表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/103

2-1 悪役令嬢vs悪役令嬢

二章開始です!

 どうしてこうなった――。


 目の前には、いかにも傲慢なキツい眼差しで自分を睨みつける、悪役令嬢。

 氷のように冷たい無表情でそれを睨み返す自分もまた、悪役令嬢である。

 修羅場だ。

 これは、壮絶な修羅場の始まりに違いない。


 ――悪役令嬢vs悪役令嬢の仁義なき戦いが、今始まってしまう……!!


 リーナベルは大変混乱していた。

 ことは、一時間ほど前に遡る。なんと、ゲームのもう一人の悪役令嬢である、ミレーヌ・シャルタン伯爵令嬢が、先触れもなしに突然我が侯爵家を訪れたのである。


 ミレーヌは、ウェーブのかかった艶やかなダークブロンドに、吊り目がちの翡翠の目をしている。彼女はあからさまに気の強そうな、迫力系美人であった。発育途上であるはずなのに胸はもうかなり大きく、抜群のプロポーションになる予感がする。将来、妖艶な美女になることが約束されているようだ。

 そう、彼女は儚い系のリーナベルとは正反対のタイプの、典型的悪役令嬢の見た目なのだ。

 ゲームのメインキャラクターの一人であるため、ビジュアルが大変派手である。


 ミレーヌは伯爵家の令嬢。その格上に当たる侯爵家に、突然単身で押しかけたことだけでも十分非常識であった。その上、「余計なことを聞かれたくないの。人払いをして下さる?」ときた。それも、随分高圧的にだ。侯爵家の忠実な使用人達は殺気立ち、抑えるのが大変だった。しかし今はちょうど、リーナベル以外の家人は皆留守にしている。仕方がないので、人払いをしてリーナベルが相手をしているのだが、相手はなかなか話を始めずに、優雅にお茶を楽しんでいるようだった。


 ――この子、どれだけ面の皮が厚くて恥知らずなのだろう……。

 常識人であるリーナベルは絶句していた。


 しかし、彼女のこの性格は、原作ゲームのミレーヌの設定と完全に合致している。傲慢で勝ち気な、典型的悪役令嬢。それがミレーヌだ。頭が悪いのに、無駄にプライドが高く、自信家で高圧的。彼女は平民出身のヒロインのことを公然と差別し、公衆の面前で罵り、虐め抜くキャラクターなのである。

 しかしミレーヌは策略家タイプではなく、嫌がらせがいちいち稚拙だった。そのためか、彼女の破滅エンドはリーナベルの破滅エンドほど酷い内容ではなかった。何だか解せない。


 彼女が来た理由はと言えば、実は簡単に推測できる。彼女は、ゲーム設定では『ジルベルトの』婚約者なのだ。つまり彼女は、ジルベルトルートの悪役令嬢なのである。

 大方、ジルベルトの婚約者の座を虎視眈々と狙っていたところ、それを突然リーナベルに掻っ攫われたので、怒ってやってきたのだろう。


 ――ああ、これは間違いなく修羅場だわ。


 リーナベルは緊張して、ゴクリと唾を飲み込んだ。完璧に令嬢の仮面を被っているので、表情にはおくびにも出さないが。

 ミレーヌは、音も立てず優雅な所作でカップをソーサーに置いた。

 それからものすごい形相でこちらを睨みつけながら、ようやく言葉を発した。


「ねえ、リーナベル様。私が何の話をしに来たのか、もうお分かりですわよね?」

「さあ、全くわからないわ?なんだか恐ろしいお顔だこと……。せっかくお美しくいらっしゃるのに、台無しよ?」


 リーナベルは澄ましたまま、冷たく切り替えした。誰に何と言われようと、ジルベルトの婚約者という立場を譲る気はない。

 ここは、毅然(きぜん)として対応しなければならない場面だ。正に女の戦いである。


「まあいいわ……。ねえ、リーナベル様。これから言う私の言葉、少しでも身に覚えがあるなら……しっかりと応えてくださるかしら?」


 そう言った後、ミレーヌが静かに俯く。


 ――多分、『この泥棒猫!』って怒鳴られるやつだわ!!


 リーナベルは完璧に予測して身構える。

 そして、しばしの沈黙の後。大きく息を吸い込み。


 ミレーヌが、大声で言い放った。



「バラ恋の正式名称は!?」


「『薔薇色の恋〜魔術学園で貴方と〜』!!!」



 ………………はっ!!


