル?勿論、魔術陣はもう描けるね?」

「ええ、当然です」

「えっ!?ジル、あの魔術陣をもう全部覚えたの?」

「リーナ。魔術陣を早く覚えられるのは、数少ない俺の取り柄だよ?」


 ジルベルトは当たり前だと言わんばかりだが、リーナベルが彼に用意した魔術陣の数は十を超えていた。しかも、どれも複雑で高度なものばかり。それをたった一週間で描けるようになったとは、一体どういうことなのか。通常は数週間単位で一つの魔術陣を習得するものである。

 リーナベルは、攻略対象ジルベルトが秘めるポテンシャルに末恐ろしいものを感じたのであった。



♦︎♢♦︎



 早速、三人で魔術の発動実験場に移動した。

 半径五十メートルほどの円状に開かれた平原が広がっており、周囲を森の木々が囲っている。その境界線には、魔術の効果を打ち消す結界がドーム状に張ってある。ここで大規模な魔術を使用しても、周囲に被害が出ないようにしてあるのだ。

 この結界は、空間に作用する闇魔術と、時に作用する光魔術の合わせ技。国家機密の魔術陣が組まれているものである。こうした実験場は国内に三ヶ所しかない。使用できるのは、貴重な機会である。


 結界内にジルベルトが入って準備する。リーナベルとルシフェルは結界の外で見守ることになった。

 リーナベルが興味深く結界を観察していると、ルシフェルがのんびりと話しかけてきた。


「リーナベル、私は君にお礼を言いたかったんだよ」

「ルシフェル先生?お礼……ですか?」

「この魔術陣は、全てジルのためだけを思って作っているよねぇ。彼の戦闘スタイルに、細かな癖、考え方まで良く見ている。それに、彼の力や可能性を心から信じているのが、魔術陣から伝わってきたんだよ。あの子は、私の息子も同然だから……あの子を大切にしてくれる君が現れてくれて、私はとても嬉しいんだ。だからこそ、君を弟子に取りたいと思ったんだよ」

「あ、ありがとうございます……。魔術陣から、そこまで見通されてしまったのですね。少々気恥ずかしいですが、とても嬉しいです……」


 リーナベルはすっかり頬を染めて、俯いてしまった。

 彼に作った魔術陣の数々は、彼への重たいラブレター同然だと気付かされたのだ。


「あのね、ジルは今まで重責に押し潰されて、ずっと(くすぶ)っていたんだよ。私も幼い彼に厳しく指導してきたから、追い詰めてしまった責任を感じていてねぇ……。そんな彼を救ってくれたのは、他ならぬ君なんだ。勿論、君の才能は本当に素晴らしい。けれど何より、君がジルを愛しているからこそ、彼はこれから強くなるだろう。きっと、信じられないほどにね。私も、君たち二人のことをできる限り支えていくから、これから宜しく頼むよ」

「……はい!先生、こちらこそ、どうぞ宜しくお願い致します!」


 頼もしい師ができたことを心強く思い、頭を下げる。

 彼がジルベルトを大切に思っているのが伝わってきて、リーナベルはとても嬉しかった。


「さて、ジルの準備が整ったようだ。お手並み拝見と行こうか。さあ、ジル!始めておくれ!」



 ――実験の、結論を言うと。


 すさまじかった。ジルベルトから生み出された、巨大な炎柱に氷柱の群れ。風の刃が空間を裂き、分厚い土壁は自在に彼を覆い隠した。身体強化と転移により彼は重力を無視したように飛び、時に消えながら、舞うように魔術を繰り出していった。複数属性を掛け合わせた魔術では、雲を生み出して雷鳴を轟かせ、爆発を生み、幻覚で空間を支配した。


「うーん、これはとんでもない化け物が生み出されたねぇ!」


 ハッハッハとルシフェルは朗らかに笑っている。とても楽しそうだ。

 リーナベルは、ジルベルトが心配していた意味を理解した。これは、楽しくなってやり過ぎた。敵の中個隊を一人で殲滅(せんめつ)するレベルである。まさしく、戦闘モンスターの誕生した瞬間であった。


「素晴らしいねぇ!私はやはり複合魔法の効果に驚いたな。検証のしがいがありそうだ。ジル、君はどう感じた?」


 実験を終えて戻ってきたジルベルトに、ルシフェルが問いかける。その手元では絶えず高速でメモを取っている。器用だ。


「はい。俺は、闇魔術の強化効率が素晴らしいと感じました。検証を進めれば、いずれ複数人つれての転移も可能になるかもしれません。より広域での、盗聴と念話もできそうです。一度試したら、気配の遮断も完全に行えました」

「闇魔術はレア属性だから、研究が進んでいなくて魔術陣が未発達なんだよね。これはすごい進歩だなぁ!」


 闇属性魔術の効果を聞いていると、騎士というよりまるで隠密のようである。ジルベルトは一体どこに向かっていくのだろうか。


 ――でも、隠密のジルも絶対に素敵ね…。黒装束を着こなしてほしい。推せるわ…。


 リーナベルは爽やかな笑顔になり、現実逃避をした。


「リーナ、安心して。本当に危機の時しかこれは使わないし、普段は出力を調整するから大丈夫だよ」

「うん……私、危険さがよく分かった。これからは必ず先生に相談しながら開発するわ……。私、かなり暴走したのね。ごめんなさい」

「俺はリーナを守る力を得られて、とても嬉しいよ。実戦で使えるように訓練していくから、期待していて?」


 ジルベルトに慰められつつ、続けてリーナベルは三次元魔術陣の披露なども行った。

 実は、ジルベルトを補助できるかもと思い、身体強化のための三次元魔術陣も構築していたのだ。

 ルシフェルの発表した論文に、『身体強化が強力にかけられているほど、他の魔術の出力が上がる』との結果があった。

 折角なので、リーナベルが横で出力最大の身体強化をかけ、ジルベルトに魔術を発動してもらう実験も行った。


 その結果、野を焼き払う炎柱が暴れ。人ほどの大きさの氷柱が大群で落ち。暴風と地割れを起こし。激しい雷撃が地を貫き、辺り一帯を焦がした。さらに、焼き払われた野が、一瞬で再生されてしまった。


 化け物というより、もはや神である。


「…………うん!!これは秘匿だね!!」


 ルシフェルの朗らかな声が、実験場に響き渡った。

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