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2-3 奇妙なダブルデート

 ここは、王家の所有する豪奢な馬車の中。リーナベルの対面の席に座るのは、王太子クラウスその人であった。


 色素の薄いサラサラの金の髪は、顎のあたりで切り揃えられている。前髪の隙間から覗くのは、直系王族しか持たないとされる、高貴な紫の瞳。彼はまるで、神様が丹念に造ったような相貌をしている。


 男性的で鋭い美しさのジルベルトに対して、中性的で柔らかい美しさのクラウス。二人が揃うと壮観で、まるで御伽噺の世界のようだ。リーナベルは断然ジルベルト派だが、どちらが好きかは完全に個人の好みによるだろう。


 ――もしも日本でアイドルユニットを組んだら、キノコタケノコ戦争並みに人気を二分しそうだわ……。


 このようにリーナベルが遠い目でしょうもないことを考え、現実逃避気味なのには、深い理由があった。


 クラウスの、そのアメジストの瞳は今や生命力に満ち溢れ、キラキラと本物の宝石のように輝いている。まるで、初めての宝物を見つけた、無邪気な幼子のように。

 目の奥が笑っていない、人形のような王太子――という、ゲームの設定は、一体どこへ飛んで行ったというのか。

 その美しい瞳が一心に見つめるのは、彼の隣に座る伯爵令嬢、ミレーヌだ。

 だが、当の彼女、ミレーヌは。あろうことか、王太子であるクラウスから完全に顔を背けて、馬車の窓から外を見つめ続けているのである。


「ミレーヌ、さっきから何を見ているんだい?」

「景色を眺めています」

「どうせなら、僕のことを眺めてほしいなぁ」

「無理です。殿下は発光しているので」

「ハハッ!ミレーヌは面白いなぁ」


 ――いや、不敬すぎるわっ!


 リーナベルの心の中は、ツッコミの嵐である。

 ああ、友、ミレーヌよ。令嬢モードを外すにしても、加減というものがあるだろうに。最低でも小一時間はお小言を言いたい気持ちでいっぱいだ。

 しかし既に、リーナベルの心はだいぶ無の境地に達しつつあった。あまりにも自由すぎるミレーヌの姿に、不敬罪で投獄されるのではと初めは青くなっていたが、この短時間でだいぶ感覚が麻痺してきたのだ。

 慣れとは、つくづく恐ろしいものである。


 何たって、当のクラウスは何を言われても大層ご機嫌で自然に笑っているし。

 彼女を不敬だと真っ先に糾弾すべき人物である、王太子の忠実な臣下――ジルベルトは、リーナベルの隣に座り、幸せそうにリーナベルの髪を(もてあそ)んでいるし。

 ジルベルトは一応、クラウスの護衛としてこの場にいるはずなのだが、こんな様子で良いのだろうか?

 いや、クラウス本人が最高に楽しそうだから、これでいいのか?いいのか……。


 疲れ切ったリーナベルの様子に気づき、ジルベルトが苦笑した。その頭を優しく撫でて言う。

 

「これでわかった?だいぶ、『アレ』だろう?」

「……ええ、確かにだいぶ、『アレ』ね……」


――ミレーヌ、ダメだわ。うん。

王太子妃。逃げられないと思うわ。これ。

完全に、手遅れだわ………。


リーナベルは、心の中で合掌した。



♦︎♢♦︎



 さて、今日の目的地はというと。なんと王家の所有する湖畔の別荘へ、ピクニックをしにやって来たのだ。

清々しい眺めに、風が心地よい美しい場所だった。

 

 王宮のシェフが腕によりをかけたお弁当は、どの品も最高に美味しい。

 別荘の庭に置かれたテーブルで景色を楽しみながら、四人は楽しく会話をし、昼食を味わっていた。

 ジルベルト以外の護衛は、かなり距離を置いたところに待機している。なんだか、クラウスへのそこはかとない配慮を感じるのは気のせいだろうか。


 主役(?)のミレーヌは、この場所についてからずっと、そわそわと落ち着きがない。

 食事しながらもキョロキョロと周囲を見回して興奮し、今にも飛び出しそうなのを必死にこらえているのが丸わかりだった。腰が何度も浮きかけている。その様子はまるで、待てをしている犬のようだった。