 つい反射で答えてしまったわ。オタクだもの。

 ……って、あれ……。

 え?え……?

 つ、つまり…………。


「やっぱり!!!貴女、転生者なのね!?」

「ええええ!?貴女もなの!?」


 食らいついたミレーヌに、驚いて返すリーナベル。

 登場する悪役令嬢が二人とも転生者だなんて、全くだに予想していなかった。


「ちょっと、悪役令嬢リーナベル!今日という今日は、一言文句を言いに来たのよ!!貴女がシナリオを変えまくって、ジルベルト様と婚約したんでしょう!?……貴女が王太子妃候補を降りたせいで…………私が補欠の王太子妃候補になっちゃったのよ〜!?一体どうしてくれるのよおお〜〜!?」


 ――おおう。なんですって。

 ミレーヌが王太子妃候補になるとは。ゲームのシナリオには全く存在しなかった筋書きだ。リーナベルが王太子妃候補から抜けた分、新たな候補の追加が行われたのだと思われる。それはちょっと、確かに悪いことをしてしまったかもしれない。


 しかし、この怒りようである。

 もしかして、彼女は前世でジルベルト推しで、シナリオ通りジルベルトと婚約者になりたかったのだろうか……?


「あなた……もしかして、ジルベルト推しだったの?それなら私、とても申し訳ないことを――――」


 リーナベルがそう言った途端、ミレーヌはその場にくずおれながら逆ギレして叫んだ。


「いやどうせ!?クラウス推しですけどおおおお〜〜!?!?王道に弱くて悪かったな!?!?でもでも、王太子妃は嫌なのよううう!!!」


 リーナベルは、ギシリと固まった。

 ミレーヌのその言葉が意外だったからではない。

 彼女の動き、そして言葉に既視感があったからだ。



 リーナベルの脳内に、前世の親友の、【みーちゃん】との会話が蘇る。


『みーちゃん、バラ恋はもう全ルートやった!?最高じゃない!?』

『毎日徹夜で全部クリアしたよおお!ねえ、もうネタバレ平気だから語ろ!よっちゃんは誰推しだった?』

『私は断っ然、ジルベルト様推し!!みーちゃんは……あー……言わなくてもわかるわ。みーちゃんは、どうせクラウス推しでしょ。聞かなくてもいいや……』

 

 その時みーちゃんは、その場にくずおれて逆ギレしたのだ。


『いやどうせ!?クラウス推しですけどおおおお〜〜!?!?王道に弱くて悪かったな!?!?』


 それは、もう……遠い遠い、記憶。



 リーナベルは、小さくカタカタと震え出した。もしかして。もしかして。

 あり得ない一つの可能性が、頭から離れない。

 恐るおそる、小さな声で尋ねてみる。


「あ……貴女、もしかして……【みーちゃん】、なの…??」


 それを聞いて、ミレーヌは翡翠の大きな目を見開いた。

 途端に、彼女もカタカタと震え出す。


「う、うそでしょ…………もしかして……【よっちゃん】……?」


 リーナベルがコクリと頷くと、ミレーヌは呆然とた後、がくっと肩の力を抜いた。やがてその目から、ぼろぼろと透明な涙が溢れ出し、大きく震え始める。そしてついに立ち上がって駆け寄ってきて、リーナベルは勢いよく抱きつかれた。


「うそ……っ!ゔぞおおおお!!!よっちゃん!!!……よっぢゃん……っ!!!……あ、あいだがっだよおおおお……!!!!」

「ううゔ……っ!みーちゃん……!わたしもっ……!わたしも、みーちゃんに、会いたかった……っ!!!」


 二人は抱き合い、おいおい泣きながら、突然の再会を喜んだのであった。



♦︎♢♦︎



 前世、みーちゃんとは中学生時代からの親友で、エスカレーター式で進学した高校でも一緒にたくさん勉強をした。そして私達は、同じ大学に進学した。私は理学部の数学科に、みーちゃんは薬学部の薬学科に。


 みーちゃんはずば抜けた行動力に溢れる素敵な女の子で、いつでも底抜けに明るく、優しかった。頭が良い割に、ちょっとおバカで破天荒で、トラブルメーカーなところもあったけれど、そんなところも含めて大好きだった。


