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2-4 推しのためのオーダーメイド

 湖畔でのダブルデートから半年弱が経った。

 ジルベルトは十三歳になり、リーナベルももうすぐ追いつく。

 あれ以降、お決まりの四人の組み合わせでお茶をしたり、出かけたりする機会が定期的に設けられるようになった。

 四人で過ごす時間は、楽しいし有意義だ。業務時間中のジルベルトと過ごせるのも、リーナベルにとっては役得だった。ミレーヌは鈍いので完全に油断しているが、クラウスは彼女にますます惚れ込んでいると思う。


 それ以外にも、ジルベルトはまめまめしく転移で会いにやって来るし、早朝に限らず騎士団の見学に行ったりもして、なかなか充実した日々を過ごしている。

 勿論、リーナベルは令嬢教育も真面目にやっている。シナリオやヒロインのことは置いておいて、今のところは公爵家に嫁ぐつもりでいるのだから、完璧なレディにならねばなるまい。


 そしてもう一つ、リーナベルが精力的に取り組んでいることがあった。ジルベルトのための、オーダーメイドの魔術陣の構築である。

 ジルベルトを事故から無事に救ったものの、そもそも彼は騎士だ。護衛として暗殺者や魔獣とも戦うし、戦争になれば出兵するだろう。いつ何時、どんな危険があるかわからない。これからも継続して彼の命を守るために、その戦力の増強に役立てればと思ったのだ。


 ――際限なく推しに貢ぎたくなるのは、抗えないオタクの本能である。


 しかもである。ジルベルトの持つポテンシャルはすごいのだ。

 豊富な魔力量に、夢の五属性所有。王族のクラウスでも三属性なので、その規格外さが分かるだろう。

 そして何より優秀なのが、正確に魔術陣を描き出す技術であった。これは地道な反復訓練の積み重ねによるものであるため、努力を惜しまないジルベルトの有する、特に突出した才能であった。彼なら難易度の高い複雑な魔術陣も再現し、発動することができるだろう。

 さらにジルベルトは、自分では謙遜するものの、戦闘のセンスにも恵まれている。その場の戦況に応じて瞬時に魔術陣をアレンジし、出力や効果を調整して発動する力。その剣術や物理攻撃とうまく複合させる技術。これは生まれ持った才能によるものが大きい部分だ。


 リーナベルは通い詰めてジルベルトの訓練を観察し続けたことにより、彼の戦闘のスタイルや癖、改善すべき点や伸ばすべき点を正確に見抜いていた。これは推しへの愛の力と言える。

 そこで、得られたデータを元に、ジルベルトにしか使いこなせない、彼専用の魔術陣を構築し続けたのだ。素材が良すぎて創作意欲が止まらなかったので、少々熱中してやり過ぎてしまった感は否めないが。


 リーナベルはジルベルトを驚かせようと、彼には内緒で作業を続けていた。先日十三歳の誕生日を迎えたジルベルトに、今日、ようやく沢山の魔術陣をプレゼントすることができるのだ。誕生日当日には、既に万年筆を贈ったのだが、自分で作ったものも渡したかったのである。


「ジル……ど、どうかな?……使えそう?」


 魔術陣を渡したリーナベルは、不安でドキドキしながら、ジルベルトを見つめていた。彼は深刻な顔で黙り込んだまま、机の上に広がった魔術陣たちを確認している。

 ――何か、良くなかっただろうか。がっかりされてしまっただろうか。


「…………リーナ。これは……ダメだ。いけない」


 ジルベルトが苦しそうに、唸るように言った。その答えに、リーナベルはしょんぼりと肩を落とす。


「あ……使えそうになかった?それならいいのよ!忘れて!ごめんね……!」

「いや、逆だ。強力すぎるんだ……」

「……えっ、あ、そっち?」

「正直、俺も今驚いてる……これは、国家防衛に関わるレベルの技術に当たる。秘匿すべきものだ」

「ええ!?そこまで!?」

「うん、今は公にできない。君の安全のために」

「……っ、そっ、か……。ね、ねえ、あのね。ジル。私……もう、魔術陣を作るの、やめた方が良いのかな…………?」


 リーナベルはますます項垂れながら、前から思っていたことを尋ねてみた。

 魔術陣の研究が奪われてしまっては、自分がジルベルトの力になれる手段を失ってしまうことになる。役立たずになってしまうのが、悲しかった。


 しかしジルベルトは、リーナベルの前に歩いてきて、励ますようにその頭を撫でた。琥珀色が優しく細められる。


「リーナから、好きな研究を取り上げる気はないよ。俺は、自分の好きなことに取り組んで輝くリーナを見ていたい。そのために力を貸す。もちろん、リーナが研究を止めてしまうのは国家の大きな損失でもあるしね?」