 ついに見かねたクラウスが、微笑みを維持しながらも、小さく震えながら言った。笑いを堪えているのだろう。


「ミ、ミレーヌ……目の届く範囲なら、自由に、散策しておいで」

「!!!!いいですか!?珍しい草が多くて!あとキノコも!!あと土!!じゃあいってきますね!!!」


 まさに犬のごとく、スカートを持ち上げて一目散にかけだすミレーヌ。

 堪えかねたクラウスがついにブハッと吹き出して、テーブルに撃沈してしまった。心から笑えないはずの王太子の笑いのツボを、完全に押さえているミレーヌである。我が友人ながら天晴(あっぱれ)だ。

 


 さて、ミレーヌが去った後、残った三人は、まったりお弁当を食べながら話をした。その時間は、意外にも楽しいものだった。

 クラウスとジルベルトの幼少期の話だったり、魔術理論の話だったり、政治の話だったり。リーナベルにとっても、興味深い話が続いた。

 クラウスとジルベルトは幼馴染なだけあって、人目のない時は随分気安く話しており、二人ともリラックスしている。

 リーナベルも初めの挨拶の時に、「クラウスって呼んでいいし、気楽に接して。疲れちゃうからね」と言われていたので、遠慮なくクラウス様と呼び、親しく話させてもらった。

 

 婚約者候補を降りた立場という、わだかまりはそこにはなかった。クラウスは、親友のジルベルトの婚約者として、またミレーヌの大切な友人として、リーナベルを歓迎してくれたようだった。


「リーナベルは物事を分析的に捉えるのがうまいね。統計による分析が特に興味深い。話していて参考になることが多くて驚くし、新しい視点でものを見られるよ」

「ありがとうございます、クラウス様。数字を見て、物事を分析するのが好きなんです」

「こんなに優秀だとは知らなかったなぁ。君なら大層、優れた妃となれただろうに、これは惜しいことをしたかな?」


 わざと悪戯っぽくクラウスが笑ってみせると、ジルベルトが突然殺気だってリーナベルを引き寄せた。


「クラウス。前にも言ったが、リーナは絶対に渡さないからな」

「おいおい、たかが冗談で本気の殺気を出さないでよ。リーナベルが絡むと本当に心狭いよね…」

「たちの悪い冗談を言うな。リーナが減る」

「お前、今一応業務時間中なのわかってる?」


 軽快にやりとりを交わすジルベルトとクラウスの二人は、なんだか年相応の少年に見える。その仲の良さが微笑ましくて、リーナベルはクスクス笑った。


「ジル、落ち着いて。本当にただの冗談よ。クラウス様も、ジルをそんなに揶揄(からか)わないでください。私を妃にするつもりなんて、もうカケラもないでしょう?」

「……はは、そう見える?」

「勿論です。……ミレーヌのことが、大好きなんですよね?」


「……うん。そうなんだ」


 クラウスは、何だか怪しげな野草を楽しそうに摘んでいるミレーヌに目をやる。彼のアメジストの瞳が甘く溶けて、幸せそうに細まった。


 ……うん、やっぱり完全に手遅れだったわね。


 リーナベルは苦笑する。

 でも、この二人は案外お似合いかもしれないと思ってしまったのも、本音だった。


「まあ、ミレーヌは僕のことを何とも思ってないのは知っているし。長期戦になるのは覚悟しているんだけどね……。そのためにも、しばらくこの四人で出掛けたりして、協力してくれないかな……?」


 ほんの少し心細そうに頼んでくるクラウスに、二人は思わず笑って頷いてしまった。

 完璧王子も、初恋には大分苦戦しているようだ。

 こうして、ミレーヌの知らぬ間に、ちゃっかりとクラウスへの協力体制が築かれた。


 この外出をきっかけに、四人は確かな絆で結ばれていくことになるのだった。

 攻略対象が二人に、悪役令嬢が二人という、奇妙な組み合わせ。

 しかも、お互いの婚約(候補)の相手は、ゲームと入れ替わっている。


 この不思議な縁により、シナリオはさらに大きく変わりつつあった。

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