 みーちゃんはどちらかと言えば陽キャだったが、私とは不思議とウマがあった。そんな彼女は私の影響で立派なオタクとなり、よく一緒に徹夜でゲームをやっていたものだ。その中でも、二人揃って大好きだったのが乙女ゲームで、特にバラ恋は一緒に大ハマりした。ついには、一緒に舞台まで追いかけていたほどだった。


 前世のリーナベルが亡くなったのは、二人で大学の卒業旅行に行くため、飛行機に乗っていた時。その飛行機で、墜落事故が起こったのだ。

 あの時みーちゃんも一緒に亡くなったんだろうな……と前世を思い出して、リーナベルは時々涙していたものだ。



♦︎♢♦︎



「ぐすっ、まさか、二人とも悪役令嬢転生するなんて……」

「ずび、ほんとよね……。でも、よっちゃ……じゃない。リーナ……。良かったじゃない。前世から大好きだったジルベルト様と婚約できたなんて!すごいわ、おめでとう!」


 ミレーヌはニッコリと、満面の笑みを浮かべた。吊り目がちなキツい美人顔がそうすると、幼く見えてギャップがすごい。その笑い方が前世のみーちゃんそのもので、リーナベルはまたちょっとホロリとした。


「ありがとう。まあ、色々あってね……。でも、今はすごく幸せなの。そういうみーちゃん……じゃない、ミレーヌは、王太子妃候補になったのね。クラウス推しだったけど……やっぱり王太子妃ともなると、嫌っていうこと?」

「そりゃ嫌よ〜!!一応、ちゃんと令嬢モードにはなれるけど、中身はこんなんだし。王太子妃なんて無理無理!それに実際会ったら、クラウス様はもう顔面が強すぎて、本当に死ぬと思ったわよ。あまりにも眩しすぎて、発光してんじゃないのってレベルよ」

「うう、生の推しの顔面が強すぎるのは、確かによくわかるわ……」

「そうそう。それでね?ジルベルト様が貴女と婚約したって、噂で聞いて、びっくりしちゃってさ。この間、王宮でジルベルト様を初めて見たけど、失明していなかったし。もしかして、貴女……【リーナベル】が転生者で、シナリオを改変しているんじゃないかと疑って、失礼を承知で今日押し掛けたのよ。私は王太子妃候補になっちゃったわけだし、せめて一言だけでも文句言ってやろうと思って……。でも、まさかよっちゃんだと思わなかった……。いきなり押し掛けて、本当にごめんね」

「それはいいわよ。私も会えて嬉しいもの!」

「私ね、今世でもやりたいこと一杯で、とっても充実してるの!せっせと薬草を育てて薬を作りたいし、孤児院で子供たちを愛でるので忙しいのよ!!王太子妃なんて絶対なりたくなくて……それで、困っちゃったのよねえ……」

「うわ、ちょっと貴女、前世とやってること変わらないじゃないの……」


 リーナベルは呆れた。

 みーちゃんは薬学部で生薬の研究をしており、こよなく薬草を愛していた。いつも虫刺されだらけで、日焼けしていたっけ。将来は製薬会社の研究職へ就職を目指して、修士課程への進学が決まっていたはずだ。

 それに、みーちゃんは子供が大好きで、図書館の読み聞かせや児童館のボランティアに精を出していた。

 彼女はとてもアクティブなタイプのオタクだったのだ。

 そして、どうやら今世でも歪みなく、自分のやりたいことに忠実に生きているらしい。

 令嬢としては、ちゃんとやれているのだろうか。若干心配である。


「でも、こう言うと失礼かもしれないけど……ミレーヌは、伯爵令嬢でしょう?ご実家の歴史がすごく長いわけじゃないし……いくら追加の王太子妃候補になったと言っても、そこまで最有力の候補にはならないんじゃないかしら。そこはちょっと、心配しすぎなんじゃない?」

「あ。……い、いや、それがさあ〜…………」


 ミレーヌがつつつ、と目を逸らす。それを見たリーナベルはジト目になった。

 こういうときの彼女は、大抵何かをやらかした後である。彼女は前世からトラブルメーカーなのだ。


「なに?もしかして、何かやらかしたの?」

「それが……なんか、クラウス様に目をつけられたっぽくて……??」

「……はい?」

「なんでかわかんないけど……『君以外を妃にするつもりはないから』って、言われたのよねえ…………」

「えええ!?なんでよ!?そんなに積極的に迫ったわけじゃないんでしょう?」

「いやいやむしろ逆よ!?積極的に嫌われようと思って、クラウス様の前では、完全に令嬢モード外してたし!最初の顔合わせでは、『妃になるつもりはありません!』って堂々宣言したくらいよ!!」


 リーナベルは頭を抱える。それは、逆に興味を引いてしまったのでは…?