「…………いいの?沢山、迷惑を掛けるかもしれないのに」


 リーナベルがおずおずと顔を上げると、勿論、と言ってジルベルトが破顔した。


「リーナは、全て一から独学だったね?これは以前から考えていたことなんだけど……信頼できる師についてもらって、一度、魔術の常識を学び直しながら研究するのがいいんじゃないかと思うんだ。俺に当てがあるんだけど、リーナを紹介してもいいかな?」

「それは願ってもないことだわ。うん、是非!」

「彼は俺の魔術の師匠、ルシフェル・ラヴァル先生と言うんだが……。とても信頼できるし、魔術師として素晴らしい実力の持ち主だ。野心もない人だから、秘匿すべきものは世に出さずに、きちんと留めておいてくれると思う。基礎を学ぶ傍ら、彼の元で研究を続けて、研究成果は大丈夫なものから小出しにすれば良いんじゃないかな。実は、先生には少し話を持ち掛けていて、リーナに興味を持ってくれているんだ。弟子に取るのも検討してくれると言っていた」

「ええっ!?あのルシフェル・ラヴァル先生に、師事できるの!?」

「リーナ、先生を知っているのか?まあ、先生は魔術陣研究の権威でもあるから、勿論名前は知っているか……」

「いいえ、いいえ。それもあるけれど、違うのよ。彼は『ゲーム』の攻略対象なの」

「……なんだって?」


 ルシフェル・ラヴァル。

 国から独立した魔術研究所の主任研究員で、ジルベルトの師匠としてゲームに登場したネームドキャラクターである。年齢不詳、性別不詳の美しい見た目だが、男性で五十歳を超えている設定だ。なんと、彼は妖精族の血を引いていて、老いにくいのである。

 ゲーム本編では、彼が攻略対象ではなかったことが、多くのファンに嘆かれた。彼が隠し攻略対象なのではという希望を捨てきれず、ゲームを何十周もしてしまった猛者もいた。オタク達の悲しいエピソードである。

 そんなユーザーの熱い希望を受け、彼はファンディスクでようやく、隠し攻略対象となったのだった。


「そうだった。ファンディスクのことは、あまりジルに話していなかったわよね。私が破滅した後の話だったから……」


 リーナベルはジルベルトに、ファンディスクの概要を説明した。

 ジルベルトは始終難しい顔をして、それを聴いていた。


「ちゃんと話していなくて、ごめんね」

「いや、謝る必要はないよ。ただ、例え物語でも、リーナが亡くなっている設定なのが受け入れられないと思っただけだ」

「ジル……。ありがとう」


 リーナベルがファンディスクの話をしていなかったのには、本当はもう一つ理由があった。

 ファンディスクはゲームで攻略対象と結ばれた後の話なので、要するにラブラブで甘々なのだ。画面越しの時は身悶えたものだが、ジルベルトがヒロインといちゃいちゃしているのを思い出すのは、かなり辛いものがあった。


「でも、ルシフェル先生なら確かに理想的な師匠だと思うわ!」

「ああ、面倒ごとを嫌って自分の実力を隠しているくらいだからな。あそこまで名誉や権力に興味のない魔術師は珍しい。それにあの人は、俺のもう一人の父親みたいな存在なんだ」


 ルシフェルは、実は全属性に魔術適性があり、世界でも突出した実力の魔術師だ。しかし、まったりと研究に没頭したいがために、その実力をほとんど隠しているという設定の人物なのである。根っからの研究者なのだ。

 彼の本当の実力を知っているのは、親友であるジルベルトの父と、弟子のジルベルト本人だけ。

 こちらも秘密を共有してもらうには、ぴったりの相手と言える。


「先生にすぐに連絡を取るよ。この魔術陣や三次元魔術陣を見せるけど、問題はない?」

「勿論よ。ありがとう、ジル!私、頑張るね」


 リーナは嬉しくて、ふにゃりと蕩けた笑みを浮かべた。

 ――全部制限して、閉じ込める方がずっと簡単なのに、ジルベルトは自分のやりたいことを応援して、協力しようとしてくれている。

 彼の、そういう誠実で優しいところが大好きだと、改めて思った。


「とりあえず、私が暴走して作った魔術陣は燃やしちゃうね!心配かけてごめんなさい!」

「何を言ってるんだ?世間に対して秘匿はするけれど、勿論俺が全部覚えるよ」

「えっ!これも、使ってくれるの!?」

「覚えた上で、出力や効率をわざと落として使わせてもらうよ。それも、出どころは先生にごまかして貰えばいい」


 ジルベルトは当然という顔でそう言ってから、リーナの顎を掬って口付ける。甘く、長いキスだった。

 切長の琥珀が輝き、リーナベルを捉えた。


「リーナが俺のために作ってくれたものを、俺が使わないわけないだろう?……リーナ、俺のために頑張ってくれて、ありがとう」


 悪戯めいた美しい笑みにクラクラする。この人は一体どこまで、自分を甘やかすんだろう。

 二人はその後、しばらく口付けを繰り返していた。

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