「……なんか、それだけでも既に、やらかしてる感じがするけど。……他には?」

「いやあ、それで、話の流れでさあ……うちの薬草園がどうしても見たいって言うから。しぶしぶお招きしたのよ……」

「薬草園ですって?ちょっと貴女、伯爵邸に薬草園を作っているの……?」

「庭を改造したのよっ!薔薇ばっかりあっても意味ないし、仕方ないじゃない?庭師のアラン爺ちゃんも、今はすっかりハマってるのよ。母様ももう諦めてるわ!」

「よ、欲望に忠実すぎる……。それで?」

「いや、それだけよ。クラウス様には、家で薬を作ってる話をしたりしただけ。それで何が彼の琴線に触れたのか知らないけど、妃にするって急に宣言されて。私にも何がなんだか……」


 リーナベルは天を仰いだ。

 それ、完全に『おもしれー女』状態なのでは……?

 親友のフラグの立てっぷりに、びっくりである。

 

 そもそも、王太子クラウスは。何にも動かない心に悩んでいるという設定。そこで、平民出身のヒロインの破天荒さや無邪気さに、初めて心動かされるのだ。

 生来ちょっとおバカで破天荒な親友は、クラウスの好みのど真ん中に、がっちりハマってしまっている予感がする。


「とにかく!それからクラウス様がしつこくてしつこくて……!!二人で出掛けるお誘いを何度も何度もしてくるのよ!断っても断っても!もうこれ以上断れないって、昨日ついにお父様にお説教されちゃってさあ……。どうしよおおお……あの光り輝く王子様と、二人でデートとか無理よお……!!」

「まあ、推しと二人で急に出かけるのは、ハードル高いわよねえ…。しかも、相手は王太子だし」

「もう、真面目に聞いてる?リーナだって、完全に無関係じゃないのよ?貴女がシナリオを変えたんだからね!?責任とって、どうしたら良いのか考えてよぉぉ……!!」

「そんなこと言われても……」

「…………はっ!そうだわ!!リーナ、クラウス様とのデートについて来てよ!!」

「ええ!?嫌よ!私完全にお邪魔虫じゃない!」

「クラウス様の護衛として、ジルベルト様に付き添ってもらえばいいじゃない!要するにWデートよ!リーナが一緒なら、私もちょっとは頑張れるわ!ねっ?リーナのせいでもあるんだから、いいでしょ!?」

「えええ……。まあ、それでクラウス様が了承するなら、いいけど……。だ、大丈夫かしら……?」

「その条件を断るなら、もう今後一切お誘いに応じませんって言うわ。ジルベルト様とリーナ同伴なら良いって条件をつけて、うまく返事をしてくるから!」

「わかったわ……仕方ないわねぇ……」

「やった……っ!ありがとうリーナ!大好きよ!!」


 ミレーヌは子供みたいなニコニコ笑顔を隠しもせずに、ぎゅっと抱きついてきた。

 リーナベルはため息をつく。

 自分は今世でも、彼女に甘いようだ。彼女は生粋の人たらしなのである。


「……さあ!そうと決まったら、今夜はパジャマパーティーをしない?良ければ、準備をして出直して来るわ」

「それは良いわね!積もる話もあるし……」

「あら、今夜のお題はもう決まってるわよ、リーナ?」


 ミレーヌはニヤリと笑って言う。


「あの堅物ジルベルト様と、悪役令嬢リーナベルの恋物語なんて、興味しかないわ〜!!根掘り葉掘り聞かせてもらうから、覚悟してね?」



 結局その日の夜は、菓子を摘みながら夜通し語り合い、とても楽しいひと時となった。


 リーナベルは顔を赤くしながらも、全部暴露した。涙脆いミレーヌは、途中から感動してズビズビ泣いていた。

 前世の親友と恋バナをできるなんて、不思議な感覚だけれど、なんと幸せなのだろうか。


 二人はたくさん笑い合い、今世でもすぐに親友になったのであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